初めての悪霊祓い(2)
ホテルのカウンター職、派手に見えるが、実際は何もキラキラしていない。高級ホテルならともかく、郊外にあり、一階には牛丼屋があるようなビジネスホテルだ。
唯子は台車に備品を載せ、このホテルの八階から一階に運んでいた。備品は歯ブラシやシャンプー。アメニティだ。このアメニティは部屋に備えつけていない。カウンター横のアメニティボックスに置き、お客様が自由にとる形式。数年前は全部部屋に置いていたが、経費削減をきっかけにそうなった。実に夢のない話。
ちなみに部屋の清掃も簡易だ。表向きは環境やSGDsのためとお客様に説明していたが、人手不足と経費削減の結果だ。建前に使われてる環境やSGDs。なんとも冴えない裏事情。
制服も黒系のパンツスーツだ。アクセサリーやネイルも禁止。給料は平均以下。こんなコスパ最高のビジネスホテル経営の裏側は、あらゆる企業努力が滲んでいた。
「カウンターの人、すいません。ちょっと困ったことが起きて」
「なんでしょう」
エレベーターを待っていると、お客様から声をかけられた。スーツ姿のご老人だ。夕方ごろチェックインされたお客様で、顔も名前も覚えている。確か名前は鈴木哲。本当はこんな個人情報覚える必要もないのだが、ついつい記憶してしまう悪い癖。
「何かございましたか?」
「いや、部屋で何か変な音がして眠れないんだよ。明日仕事で早く起きないとならんのに!」
相手は不機嫌そうだ。貧乏ゆすりをしている。イライラの感情が伝わってきた。厄介だ。
「確認させていただきます」
唯子は丁寧に接し、部屋の様子を確認した。こいいった場合、大抵は客の勘違いが多い。支配人の上司にも「適当にお茶を濁せ」と言われていた。
実際、本当に何もない。異常なし。水道や冷蔵庫も動いている。テレビも。テレビでは何かいやらしい動画を見ていた形跡があったが、無視した。
「大丈夫です。もし気になりますたら、お部屋の交換も可能でございます」
「わーかったよ! 役にたたねぇ。女のくせにろくに仕事しねぇな!」
やっぱりクレーマーだったらしいが、仕方ない。とりあえずマニュアル通りに部屋を交換し、その後は静かなものだった。
チェックイン客のラッシュも終わり、カウンターは実に静か。もうすぐ日付けが変わりそうだが、大学生バイトの木村イチカと共に、pcで入力作業などもしていたが、すぐに時間が余る。
忙しい時はとことん忙しいが、暇の時は暇。主婦のパートさんはそれをわかっていて、わざと暇な時間にばかりシフトを希望していたりする。
その賢さ、唯子にはないもので羨ましい。今、一緒に働いている羽生イチカも就職に有利だからここでバイトしている。
一方、唯子は大学時代、金縛りや霊現象がひどく、就活も力が入らず、バイトしていたこのホテルでずるずると働いていた。大卒後は正社員雇用となったが、給料はバイトに毛が生えた程度だし、なんでもっと賢く生きられなかったのかと思うほど。
「ところで石山さん」
そんなことを考えていた時、イチカが話しかけてきた。
「何?」
「さっき801号室のお客様、クレームつけて交換したんでしょ?」
イチカは若いのに、噂好きのおばさんみたいな目を見せていた。
「ええ。それが?」
「あの部屋、幽霊が出るらしいよ。お客様から噂を聞いちゃった」
ヒソヒソと小声で、かつてあの部屋は不倫カップルが使い、心中未遂をしたという。イチカの声は弾み、完全に面白がっている。
「場所に人の想いや念が残るらしいですよ」
「そんなオカルトみたいな話、あるわけないじゃないの」
「石山さん、名前通りにに石頭ですね。でもあの部屋ずっとお客様から文句来てるじゃないですか。そういう事、絶対あると思う。特にホテルは霊現象起きやすいって聞いたもん」
イチカは頬を膨らませ、強く主張。
五年以上勤めている唯子はそんな噂は聞いたことがない。確かにあの部屋のクレームは多いが。
「私の親戚、オカルト大好きな牧師がいるんですよね」
「へえ、牧師」
「その人が言うには、ホテルはダントツにヤバいって。そうなの? こわ!」
イチカはわざとらしく、肩をすぼめ、震えるふりまでしていた。
「この近所にある羽生教会てところの牧師。名前は羽生尋人っていう変わり者の牧師で、お祓い? エクソシストもやってるみたい。やだ、うちのホテルもお祓いしてもらう?」
「へえ……」
「これで霊現象が解決したら安いもんですよ」
「西洋の宗教のお祓いできく?」
「キリスト教は中東あたりの宗教でしょー。大学の宗教学でやりましたよ」
イチカと雑談しているが、チェックインの客は来ない。遅れる連絡はもらっていたが、深夜になるとのこと。例のクレーム客ももう何も言ってこなかったが、急に頭が痛くなってきた。ズキズキ、キンキンする。
休憩室へ向かい、慌ててロキソニンを飲み込むが、まったく痛みが抜けない。
それどころか視界がふらついてきた。何か黒い影のようなもの見えるし、声も聞こえてくる。
『おまえは俺のものだ!』
首を締め付けられ、声も出ない。頭の痛さや吐き気だけが鰻のぼりだ。
「うっ!」
ハンカチで口元を覆い、どうにか正気を保った。少し吐いたが、頬は冷たくなり、冷や汗が流れ、どう考えても仕事ができる状況じゃない。
支配人とイチカに事情を話し、早退するしかなかった。
カウンター裏の事務へ向かい、支配人・佐藤圭介に事情を話す。五十代のグレイヘアの男だ。いかにもホテルマンらしい上品な雰囲気だ。元々はハイクラスのホテルにいたらしいが、なぜかビジネスホテルで支配人をしていた。といっても仕事ぶりや人柄もよく、スタッフの間では何か訳アリだったのだろうと囁かれていた。
実際、唯子が体調不良だと言うと、すぐに帰っていいと許可がおりた。心配もてくれた。お客様からもらったというコーヒーのギフトボックスまでくれるぐらい。
「支配人、ありがとうございます」
「いいから、石山さん。本当に体調悪そうだね。タクシー呼ぶ?」
「いえ、大丈夫です」
こうして支配人から見送られ、なんとか自宅に帰ったが、全く体調不良が治らない。
それどころか、家で寝ていたらまた金縛りや悪夢を見るように。
病院にも行ったが、疲労とストレスと言われるだけ。薬を飲んでも全く良くならず、謎の吐き気や頭痛がおさまらない。
イチカの言葉を思い出す。もはやこれって、霊現象?
「どういう事?」
鏡を見たら、唯子の顔、幽霊のように真っ青。




