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太陽王と終焉の月  作者: 帰り花
番外編
26/28

鎖【ソル視点】(第三部第二章の夜のシーン)

 夜。


 王の寝所。


 灯りは少なく、影が多い。


 この時間が、好きだった。


 昼の間は、世界がうるさい。

 臣下。報告。命令。血。王冠。


 だが、夜は違う。


 静かだ。


 そして――ここにいる。


 ルナが。


 逃げない。


 それが分かっているだけで、胸の奥が静まる。


 触れる。


 頬に。

 髪に。

 唇に。


 壊れ物みたいに触れるのは、本当に壊れ物だからだ。


 この手は、壊す。


 剣を握れば命を。

 命令を出せば国を。

 欲望に任せれば――人を。


 だから、慎重になる。


「……逃げないな」


 確認。


 声は低くなる。

 怖がらせないように。


「逃げません」


 答え。


 その一言で、肺が満ちる。


 逃げない。


 離れない。


 ここにいる。


 それだけでいい。


 それだけで――世界がいらなくなる。


 額を肩に預ける。


 触れる。


 寄りかかる。


 すがる。


 言葉にはしない。


 言ったら壊れる。


 願いは声に出した瞬間、命令になる。


 命令は、恐怖になる。


 恐怖は、逃走になる。


 だから言わない。


 ――ここにいて。


 寝台へ導く。


 急がない。


 奪えば、終わる。


 奪うのは簡単だ。


 剣を振るより簡単だ。


 だがそれでは、意味がない。


 欲しいのは、身体じゃない。


 指先でなぞる。


 頬。

 首。

 肩。


 唇を重ねる。


 長く。


 離さない。


 呼吸が混ざる。


 熱が移る。


 分かる。


 反応している。


 震えている。


 逃げていない。


 嬉しい。


 それだけで、喉が熱くなる。


 触れる。


 胸。

 腹。

 奥。


 反応する。


 やはりだ。


 体は嘘をつかない。


「感じているな」


 確信。


「お前の体は正直だ」


 拒んでいるのは心だ。

 拒めないのは体だ。


 なら問題ない。


 体は本能だ。

 本能は真実だ。


 腰が寄る。


 自分から。


 それを見た瞬間、頭の奥が熱くなる。


 欲望じゃない。


 安堵だ。


 まだ壊れていない。


 まだ逃げない。


 まだここにいる。


 耳元で囁く。


「もっと俺を求めろ」


 命令ではない。


 願いだ。


 やわらかなシーツに、押し倒す。


 逃がさない。


 逃がさないのは拘束じゃない。


 保証だ。


 ここにいる保証。


 触れる。


 反応する。


 震える。


 声が漏れる。


 その声を聞くたび、胸の奥が締まる。


 痛いほど。


 嬉しくて。


 分かる。


 今、思い出している。


 あの男だ。


 緑の瞳の男。


 名前は言わない。


 言えば、現れる。


 現れたら、奪われる。


 だから、上書きする。


 声で。

 熱で。

 触感で。


「俺だけ見てろ」


 命令。


 今度は命令。


 これは譲れない。


 名を呼ばれる。


「ソル」


 その瞬間、世界が止まる。


 王でもない。

 征服者でもない。

 怪物でもない。


 ただの名前。


 ただの男。


 逃がさない。


 重ねる。


 深く。


 強く。


 壊さないように。


 だが離れないように。


 爪が背に食い込む。


 痛み。


 だが離れない。


 むしろ抱きついてくる。


 それを感じた瞬間――


 胸の奥で何かが崩れた。


 理性じゃない。


 恐怖だ。


 失う恐怖。


 それが少しだけ、消える。


(ここにいる)


(まだいる)


(離れない)


 それだけで、十分だ。


 世界なんていらない。


 王座もいらない。


 神もいらない。


 国もいらない。


 欲しいのは、一つだけ。


 腕の中。


 震えている。


 泣いている。


 それでも離れない。


「全部俺のものだ」


 確かめるように言う。


 ルナの中がうねり、限界が近づく。


 分かる。


 呼吸で。


 震えで。


 熱で。


「吐き出せ」


 囁く。


 優しく。


 逃げないように。


 壊れないように。


 そして。


 崩れる。


 体が。

 声が。

 呼吸が。


 すべて。


 満ちる。


 深く。


 奥まで。


 ああ。


 大丈夫だ。


 ここにいる。


 まだいる。


 逃げていない。


「俺のものだ」


 言葉にする。


 確認。


 刻印。


 祈り。


 ――眠りに落ちる直前。


 必ず言う。


 毎晩、欠かさず。


 同じ言葉。


「……ここにいろ」


 命令じゃない。


 願いだ。


 祈りだ。


 懇願だ。


 答えが返る。


「います」


 それだけでいい。


 それがある限り。


 まだ。


 まだ。


 まだ――


 怪物にならずにいられる。

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