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太陽王と終焉の月  作者: 帰り花
第三章 月の檻
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禁忌

 ソルは、その場を焼かなかった。

 城を、壊さなかった。

 アルベルトを、殺さなかった。

 ただ――動かなかった。

 王は立ったまま、動かない。

 赤い瞳は炎のまま。

 だが炎は、外へ出ない。

 内側へ沈む。

 沈んで、沈んで、沈んで。

 煤になる。

 黒い火になる。


 アルベルトはルナを抱いたまま、震える声で言った。

「……お前は、いつも」

 責める言葉が続かない。

 責められない。

 ルナは救った。

 アルベルトを。

 そして、ソルすら。

 救おうとした。

 その代わりに、世界から消えた。

 光は残ったのに、月が消えた。

 それは、最悪の形だ。


 ソルが、ようやく息を吐いた。

「……返せ」

 誰に向けた言葉か、分からない。

 神か。

 運命か。

 死か。

 あるいは、自分自身か。

 ソルは、ゆっくりと歩く。

 ヴァルディアの兵たちが、アルベルトをルナから引き離す。

 王は、死体の前に膝をついた。

 銀の髪に、触れる。

 冷たい。

 冷たすぎる。

 触れても、光は戻らない。

 戻らないことが、ソルには理解できない。

 戻らない。

 戻らない。

 戻らない。

 その現実が、王の内側を裂く。


「……死ぬな」

 幼い声が混じった。

 十歳の少年の声だ。

 拾われなかった少年の声。

「俺を置いていくな」

 それは、命令ではない。

 懇願でもない。

 嘆きだ。

 だが死は、嘆きを聞かない。


 その夜、王城で“命令”が出た。

「地下を開けろ」

 将軍が凍りつく。

「陛下、そこは……」

「開けろ」

 二度目は刃だ。

 将軍は跪く。

「……は」

 禁忌の扉が開く。

 封印が解かれる。

 埃の匂い。

 古い血の匂い。

 そして、魂に触れる術の匂い。


 禁書庫。

 羊皮紙。

 黒い文字。

 “蘇生”。

 “魂の呼び戻し”。

 “代価”。

 ソルは読む。

 一枚。

 また一枚。

 目は乾かない。

 眠らない。

 王は三日三晩、読み続けた。

 そして、見つけた。

 多数の生贄を捧げ、魂を器へ戻す。

 ただし、蘇った者は、生前の記憶を失う。

 ソルは笑った。

 初めて、心から笑った。

 狂気の笑いではない。

 救済を見つけた笑いだ。

 記憶を失う。

 つまり、アルベルトも忘れる。

 緑の瞳も、忘れる。

 過去も、忘れる。

 罪も、忘れる。

 そして自分だけが、残る。

 ソルにとって、それは“代償”ではない。

 救いだった。


 生贄は集められた。

 罪人。反逆者。捕虜。

 名もなき者たち。

 王命だ。

 逆らえない。

 夜の地下で、血は流れた。

 多すぎて、数えられないほど。

 祈りの代わりに、悲鳴が響く。

 だがソルは、耳を塞がない。

 耳を塞ぐのは、弱さだ。

 弱さは失う。

 失うのは嫌だ。

 もう二度と。

 だから聞く。

 聞きながら進める。

 世界の痛みより、欠落の痛みの方が大きいから。


 儀式室の中心に、ルナの身体が置かれる。

 冷たい器。

 だが、美しい器。

 銀の髪。

 白い肌。

 月の男。

 ソルはその額に触れ、囁いた。

「戻れ」

 命令。

 祈り。

 呪い。

 全部。


 祭壇の石が光る。

 黒い光。

 祝福ではない光。

 禁忌の光。

 血が燃える匂い。

 魂が裂ける音。

 世界の“理”が悲鳴を上げる。

 そして――

 ルナの胸が、わずかに上下した。

 息の気配。


 水色の瞳が開く。

 だがその瞳には、何もない。

 知っているはずの世界を、知らない目。

 自分の名前すら、知らない目。

 二百年の孤独も、知らない。

 アルベルトも、知らない。

 ソルも、知らない。

 ただ、生きている。


 穏やかなまま。

 慈悲深いまま。

 だが、空っぽ。

 その“空っぽ”を、ソルは抱きしめた。

 誰の影も映っていない月。

 その月に、自分だけを映すことができる。


 ソルは思う。

(これでいい)

(これで)

(もう奪われない)

 その瞬間、彼の絶望は救済に化けた。

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