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太陽王と終焉の月  作者: 帰り花
第三章 月の檻
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決意

その夜から、王城の空気が“変わった”のではない。

死んだ。

音が減った。

灯りが減った。

人の気配が減った。

そして何より――

ルナの世界から、“余白”が消えた。


ソルは、言葉を減らした。

代わりに、触れた。

触れて、確かめた。

確かめる、という名で――奪った。

朝議の最中にも、指が伸びる。

廊下を歩く時も、距離が詰まる。

食事の席でも、視線が外れない。

「隣へ」

それは命令ではあるが、もう命令ですらない。

自然現象だ。

王が息をするように、

妃を自分の半径に閉じ込める。


ルナは笑わなくなった。

元々、常に微笑みを携えた人だった。

だが、今は違う。穏やかさが“薄い”。

祈りの時間が奪われたからではない。

自由が奪われたからでもない。

――違う。

ソルの目が、救えない目になりつつある。

それが恐ろしい。


夜は、さらに変わった。

かつての夜には、かすかな慎重さがあった。

壊れ物に触れるような、怯えにも似た優しさ。

今はそれがない。

触れ方が違う。

“確かめるため”ではなく、

“逃げ道を消すため”に触れる。

言葉も違う。

「ここにいろ」

それは祈りだったはずなのに、今は――

扉を閉める鍵になっている。

ルナは耐える。

耐えることが、救済だと思っているから。

だが耐えれば耐えるほど、ソルは安堵する。

耐えているのは、愛しているからだと。

拒まないのは、望んでいるからだと。

違う。

違うのに。

違うと告げれば、世界が壊れる。


数日後。

ルナは気づいた。

城の中から、男たちが消えている。

侍従。

護衛。

神官。

特に、ルナに近づける年齢の男が。

配置換え。左遷。遠征。解任。

表向きは合理だ。

「妃の身辺警護を強化する」

「敵国の間者を排除する」

だが本質は一つ。

“目”を消している。

ルナを見得る目を。

ルナが見返し得る目を。

そして、その中心にソルがいる。


ある夕暮れ。

ルナは廊下の角で、老いた侍女に囁かれた。

「妃殿下……陛下が、地下を」

地下。

王城の地下に何があるのか。

ルナは知っている。

禁書庫。

封印庫。

そして――

禁忌の儀式室。

そこは、王家が触れてはいけない場所だ。

“魂”に触れる術が眠っている場所。

ルナの背筋が冷えた。

(まさか)

思う前に、確信が芽生える。

ソルはもう、普通の鎖では足りなくなっている。

王の権力でも、恐怖でも、監視でも――

足りない。

だから次は、もっと深いところを縛る。

身体ではない。

立場でもない。

魂を。


その夜、ルナは初めて“祈り”ではなく“計算”をした。

逃げる可能性。

生き残る可能性。

アルベルトが生きる可能性。

ソルが壊れずに済む可能性。

どれも低い。

だが、ゼロではない。

ゼロでないなら、選ぶべきだ。

二百年生きた者は知っている。

奇跡は、希望を抱いた者に訪れるのではない。

行動した者にだけ、偶然として訪れるのだと。


(アルベルトが来たら)

(その時に)

(私は――決める)

決断は“今”ではない。

今決めても、手段がない。

今動けば、ソルが即座にアルベルトを殺す。

だから“引き金”が必要だ。

アルベルトが助けに来ること。

それを合図に、ルナは行動に移す。

逃亡か。

犠牲か。

あるいは――もっと別の、最悪の選択か。

ルナは自分の中で、答えを言葉にしない。

言葉にした瞬間、それが現実になる気がした。


一方、王都の外。

エルセリアの残党は、静かに息を潜めていた。

敗北しても、光は消えない。

アルベルトは生きている。

そして生きている限り、取り戻す。

奪うのではない。

解き放つ。

彼は“縛らない愛”を知っている。

だからこそ、縛るしか知らない王に勝てないわけがないと信じている。

信じることが、彼の強さだ。


王城の天守。

ソルは、一人で立っていた。

窓の外に、月が浮かぶ。

白い月。

あれは“彼”だ。

自分のものだ。

だが、月は遠い。

近くにいるのに、遠い。

隣にいるのに、遠い。

触れているのに、遠い。

それが、耐えられない。

ソルは、低く呟いた。

「……消えるな」

返事はない。

返事がないことが、さらに彼を冷やす。

冷えたものは、硬くなる。

硬くなった心は、折れるか――

ソルは決めていた。

もう二度と、奪われないようにする。

次に来る“光”が何をしようと、月だけは離れないようにする。

そのための方法が、地下にある。

王家の禁忌が、そこにある。


ルナは、知らないふりをする。

ソルは、気づかないふりをする。

アルベルトは、準備を進める。

三人がそれぞれ別の沈黙を抱えたまま――

運命は“次の夜”へ向かって加速していった。

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