馬ゲット
町で噂が広がる前に、裁判所から遠くへ離れたかった。
竜に無理をいって、判決後すぐ、町から逃げるように出ていった。
次の町に向かって、一日中歩いたが、傍聴席からの声が頭から離れない。
『貧乳、無罪だってよ』
『あの貧乳、臭いらしいぞ』
『しかも、キス魔だってよ』
『完全な変態だな』
頭の中で、呪詛のように繰り返される言葉。思春期の女子にとって、かなりのダメージだった。
これに抗うには、自己肯定しかないとさくらは思い、心の中で自己弁護を始めた。
貧乳なのは認めましょう。まだ、成長段階ですから。これから、大きくなるはず。
臭いのも認めましょう。汗だくだったのに、三日もシャワーを浴びていないのだから。洗えばいい香りがするはず。
心の声が怒りの表情として漏れ出した。
だが、許しがたいことがある!キスをしたこともないのに、キス魔と言われたことよ!そのうえ、変態呼ばわりされたのよ!変態よ!信じられない!あ~かなり落ち込んじゃったわ。
二日歩いて、やっとたどり着いた所は、町ではなく小さな村だった。
二人は立ち尽くしていた。
レストラン兼酒場、銃や弾丸を売る銃砲店。離れたところに馬小屋があるだけ。銀行がない、イコール仕事がないということ。
裁判でのダメージがあるうえに、仕事がないということも重なり、さすがのさくらも元気がない。
「竜、ホテルがないってことは、今日も野宿ね。お腹空いたよ」
「そうだな、腹ごしらえをして、野宿の用意を始めるか」
小さな酒場のスイングドアを開けて、二人で中に入った。
カウンターに、五十歳ぐらいの、蝶ネクタイをした小綺麗な男が立っていた。
メニューボードには、イグアナのステーキと書いてある。
「俺は、ビールとステーキだ」
さくらは、小さな声で、
「お水とステーキをください」
二人は、黙々と食事をしている。普段なら、この世界の理不尽さを、八つ当たりのように、竜に文句を言いながら食事をするさくらだが、この日は下を向きながら、生気のない声でぼそぼそと竜に尋ねた。
「竜、あなた魔法使いよね。あたしに関しての記憶を、山賊たちと裁判所にいた人たちから消してくれない?」
竜は目を合わせずに、食事をとりながら、
「すまない、さくら。俺は魔法使いだが、炎を少し出せるのと、リボンスティックを自由自在に操るぐらいだ。紙に書いたり、地面に書いたりすれば、もう少し使えるが、人の記憶を改ざんするなんて誰にもできないと思うぜ」
さくらは重いため息をつき、目を合わさず暗い声でつぶやいた。
「そう。噂が広がるのも時間の問題ね。これであたしも、あなたと同じように変態と呼ばれるようになるのね」
肉を切る竜の手が止まった。怒りのこもった震える声で聞いた。
「さくら、俺は皆に変態と呼ばれているのか?」
さくらが何かを言いかけた時、カーボーイハットを被った、身なりに気を使っていない、五十歳ぐらいの、人の良さそうな男が、二人に近づいて来た。そして、竜に声をかけた。
「あのー、さっきお二人を見かけただ。怪物退治してくれる人を探してるだども、その帽子、あなたは変態ウイザードさんじゃないですかの?」
竜が顔を引きつらせた。
「人違いだ。俺の名はリボンの竜だ」
男は思い出すように、
「あー、その名前も随分前に聞いたことがありますよ。やっぱり変態ウイザードさんじゃないですか」
竜は立ち上がって怒鳴った。
「リボンの竜だと言ってるだろう!」
男はキョトンとした。
「リボンの竜ということは、間違いなく、変態ウイザードさんだべ?」
さくらが、ニコニコしながら仲裁に入った。
「まあまあ、竜、怒らずに話を聞きましょうよ」
何事もなかったようなさくらの様子を見て、唖然とした。
「さくら、俺が変態ウイザードと呼ばれてるのを知っていたのか?」
さくらはそれを無視して、男に話しかけた。
「おじさん、仕事の依頼なんでしょう?」
男は嬉しそうにうなずいた。
「ええ。馬の世話が仕事なんですが、夢は最速の馬を作ることなんです」
突然、表情を変え、男は机を叩いて怒鳴りだした。
「あいつが、わしの夢、黒王を食っちまった!わしの夢を食っちまっただよ!」
さくらが恐る恐る尋ねた。
「その黒王の仇を取ってほしいのね?」
馬屋の男は両手を握りしめ、腕が震えている。
「出来れば、黒王の仇を取りてぇ!だが、それよりも、新しく育てている白王と赤王、わしの新しい夢を守ってほしいだよ」
突如、竜が割って入った。
「いいだろう。ただし報酬は馬二頭だ」
馬屋の男は困惑の表情を浮かべた。
「うちには四頭しかいないだよ」
竜が交渉を始めた。
「俺たちが退治しなきゃ、全部いなくなるぜ。そっちのほうが大損だろ。俺たちゃ、受けた仕事は必ずやり遂げる」
馬屋の男は考えた末に渋々同意した。
「お願いしますだよ」
竜は張り切って、
「よし、契約成立だ!」
カウンターに向かって、大声で注文した。
「もう一杯ビールだ!」
竜は男と握手した。
「あんた、名前は?」
「おら、阪 楠智だ」
さくらが首を傾げた。
(ハン クス トミ...トム...どこかで聞いた名前よね。ん?外人だと名字と名前が入れ替わるから...そういえば、あの俳優と、どことなく似てるわね)
さくらが、すかさず尋ねた。
「おじさん、今晩泊まれるとこ知らない?」
「ここの二階に泊まればいいだよ」
カウンターにいる、バーテンダーのおじさんに、阪さんが聞いてくれた。
「源さん、二階の部屋、空いてるんだろ」
「空いてるよ」
さくらは飛び上がって喜んだ。
「竜、シャワー浴びれるよ。やったー!」
竜は仕事の話に入った。
「で、どんな怪物なんだ?」
「へい、トカゲの怪物ですだ」
竜は椅子に座り直して、魔女の帽子を少し斜めに被り、片目だけを出すように、ダンディに決めている。
「怪物退治は、俺たちに任せな!」




