恐怖 知りたい森
さくらは、常々こう思っている。
嫌いなのよね、幽霊とか心霊現象って。特に呪いってさ、何もしてないのに呪われるって、どう考えても理不尽よね。
それなのに、森を前にして、竜はこんなことを言い始めたの。
「この『知りたい森』を、真っ直ぐ突っ切るのが、次の町への近道だ。だが不気味な噂を聞いたことがある」
「怖いのはやだよ」
「何かを聞かれたら、答えないと二度と出られなくなると言われている」
「やめようよ。森の呪いってことでしょ。この刀だって、悪霊は斬れないわよ」
竜は説得しようと、また食料の話を持ち出した。
「聞かれたことを、答えればいいだけさ。それに、ここを通らないと、一日伸びることになる。食料も水もあまりないぞ」
食事がなくなるのは、絶対にいやだった。仕方がないので、渋々了承して、この森に足を踏み入れた。
森に入ると、周囲の空気が急に冷え込み、不自然な静寂が支配していた。木々の葉は動かず、鳥の声も聞こえない。
「竜、この森は異様な雰囲気だよ。誰かに見られてるみたいだしさ」
「心配するな、何度か超常現象といわれるものに遭遇したが、全てリボンスティックで蹴散らした」
突然、背後に人影のような気配を感じた。
振り返ったが誰もいない。寒気が背中を伝い、首から頭までを覆った。
「き、気のせいよ」
そう、自分に言い聞かせるしかない。
深夜まで歩いていても、森の出口は見えなかった。
「さくら、今日はここで泊まるしかないな」
「こんな気持ちの悪い森で寝るの。嫌だな」
焚き火を起こし、毛皮を地面に敷いて横になった。
しばらくすると、米倉先輩の悪夢にうなされた。
「先輩...」
何かを感じて目を開けると、影が木に映っているのが見えた。
(何あれ!動けない!金縛りだわ!)
影は地面を這うように、ゆっくり近づいてくる。
影を見ながら、願うしかなかった。
(お願い、来ないでよ)
だが、願いは聞き入れられず、影は耳元まで来た。そして、こう聞いてきたのだ。
「先輩、今は貧乳ですが、きっと大きくなりますからって、どういう意味だ~」
さくらは固まった。影は構わず続ける。
「お風呂に入れないだけで、洗えば匂いは取れます~臭くないです~ってどういう意味だ~」
「お泊まりですか?やっぱり私にはできませんて、どういう意味だ~」
「キスしてほしいって、どういう意味だ~」
(この影、あたしの悪夢を盗み見したのね!)
金縛りであったが、恐怖より怒りと恥ずかしさで、体が動き出した。
妖刀田中家を掴んだ瞬間、影が立ち上がった。
竜も目を覚まし、 どこからともなくリボンスティックを取り出して、影をリボンで切り裂いた。
影は霧のようになり、森の中に広がって消えていった。
「さくら、大丈夫か?影は何を聞いてきやがった!」
「な、何も聞いてこなかったわよ。もう、出発する準備をしましょ」
(あんたに、夢の内容を言うわけないでしょう)
そう思っていたが、森の奥からこんな声が聞こえてきた。
「貧乳ってどういう意味だ~」
「臭くないです~ってどういう意味だ~」
「キスしてほしいってどういう意味だ~」
森全体にさくらが夢で見た、内なる声で溢れかえった。
この森は人に関心があり、人の心を知るために、しつこく聞いてくるのだ。
このままだと、知らない人にまで聞かれてしまう。恥ずかしさと怒りで顔を引きつらせながら竜に提案した。
「ねえ、竜。今は冬だし、みんな寒いでしょ。燃やしちゃいましょ、この森!」
朝、森から抜けると銃を構えた保安官と助手が近づいて来た。
「話を聞かせてもらおう。森を燃やそうとしているやつらがいると、通報があったんだ」
驚く二人に保安官は続けた。
「今朝早く、農夫のジョンが森の近くを通りかかって、おかしな声と『森を燃やす』という言葉を聞いたそうだ」
(まさか、あの時の声が聞こえてた!)
血の気が引いた。
保安官は冷静にこういった。
「抵抗しないでくれ。詳しいことは保安官事務所で聞こう」
ふたりとも両手を前で縛られ、繋がれて、保安官事務所に連行された。
竜は隣に座らせられ、机を挟んで、保安官と向かい合っている。
保安官の詰問が始まった。
「森を燃やそうとしたそうだな」
「あ、あれは冗談です」
「言ったという事だな」
「だから冗談ですって」
保安官は助手に、
「二人を牢に入れて、裁判の準備だ」
最初にさくらが入れられ、向かいの牢に竜が入れられた。
保安官が二人に、恐ろしいことを説明した。
「明日、裁判が開かれる。この町は犯罪が少ないから、判決で死刑になれば、明後日には行われる」
保安官が立ち去った後、さくらは鉄格子を両手で持ち、顔を近づけて、竜に小さな声で、
「竜、この鍵を切っちゃってよ。リボンスティックを隠し持ってるんでしょ?」
竜は寝転びながら、
「俺たちゃ何もやってねぇ。心配するな。今逃げたら賞金首になるぜ」
「わかるけど、死刑は嫌なのよ。米倉先輩と約束があるんだから、帰らないといけないのよ」
「まあ、なんとかなるさ」
さくらは少し怒り気味に、
「あんた、魔法使いなんだから、明日の裁判、なんとかしなさいよね」
次の日
町の裁判所で二人は被告人席に座っている。 裁判官が開廷を宣言し、保安官が立ち上がった。
「森に放火しようとしている者がいると通報を受け、すぐに駆けつけました。そうすると、この二人があの森から出てきたのです。放火未遂で逮捕しましたので、死刑を求刑します」
裁判官に、証人のジョンが呼ばれた。
「ジョン、あなたは、森のすぐそばで何を聞きましたか」
ジョンが証言台に立ち、
「オラが朝早くに、あの森の近くを通ったとき、森の中から、
聞こえてきただ。
《貧乳ってどういう意味だ~》《キスしてほしいってどういう意味だ~》
《洗えば匂いは取れます~どういう意味だ~》
《臭くないです~ってどういう意味だ~》
そんで、女の声で、森を燃やそうって言ってるのが聞こえただ。オラ、慌てて保安官に報せただ」
書記が記録していく。
さくらは下を向いていた。
(森の中だけなら、竜に聞こえただけだったのに、大勢の前で言いやがって。おい証人!セクハラだからな!)
裁判官は弁護側に言い分を求めた。
「弁護人、このことについては?」
弁護士は立ち上がり、意見を述べ始めた。
「あの森は、時々、大きな声で質問してきます。今回は『貧乳』『身体が臭い』『キスしてほしい』などの質問を繰り返し、精神的苦痛を与えてきました。そのため、燃やしてしまおうと言っただけで、実際には燃やしていません。燃やす相談もしていません。私は無罪を主張します」
さくらはうつ向いたままだ。
(こいつら、何度も臭い、貧乳って言いやがって、おい、書記!記録するな)
裁判官は木製のハンマーを鳴らして判決を言った。
「無罪である」
裁判を見学しにきてた人々が、口々に言ってる声が聞こえてきた。
『貧乳、無罪だってよ』『あの貧乳、臭いらしいぞ』『しかも、キス魔だってよ』『完全な変態だな』『近づかないほうがいいな』『変態は伝染るかもしないしな』
さくらは下をむき、涙が床に落ちていた。
(こんな屈辱に耐えられない!)
突然、泣きながら両手で竜の胸ぐらを掴み、
「殺して、今すぐあたしを殺して!」
さくらの秘密は裁判記録となり、永遠に残ることとなった。




