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リボンの竜

写真立てを左手で持ち上げ、右手の指先でそっと写真を撫でながら、静かに微笑み呟いた。


「能力のおかげで年を取るのがゆっくりだけど、みんな生きてれば、おばちゃんよね。今年で百十六歳だから、おばあちゃんかしら」


時計を見たマーズは、


「あら、もうこんな時間、市場に行かないと」


町から離れた森の中にある、ロッジのような家のドアが開いた。


魔女の帽子をかぶり、シルバーがかった髪をまとめたマーズが姿を現した。


家の前に果物が山のように積まれている。小さな子猿が、最後の一房のバナナを加えると、チッチッと鳴いて挨拶し、木々の間に消えていった。


マーズは大きなリュックと二つの布袋に、丁寧に果実を詰め込むと、動物たちに声をかけた。


「お土産を買ってくるからね。楽しみにしてるのよ」


リュックを背負い、その袋を両手で持って、長い道のりを町に向かって歩き出した。


森を抜けると、ただ荒野が続いている。時間にすると、四時間ほど歩いた頃、町が見えてきた。


町の中を歩きながら、左右を見渡した。小さな町だが、食料品の販売だけでなく、レストランや酒場もある。


「二つ向こうの道が、食料品のお店屋通りだったわね」


町の入口から入って、右に曲がっていった。


二階建ての木と土で出来た住居の一階に色々な店があり、マーズは青果屋を見つけて、近寄っていった。


「こんにちは。また、果物を買い取ってほしいの。お願いできるかしら」


マーズの顔を見た店のおばちゃんが、


「あら、三ヶ月ぶりかしら。いらっしゃい。いつも、新鮮な果物をありがとね」


「こちらこそ、いつもありがとう。今日はこれなんだけど」


大きなリュックと両手に抱えた、袋いっぱい入っている果物を見せた。


「今回も、すごく新鮮だね。少し待ってくれるかい」


おばちゃんが、お金をマーズに渡した。


「この金額でいいかい」


「もちろんですよ。また次回お願いしますね」


マーズが森の動物たちのため、魚屋と肉屋と野菜屋を回ろうとしていたとき、突如、銃声が町中に響き渡り、村人たちに向かって恫喝する声が聞こえてきた。


「命が惜しければ、水と食料、それに若い女を差し出せ!俺たちのことは、聞いたことがあるだろ」


それを聞いたマーズは、咄嗟に声のする方向へと駆け出した。


かつての魔法少女時代なら一瞬で駆けつけられたはずなのに。


緩やかに年齢を重ねているとはいえ、普通の人の六十歳近くに相当するこの体は、かつての俊敏さはなく、肺は激しく上下し、心臓は胸を突き破らんばかりに鼓動を打っている。


角を曲がった先にいたのは、三十人ほどの馬上の盗賊団だった。


村人の一人が、ライフを構えた。


「お前たちのことは知っている。お前たちこそこの町を出ていけ」


五人の村人たちが、拳銃を抜いた。


何も言わずに、盗賊団たちは躊躇なく引き金を引き、瞬く間に村人六人の命を奪った。


盗賊団の一人が馬から降り、家に入ろうとしていた若い娘の腕を乱暴に掴んだ。


それを見たマーズの頭の中をよぎったのは、


(今の私は高く跳躍することさえままならない。こいつらを皆殺しにすることはできるが、村人を守りきることはできない。どうする!)


小さな男の子が家から飛び出してきた。


「姉ちゃんを離せ!」


殴りかかってきた男の子の腹を、娘の腕を掴んでいた盗賊が、思い切り蹴った。


ウゴッ


数メートル蹴り飛ばされた男の子は動かない。


娘の母親が腕を掴んだ盗賊に抵抗しながら叫んだ。


「お父さーん!」


家から父親が拳銃を持って出てきたが、馬上の盗賊団の一人に容赦なく撃たれた。


もう一人の馬上の盗賊が母親を射殺した。


迷いがこの悲劇を招いてしまった。体が熱くなり脳まで焼けるような怒りが湧きあがった。


「許さないわよ!」


息を整える間もなく、マーズはどこからともなくリボンスティックを取り出し、リボンを飛ばした。


娘の腕を掴んでいた盗賊の腕にリボンを巻きつけ、一瞬で切り落とし、ムチのようにリボンを振ると、近くにいた五人の盗賊の首が次々と地面に転がり落ちていく。


マーズに向かって、顔色も変えず、盗賊団のリーダーが言い放った。


「言っただろう。抵抗すれば皆殺しにすると」


リーダーはニタリッと笑い、冷酷にも娘を撃ち殺してマーズを見た。爬虫類が笑えばこんな笑みだろう。


手を上げて、怒鳴るように仲間に命令した。


「てめえら、全員ぶっ殺せ!この町は見せしめだ」


リーダーはマーズに向かって弾丸を連射しながら、


「正義の味方は弱いものなんだよ。死ね」


リボンスティックを高速回転させ、リボンの障壁を作り銃弾を跳ね返した。


カン、キンキン、キン


リボンにあたった銃弾が火花を散らす。


他の盗賊たちは町の中に散って行った。銃声と悲鳴があちらこちらから聞こえる。


拳銃からカチッカチッと音がした。


怯えた顔で銃弾のなくなった引き金を絞り続けるリーダーの首を切り、村人を守るために走り出した。


村のあちらこちらで、大人や子供の撃ち殺された死体を見た。


拳銃を持った馬上の二人を見つけたマーズは、リボンを飛ばして、二つの上半身が馬から落ちた。一切の容赦はしない。


銃声。悲鳴。


そちらに向かった。お店屋通りには、何十人の死体。その中には、マーズの果物を買い取ってくれたおばちゃんもいた。


「おばちゃん...」


見つけた盗賊たちを全員切っていった。


血まみれになりながら、マーズは必死に戦った。盗賊団全員を倒した頃には、多くの村人の死体も転がっていた。


一人で助けられる村人の人数は多くないと知っていた。どのくらいの村人が犠牲となったのだろう。考えたくなかった。


(あのまま、食料や水、娘たちを渡したほうが良かったのか)


やり場のない怒りと悲しみ、そして無力感を抱えて、血まみれのままマーズは森へと歩きだした。


苦渋の想いが疲れた体に広がっていく。


(この百年以上、同じようなことを何度も見てきた。私たち魔法少女は、盗賊に成り下がる人間を救うために、若い命をかけたわけじゃない。せっかくあの隕石から生き残れたのに、人はまた同じことを繰り返している。それとも、これが人間なのか)


少年が村からついて来ていることに気づいていた。振り返ることもなく、黙って歩き続けた。結界を張った森には入れず、いずれ村に戻るだろう。そう思っていた。


一週間後、村を救えなかった罪悪感に苛まれていたマーズのもとに、小鳥がさえずりながら舞い降りてきた。小鳥は何かを伝えだした。


「何を言っているの?あの子は一週間前に村に戻ったはずよ」


マーズが確認に向かうと、森の動物たちが、実った果実を少年の前に運んでいる光景が目に飛び込んできた。


少年は果実をむさぼるように食べながら、マーズを見つけると目に強い意思を灯らせながら言った。


「村を守れるぐらい、強くなりたいんだ。弟子にしてくれよ」


マーズは困惑した表情で動物たちに尋ねた。


「どういうことなの?」


そこにいた猿がキーキーと答えた。マーズには、その鳴き声の意味が理解できた。


(彼は食事も取らず、ずっとあなたが出てくるのを待っていました。死にかけたところを私たちが助けたのです)


マーズは少年に向き直った。


「なぜ私の後をついてきたの?村を台無しにした私を恨んでいたの?」


少年はマーズから目を離さずにもう一度言った。


「俺にみんなを守る術を教えてほしいんだ!」


マーズは、少年の目を見つめることができず、後悔の色を声に滲ませながら、


「私は村を救えなかったのよ」


少年は立ち上がり、拳を握りしめ、腕を振るわせながら、


「たくさんの人が死んだけど、俺は生きている。おばさんが悪いわけじゃない。おばさんは、皆の仇を討ってくれたんだ」

少年は叫ぶように、


「もう嫌なんだ。守りたいんだ。いろいろ教えてくれよ!」


マーズは深いため息をついた後、


「とりあえず家に来なさい。温かい飲み物でも飲みましょう」

家の中で、マーズは少年に諭すように言った。


「よく聞きなさい。私が知っているのは女の子が使う技だけよ。男の人に教えてもらった方がいいと思うわ」


少年は首を横に振った。


「強さに男も女もないよ。強ければ、女の子の技でも習いたい。お願いだ!」


マーズは少し考え込んだ後、


「そう。じゃあ、両親と話をしてから、また来なさい」


うつむきながら、


「盗賊団に、父ちゃんも母ちゃんも姉ちゃんも皆殺された。今までだって、近隣の村は襲われていたんだ。でも、誰も何もできなかった」


マーズの目を見た少年の目に、

涙が浮かんでいた。


「僕が大きくなったら、みんなを助けるんだ!」


その言葉に、マーズの心が揺らいだ。肉親のいなくなったこの子を、村に帰すのも可哀そうだ。凛とした声でこう言った。


「人を守るときは自分も守らないといけないの。自分を犠牲にしないと誓える?」


「よく分からないけど、おぼえておくよ」


「練習は厳しいわよ。最後まで続けられる?」


涙をためた目には、強い意志を感じさせた。


「強くなれるなら、何でもするよ。俺の名前は吉村竜、六歳だ。師匠と呼んでいいだろ」


マーズは新体操を基礎とした魔法と体術を竜に教えた。


最初は不器用だった竜も、何度もリボンを回し、ジャンプし、踊るという訓練を重ねるうちに、しなやかな動きを身につけていった。


少年は恥ずかしがることなく、真摯に修行に励んだ。


元魔法少女のマーズのように超能力を持たない竜は、それを補うパワーを身につけるため、己の肉体を極限まで鍛え上げることを決意した。


最初は一本の丸太を担いで森の木々の間を走り抜ける練習をした。丸太は二本になり、やがて四本になった。


木を手だけで登り、次は足だけで駆け登る。そして、日々、筋肉は増大していった。


何年かたったある日、小さな森の広場でマーズは、新しく作った大きなリボンスティックをかつての少年に渡した。


大きくなった少年は青年になり、マッチョになっていた。


「今日は練習ではなく、真剣勝負よ。私を斬るつもりで来なさい」


マーズは言葉が終わると同時にリボンを放ち、一直線に竜の心臓を狙った。


竜は後方へジャンプしたが、リボンはどこまでも追従してくる。


リボンをスティックに巻きつけて、追従してきたリボンを弾き、着地と同時に距離を詰めようとマーズへと突進した。


マーズは弾かれたリボンを、再び竜を狙って横に薙ぎ払った。まるで長い刃物で襲ってきたようだ。


そのリボンを斜め後ろにジャンプしてかわし、大きな木の前に着地した。もう一度木の上に向かってジャンプし、空中でリボンスティックを咥え、木の枝に両手で捕まり、まるで猿のように木を登っていった。


そして、マーズの死角になった木の影からリボンを放ち、心臓を狙った。


マーズはリボンを円を描くように高速回転させて、リボンの盾で竜のリボンを弾いた。


竜は既に木の上からマーズの背後へ向って跳躍し、もう一度、頭上からの一撃を放った。


それも上に向けたリボンの盾で弾かれた。


マーズは地を這うリボンを放ち、竜の着地点で直角に立ち上げて真下から狙った。


だが竜は空中で弾かれたリボンをムチのように振るい、下から襲ってくるマーズのリボンに自分のリボンを絡ませ、横にそらした。


着地後、二人は絡まったようになっているリボンをお互いに引っ張るような形になった。


一瞬、竜の全力の引き込みに、マーズはリボンスティックを手放し、走って一気に間合いを詰め、接近戦に持ち込んだ。


竜も絡まったリボンスティックを諦めたが、一瞬遅く、パンチを繰り出したときには、マーズはジャンプして、背後を取り首を極めた。チョークスリーパーだ!


しかし、マッチョになっていた竜は、太い首を極められたが、力づくでマーズを前方に投げ飛ばした。


マーズは、一回転して着地し、そして、ニッコリと笑って竜に告げた。


「卒業よ。十年間よく頑張ったわね」


家の中で、彼女と同じ魔女の帽子を竜に渡した。


「卒業証書よ。女性なら魔女だけど」


マーズは上品に口を抑えて笑いながら。


「あなたは男性だから魔男って言うのかしらね。ホホホホ」


こうして、リボンの竜が誕生した。彼の十六回目の誕生日のことだった。


マーズは少し寂しくなったのか、十六歳になった大きな少年を抱きしめた。


「師匠、賞金を稼いで、俺が安心して住める町を作るぜ」







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