元魔法少女マーズ
鳥のさえずりが聞こえてくる林の中を、大きな荷物を背負って、竜とさくらが歩いている。
昨日のこと。山賊退治に失敗して、次の町では仕事がなかった。食料も水も買えなくなって、困った末に、コータローとテッペイを売ってしまった。
「ウヮ~ン、ビョエ~ン、コ~タロ~、テッペイ~、コ~タロ~、テッペイ~」
コータローとテッペイの首にしがみつき、さくらは別れが辛くて子供のように泣きじゃくった。
竜に金を貸してほしいと頼んだものの、「高金利の五年定期預金だから下ろせない」と、あっさり断られた。
旅を続けるには、食料と水は必要不可欠。購入するにはお金が必要。
「次の町で仕事をゲット出来れば、また馬を買えばいいじゃないか」
こう言って竜は慰めてくれたけど、その言葉に納得はできなかった。
さくらは、泣きながら、竜に訴えた。
「コータローもテッペイも、短い間だったけど、一緒に旅した仲間だよ。竜の言ってることは、仲間を後から買えばいいって言ってるんだよ。グスン...」
竜は面倒くさそうに、
「馬だから。師匠に早く会うために乗るものだから」
「そう。コータローもテッペイも仲間じゃないってことね。じゃあ、これ以上お金がなくなったら、あたしも売るつもりなの。人でなし!」
竜は言葉をかぶせ気味に、
「しねぇーよ!飛躍しすぎだ!」
二人の横で、馬屋のオヤジが二人の会話を退屈そうに聞きながら、買取金の袋を持って立っている。
「話は終わったかね」
竜が返事をした。
「終わってるよ」
馬屋のオヤジは、野球ボールくらいの、お金の入った袋を竜とさくらに渡した。
「これが買取金額だ。それじゃ、馬はもらっていくよ」
馬の手綱を親父が引っ張り、コータローとテッペイが遠ざかっていく。
さくらは泣きながら、馬たちの後ろ姿に向かって叫んだ。
「コータロー!テッペイ!カムバック!」
「さくら、カムバックは、こんな時に使うもんじゃねぇーぜ。もしも馬が戻ってきたら、お金も返金しないといけなくなる。この意味は、わかってるな。今日もご飯抜きになるんだぞ」
泣きながら言い直した。
「コータロー!テッペイ!ドントカムバック!」
「戻ってくるなは、可哀想過ぎないか?」
騒がしい酒場、テーブルを挟んで竜とさくらが晩ごはんを食べている。
うんざりしながら、竜がさくらを見た。
「さくら、もう泣くのはよせ」
「コータロー、テッペイ...」
涙がテーブルに落ちる。
さくらは綺麗に食べた皿を持って、泣きながらウェイターに声をかけた。
「すいませ~ん、同じのもう一皿ください。グスン」
三皿を重ねてある上に、もう一皿載せた。
竜が呆れたように重ねてある皿を見た。
「泣きながら、四皿目かよ。どこに入っていくんだ」
涙を拭いながら、
「コータローとテッペイにありがとうって感謝しながら食べてると、いくらでも入っていくのよ」
竜は首を横に振る。
「意味がわかんねぇ」
ウエイターが、料理を運んできた。
また泣きながら、皿の上の料理を綺麗に平らげていく。
ということが昨日あり、次の町に向かって、さくらと竜は林の中を歩いてるのだ。
「ねぇ竜、そろそろ休憩しようよ。この背負ってる荷物だけでも重いのに、体につけてる防具で、余計に疲れる」
「そうだな。休憩できそうな場所を探そう」
荷物の中身はほとんどが食料と水とキャンプ用品。
「いいもの見つけたぜ。さくら疲れただろ。甘いもの食べたくないか?」
よだれを垂らしそうな笑顔になり、素早く竜の顔を見た。
「え!甘いもの持ってるの?」
竜はリボンスティックをどこからか取り出し、木の上にある何かを切り取ると手に持った。
それを半分に分けて、さくらに渡した。
「はちみつね」
竜が口に入れるのを見て、口に入れてみた。
甘い味が口の中いっぱいに広がる。
「美味しい」
ニコニコ顔で満足げにいったとたん、不穏な音が聞こえた。
ブーン
「なんの音なの」
背後から音が聞こえてくる。 振り向くと、大きなスズメバチの大群が迫っていた。
「あんたは、なんてことするのよ!蜂が怒って追いかけて来たじゃない!」
二人で走り出したが、すぐに包囲されてしまった。
竜がこちらを見て、ニヤニヤしている。何かを含んだわざとらしい口調だ
「こりゃあ、絶体絶命だぜ。こんな大群に刺されたら、死んじまうよ」
「あたしにどうしろって言うのよ!あんたがはちみつを取ったからでしょう。魔法使いなんだからなんとかしなさいよ」
竜はまだニヤついている。
「燃やすか、切ることはできるが、可愛そうじゃねぇか」
「どの口が言ってるのよ。あんたが蜂の巣を切り取ったからでしょう!」
「お前の技、死にたくないってのを、昆虫に通じるか試してみようぜ」
やっと竜の意図がわかった。
「嫌よ!恥ずかしい!」
「相手は昆虫だぜ。何が恥ずかしいんだ」
「また、あんたに聞かれるじゃない!」
「誰にも言わねえから、早くしろよ。本当に死んじまうぞ」
さくらはこの状況と刀の謎を解く方法を、咄嗟に思いついた。
腰に差している刀を指差して、
「竜!この刀の柄に触ってて、助かるためだから。いいこと、絶対に離しちゃ駄目よ」
反対に竜が慌てだした。
「やばい状況だぞ、何いってんだよ!」
急がすように竜に強要した。
「早く握って!協力して!」
竜は意味がわからず、左手で柄を握った。
「こうか?」
ハチが襲ってきた。竜がリボンスティックを右手で取り出したが、それをさくらが手で制した。
「蜂がかわいそうって言ったのは、竜でしょ!」
二人をスズメバチが襲う。
竜は刀の柄から手を離そうとするが、さくらが竜の手を上から押さえつける。
「離させないわよ!」
二人とも蜂に刺されて、激痛が全身を走る!
「痛い痛い!」
「死ぬ死ぬ!」
突然、妖刀田中家がぼんやりと光るように、異様な妖気を漂わせる。
さくらには、竜が『心の底から死にたくない』と思ったのがわかった。
途端に、スズメバチの攻撃がやむ。何事もなかったかのように、ただ空中で羽ばたきながら止まっている。
さくらも動けなくなった。竜は慌ててさくらを抱きかかえ走りだした。
「さくら!重すぎるぞ!!」
(乙女に重すぎるっていうな!!)
と抱きかかえられながら思っていた。
このことで、さくらは刀の力の一端を理解した。
刀を持っている人間が、死にたくないと思うと、その理由が敵味方関係なく、頭と心に流れ込み、戦意を喪失させ、数分間動けなくさせるのだと。
そして、流れ込んできた竜の思いは、こんなものだった。
"俺はまだ死ねねぇ!大人も子供も安心して平和に暮らせる町を作るまでは!師匠にも恩返しがしたい。そのために、危ない橋を渡って、一生懸命に賞金を稼いできたんだ!"
竜の思いは更に続く。
"そして、その町に今はバラバラに住んでる愛する人たちを全員集めて、毎日一人ずつ通うんだ!あの子にもこの子にも、あんなことやこんなことをして、楽しく暮らすのさ!"
林を抜け、ハチから命からがら逃げ切った後、川の音が聞こえる木陰の岩に腰掛けて二人は休んだ。
二人とも蜂に刺され、顔が腫れて無残な状態だ。
軽蔑した眼差しで、さくらは竜を見ていた。
竜は視線を感じたようで、目を合わせずに言った。
「何だよ!男の夢を実現するために、俺は働いてんだ。悪いかよ」
「男って、大人になると汚い生き物になるのね。言葉にできない醜悪さよ。なによxxxx とかxxxxとか。あたしは16歳よ。聞いたこともない単語だけど、いやらしい単語なのは想像できるわよ!」
「ああ、そうだよ。お前の大好きな米倉先輩も大人になれば、俺の仲間さ!」
「米倉先輩は、あんたみたいにはならない!」
「つき合ったこともないお子ちゃまは、妄想に浸ってな!」
「あんた、何股してるのよ!」
竜は首を傾げた。
「何だよそれ?」
「何人と一度に、つ!き!あっ!て!る!の!」
不思議そうに竜が、
「お前がいた世界では、人を股と数えるのか?」
わからなくなったさくらは、怒鳴ってしまった。
「もういいわよ!」
竜はさくらの刀を指差して、
「まあいい。それより、お前の秘技は刀の能力だったのか」
さくらは、刀の柄を握り、竜に刀の由来を話し始めた。
「この刀は、五百年前から田中家に伝えられてきた妖刀田中家って言うの。殿様を守るための特別な力が宿っていると伝えられてるわ。ご先祖さまは、殿様を逃がす為にこの力を使ったのね」
さくらは遠くを見つめて、
「ご先祖様は、さぞ恥ずかしい思いをしたんでしょうね」
さくらは、ふと思い出したように聞いた。
「そうだわ、前から思ってたことがあるの。竜のリボンスティックを見せてくれない?」
「なぜだ?」
「それって、リボンなの?この世界でリボンてあるの」
竜はどこからともなく、リボンスティックを取り出し、リボンの部分だけを触らせた。
「これって、リボンのように編んでるけど、金属なのね。極細のピアノ線ってとこかしら」
竜に尋ねた。
「竜は、なぜリボンっていう言葉を知っているの?」
「師匠が言ってたからさ」
「元魔法少女だったっていう、あなたの師匠の話を詳しく聞かせてくれない?」
「詳しくは知らないが、師匠から聞いた話と、俺と師匠が出会ったときの話をしてやるよ」




