妖刀田中家
翌朝、竜と二人で山賊のでる山に向かって馬を走らせた。
荒野を走り、雑草だけが生えている山を登る。一時間ほど後、竜は馬を歩かせ、隣にさくらを呼んだ。
「この辺りのはずだが、山賊はでてこねえな」
さくらは、不安を覚えた。
「町に戻ろうよ」
竜が前方を指差した。
「あの寺が怪しそうだ。いってみようぜ」
気が乗らないと思ったが、竜は走り出した。
近くで見ると、 廃墟の寺は、かつての栄華を感じさせる建物だった。
崩れた壁から鉄筋が見える。コンクリートでできているようだ。補修した跡があちらこちらに見える。
馬から竜が降りた。
「なかに入ろう」
「廃墟って幽霊が出そうで入りたくないけど、仕方ないか」
馬たちに話しかけて、竜の後を追って行った。
「コータローもテッペイもここで待っててね」
足音を殺しながら慎重に進み、廃墟の中に一歩一歩踏み入れていった。
大きなお堂の真ん中まで来たとき、突如、二十数人の武装した男たちが現れ、二人を取り囲んだ。
竜は山賊たちを見まわしながら、怒りを込めた声で、
「おいおい、あの張り紙は賞金稼ぎをおびき寄せるための偽物か?何人殺して金品を奪ったんだ」
竜と背中合わせになったが、じりじりと中央へ追い詰められていく。
「くそっ、まんまと騙されちまったってことだな」
妖刀田中家を抜いて構えた。手の震えを抑えられない。
たとえ悪人であっても人は斬りたくない。どうすればいいの?
髭を生やした小太りの男が前に出てきた。山賊のリーダーらしい。
「降伏しろ。男は現金と銀行の預金証明書をこちらに渡して、サインを書いて出ていけ。金目の物と服も置いていくんだ。さもないと命はない」
山賊の一人が口を挟んだ。
「頭、あんなへんてこな帽子や服は売れませんぜ」
リーダーはうなずいた。
「そうだな。お前、そのへんてこな帽子と服はいらねぇ」
服装をバカにされた竜は、怒りが頂点に達していた。
竜が耳元で、ごく小さな声で話しかけてきた。
「俺の帽子と服装をバカにしたやつを含めて、こいつらの半分は俺が始末する。後の半分は任せていいか?」
驚きのあまり振り返り、思わず大声で叫んだ。
「イヤよ!絶対に!あんたが一人でなんとかしなさいよね!魔法使いでしょ」
竜は苛立ったように言い返した。
「バカ!でかい声出すなよ!作戦がばれるじゃねーか!いいか、一、二、三、だぞ」
「イヤって言ってるじゃない!」
「いくぞ、一、二、三!」
竜は新体操で使うリボンスティックをどこからか取り出し、ムチのように振った。
リボンが空中を舞い、鋭い刃物のように、リーダーともう一人を含めた四人の首を刈り取った。
「俺はな、夏が好きなんだ。服装をテメェらにバカにされる筋合いはねぇ!」
怒りを含んだ声がお堂の中に響き渡った。
山賊たちが口々に、
「殺せ、殺せ、殺せ」
と喚いている。
竜が山賊たちを馬鹿にするように、ニヤついた顔で、
「おもしれぇ、遊んでやるよ」
言い終わらぬうちにリボンが放たれ、山賊の一人の腕がボトリと落ち、斬られた腕を抑えて膝をついた。
目の前に半月刀を持った三人の山賊がさくらに迫り、二人同時に襲いかかってきた。
かろうじてかわしたが、恐怖で体が縛られたように動かない。
怖いよ。パパとの練習のように体が動かない。
何度か半月刀をかわすうちに恐怖が薄らいできた。手の震えが収まり、練習のときのように、刀を軽く握れるようになった。
集中するのよ。目の前の敵に集中しながら、周りの気配を感じるの。
相手は刀を振り回しているだけだと気づいたとき、さくらの顔に余裕が見えた。
斬るつもりはないようね。脅しているつもりでしょうけど、大したことないわ。剣を知らない素人よ。
右側の男が半月刀を振り下ろしたが、右にかわして、小手を打つように右手の親指を切り落とした。
田中家流、指落とし。
男の右手は半月刀を握れなくなった。痛みで刀を落とし左手で切り口を抑えた。
左側にいる山賊の人差し指も、下からすくい上げるように切り落とした。
二人目!
残りの男が、半月刀を上から振りおろしてきた。
「殺す気で振ってきたようだけど、遅すぎるわよ!」
その半月刀を左にかわして、人差し指を切り落とした。
後ろで見ていた山賊たちが、次々と襲って来た。
舞うように山賊たちの半月刀を避けて、親指や人差し指、小指を次々と切り落とし、戦闘不能にしていく。
突然、二発の銃声がお堂の中で響いた。
竜が横から押して助けてくれたが、弾丸は頬をかすめ、血が滲んだ。
肩のプロテクターにも衝撃が走る。
山賊の副リーダーの拳銃から煙があがっている。引き金を引いたのだ。
「野郎ども!生け捕りにするのはやめだ!」
山賊たちが次々と銃を抜き、銃口がこちらを向いた。
殺される!剣じゃ避けきれない!
死という現実感のない恐怖に、動けなくなってしまった。
山賊たちが銃の引き金に力を加えようとしたその時、心の中の激しい感情で体が震えだした。
こんなところで死ぬのはイヤ。涙が溢れそうになり、恐怖が全身を駆け巡った。
《16歳なのよ!まだ何もしてないのに!センパーイ!》
突然、妖刀田中家がぼんやりと輝く。
空中に何かが現れ龍のように飛び始める。いくつものそれが部屋の中を渦巻きだした。
【死にたくない、死にたくないよ!】
【つき合ったこともないのに】
【米倉先輩とキスしたかったのに】
【まだ、バージンなのよ!】
「何よこれ!さっきあたしが思ったことじゃない!」
これらの言葉が、一人ひとりの周りを舐めるように飛び、敵味方関係なく頭の中、体の中へ繰り返し入ってくる。
自分にも、言葉が流れ込んでくるけど何も起こらない。
周りを見ると、その声が途切れることなく強烈に流れ込んで、考えられなくなり、ボーとしているようだ。
竜も含めて、みんな動かない。
バージンなんて思った恥ずかしさで、顔が真っ赤になった。しかし、すぐに思考を切り替えた。
恥ずかしがってる場合じゃないわ!今は逃げることに集中よ!
動かない竜の腕をつかんで走り出した。
「竜!走ってよ!」
竜はぎこちない動きで、引っ張られている。
馬が見えた。
「馬に乗ってよ!」
竜の体を馬に押し上げて乗せ、その馬の手綱を持って、廃墟の寺から逃げ出した。
三十分ほど走り、林の前で馬を止めた。
「ここまでくれば大丈夫よね」
馬から降りて、木陰に座り息を整えていると、竜が尋ねてきた。
「おい、さっきのは何だったんだ?」
竜がニヤニヤしながら話を続ける。
「『米倉先輩とキスしたかった』とか、『まだバージンなのよ』とか、お前の声が全身に響いて、こっちまで恥ずかしくなっちまうし、動けなくなって戦う気もうせちまうしよ」
怒りと恥ずかしさが入り混じった表情で言い返した。
「し、知らないわよ!」
腰に差した妖刀田中家を見ながらつぶやく。
「これが刀の言い伝えの力なの?」
竜はニタニタしながら続けて、
「お前、つき合ったことないのか。キスしたいなら教えてやれるぞ」
無表情で、妖刀田中家を半分抜いた。
「悪い!冗談だ!もう言わない!」
竜は慌てて馬に飛び乗り、逃げ出した。馬に乗り、怒りに任せて竜を追いかけた。




