郵便箱 ジュピター編完結
戻ってきたさくらは、何度も何度も頭と体を洗い、温泉に浸かった。
湯船に沈み、大きく息を吐く。
「この世界にも天国があるのね。気持ちいいー!」
部屋で休憩して、食事の時間を待つ間、さくらはベッドの上に座り妄想していた。
「大倉さん、さくらちゃん、助けてくれてありがとうって言ってくれるかな。フフフフフ」
そのまま寝っ転がる。天井を見つめながら、頬が緩んでいく。
「大倉さんは大人だし、もしかしたら、今晩部屋に来て……キャー!!」
勢いよく立ち上がり、鏡で髪を整えた。
「大倉さんを探して、偶然出会った振りして一緒に食堂に行こうっと」
そう言って部屋を出た。
部屋数は三十ある平屋のこの温泉旅館は、端から端まで歩くと二分近くかかる。廊下を歩き、ロビーを覗き、中庭を回った。大倉は見つからなかった。
「骨折してたのよ。きっと、部屋で休んでるんだわ。でも、部屋まで尋ねるのは……まあいっか。確か部屋は十八番だったわよね」
部屋をノックする。
返事はない。
隣の部屋のドアが開き、竜が出てきた。
「おう、さくら。大倉に会いに来たのか」
「そんなわけないわよ。も、もうすぐ食事の時間だから呼びに来ただけよ」
竜は廊下の奥に目をやった。
「大倉なら、少し前に、何も言わず出ていったらしいぞ」
さくらは固まった。
「好きだったんだろ?」
さくらの顔が赤くなる。
「違うわよ!」
「俺は情けないやつだとかって言ってたらしい。そんなやつのこと気にするな」
さくらの頭の中に、ミチコとの会話が響く。
『男ってプライドが高いから、自分より強い女子とは付き合わないの』
ミチコの言ってたことって、ホントだったんだ。やっぱりパパのせいよ。
さくらは落ち込んだ。けれど顔を上げ、大きな声で竜に宣言した。
「ケツの穴のちっさい男なんて、こっちから振ってやるわよ。私には米倉先輩がいるのよ」
「お前って下品だな」
さくらはその言葉を無視した。
「竜!食堂に行くわよ」
食堂は村人でごった返していた。
五人ほどの村人が、キッチンから次々と料理を運んでくる。
トマトとモッツァレラチーズのサラダ、牛肉のブルーチーズソースケイパーのせ、ローストビーフの和風ドレッシング。色とりどりの皿がテーブルに並んでいく。
さくらの口が緩む。
「竜、すごいご馳走だね」
「見たことないのばかりだが、匂いだけで美味いのがわかる」
景子がやってきた。戦闘中の険しさは消え、穏やかな表情に戻っていた。
「さくらちゃん、竜ちゃん、今日は本当にありがとう。当分の間ゆっくりしていってね」
窓の外を見ると、数えきれない村人が集まっていた。
皆が木のコップを掲げ、景子が音頭をとった。
「カンパーイ!!」
歓声が食堂を満たした。
「竜ちゃんはお酒好きそうよね。果実とはちみつで作ったの。たくさん飲んでね」
景子がさくらに向き直った。
「さくらちゃんは、ベリーのジュースね。ちょっとぐらいならお酒飲んでいいわよ。もう、未成年がアルコールを飲んじゃいけないなんて法律ないから」
そこで景子の表情が少し曇った。
「大倉ちゃんにも食べて欲しかったのに、いなくなっちゃうなんてね」
竜がさくらの方をちらりと見た。
「その話は……さくらが」
「あら、さくらちゃん、大倉ちゃんのこと好きだったの?」
「いえ、あたしが好きなのは米倉先輩です」
「その人はどんな人?」
「元の世界の剣道部の二つ上の先輩です」
「なんだ、彼氏いたのね」
「ただの片思いかもしれません」
さくらは少し考えてから、景子に尋ねた。
「景子さんは普通の男の人より強いじゃないですか。それでも、恋愛はできたんですか?」
景子は豪快に笑った。
「アハハハー!男なんて胸を触らせて、キスすればすぐに舞い上がって言うこと聞くようになるの。強い弱いは関係ないわよ。ただね、男の前ではかわいい女のフリだけは忘れちゃだめよ。それができれば食い放題よ」
竜が割って入った。
「あの、何度も言いますが、さくらはキスもしたことありません」
「そうだったわね。まあ、男と女はなるようになるものなのよ」
竜がさくらの耳元でささやく。
「恋愛に関しては、百四十歳の百戦錬磨の強者だ。まともに信じるな」
「景子さん、悩んでも仕方ないですよね」
「そうよ。いっぱい作ったんだから食べましょ」
さくらは料理を口に運ぶと驚いた。
「美味し~!!元の世界でも食べたことない」
一心不乱に食べては、美味し~!とだけ言う。目がとろけている。
「さくらちゃん、まだまだあるからね。豚の丸焼きは、庭でどん兵衛と有法が作ってるから、後で取りに行って頂戴ね。村の人たちも全員来て、みんなで食べることになってるの。キメラを退治したお祝いよ」
宴会は夜更けまで続いた。
三日後。さくらと竜は村を発つことにした。
村の入り口で、景子が見送りに立っていた。
竜が一枚の紙を差し出した。
「師匠の住所です。郵便が届くはずです」
景子の目が輝いた。
「よっちゃんと連絡取れるのね。良かった。手紙を書くわ」
景子がさくらに向き直った。
「好きな人ができたら、待ってちゃだめよ。相手にわからないように仕掛けていきなさい。恋愛は勝ち取るものなのよ」
「そうですね。好きな人ができたら、告白してみます」
「頑張ってね」
竜が尋ねる。
「山城明音さんがどこにいるか手がかりはありませんか?」
「明音ちゃんのことだから、生きてるのは確かだけど。大きな町で、百四十歳の女性の噂を聞くしかないわね」
「そうですか。ここからなら、二日ほどで着く東山が大きいですね」
「そうね。あそこなら仕事もあるでしょうし」
景子は包みを渡した。
「これ、お弁当。本当にありがとう。また来てね。いつでも歓迎するから」
さくらと竜は手を振り、村を後にした。
◇◇◇◇
森の入口にある、郵便箱が開いた。
マーズが見に来たのだ。
手紙が一通入っていた。
裏を返す。
景子と書かれてある。
『よっちゃん、生きてて良かった。あのあと、放射能のせいか、誰ともテレパシーが繋がらなくなったの。今はね、旅館の女将をやってるの。竜ちゃんとさくらちゃんがやってきて、恐竜とキメラ退治を手伝ってもらったわ。いい子達ね。そうそう、暇してるんだって。あたしの温泉旅館に泊めてあげるから、残りの小さな恐竜退治を手伝いに来なさいよ。待ってるわよ
景子』
マーズの笑顔に涙が浮かんでいた。
「けいちゃん、生きててよかった」
手紙を胸に抱き、空を見上げた。




