虎キメラ対ティラノサウルス対ジュピターと竜
竜は前にも後ろにも進めない窮地に陥っていた。
視界の隅を掠めたのは、左奥にそびえる直径五メートルはあろう巨木。
瞬時に進行方向を切り替える。スピードに乗ったまま太い幹を駆け上がり、枝へ到達するや否や、眼下の戦況を見渡した。
恐竜と虎のキメラは睨み合ったままだが、獣の耳だけはピタリと後方に向けられている。
「竜、竜!」
微かな声に視線を投げると、ジュピターが静かに片手を挙げていた。
恐竜が一歩を踏み出した瞬間、虎の巨体も無音で弾けるように走る。
ティラノサウルスたちの死角へ回り込み、大木へ跳躍。
四肢に限界まで力を溜め込み、二十メートルの空中を矢のように突き進む。
背後から一頭の首元へ食らいつくと、そのまま巨体を引き倒し、首の骨を噛み砕いた。
地に伏した恐竜は二度と動かない。残るティラノサウルスとキメラの、一騎打ちとなった。
虎は右へ回り込み、恐竜の周りをゆっくりと歩く。
ふと気配を感じて竜が左を見下ろすと、ジュピターがこちらの木へ向かって駆けてくるではないか。
「こんな時に動くなんて、正気じゃないぜ!!」
幹の根元に到達するや否や、彼女は左足で地面を強く蹴る。さらに二メートル上の樹皮を右足で踏みしめて跳躍し、竜の頭上にある枝へ軽々と手をかけた。
そのまま体を振り子のように使い、竜の隣へと降り立つ。
それを見た竜は、呆れる。
「あんたたち魔法少女って、どうなってんだい。その年で、七メートルぐらい上にある枝に捕まるなんて」
「何を言ってる、何度も言うが、もう空は飛べん。せいぜいこの程度だ」
「……そうですね」
「それより見ろ! ティラノサウルスが逃げようとしてるぞ!!」
ジュピターは、その高さから地上へ身を躍らせる。
まるで無重力のように、フワッと着地した。ジャージの裾が浮き上がる。
竜も苦笑しながら後を追い、着地の勢いを殺すため斜めに前転。素早く立ち上がり、前傾姿勢のまま彼女の背中を追う。
アジアゾウほどの巨体を持つキメラが左に見えているが、逃げるティラノサウルスを追うジュピター。それを数メートル離れて追いかける竜。
走りながら刀を抜いた彼女は一度立ち止まり、掌にそれを乗せた。
「秘剣手乗り文鳥!!」
高速回転する刀が、ジュピターの手からティラノサウルスめがけて飛翔する。
高速回転する刃は恐竜の首を鋭く切り裂き、再び主の元へと舞い戻った。
「竜、逃げるぞ!!」
「え??」
「これで、恐竜は、虎と……」
言葉を遮るように、虎のキメラが跳躍する。
ジュピターとの距離を一瞬で詰め、右前足を横なぎに振ってきた。
竜はすかさずリボンを放ち、前足に絡める。
だが、圧倒的な力には抗いようもなく弾き飛ばされる。
ジュピターは襲いかかる前足に切先を向けた。
急所でもある肉球が刃に触れる。
「硬い! だが、奥まで刺し込んでやる!」
足を広げ腰を落とし、深々と刀を突き立てた。
しかし、キメラの猛烈な一撃に薙ぎ払われ、彼女の体もまた宙を舞う。
だが、空中で一回転し、着地すると、手乗り文鳥が戻ってきた。それを捕まえ、静かに青眼へと構え直した。
一方、同じく宙を舞った竜は勢いを殺しきれない。両手でリボンスティックを地面に突き刺し、両足で踏ん張るも、ザザーッと土を削りながら後方へ滑っていく。
その時、ティラノサウルスが動いた。手乗り文鳥を虎からの攻撃と錯覚したのか、逃げるのをやめ、真っ直ぐにキメラへ牙を剥く。
キメラ、恐竜、そしてジュピターと竜。奇しくも、あの日の練習試合と同じ構図となった。
キメラはジュピターたちを深追いせず、迫るティラノサウルスの凶牙を横っ飛びで軽々とかわす。だが、肉球に刀が突き刺さったままの右足が、明らかにその動きを鈍らせていた。
「竜! まずはキメラ退治だ。恐竜も襲ってくるのを忘れるな!!」
「わかってますよ!」
「虎の動きを一瞬でも止められれば、恐竜が虎を仕留める!」
虎の正面にティラノサウルス。横にはジュピターと竜。正面の敵を睨みつけながらも、キメラの右耳はピタリと人間たちの気配を追っている。
「竜! 私を援護しろ。手乗り文鳥で、キメラの後ろ足に刀を突き刺す」
言うが早いか、ジュピターが虎の背後へ向けて駆け出す。竜もすぐさまその後を追う。
虎がティラノサウルスへ威嚇の咆哮を上げた。
キメラの注意が逸れたその一瞬、ティラノサウルスが鼓膜を裂くような威嚇とともに、虎へと襲いかかった。
虎はわずかに動きを止めたものの、迫る恐竜の喉元へ向けて四肢のバネを縮め解放する。
跳躍と同時に、強靭な顎で急所を容赦なく噛み砕く。
宙ぶらりんとなったキメラ。無防備に晒されたその後ろ足へ向け、ジュピターが刀を投げる。
「秘剣マリオネット!!」
飛翔した刀は一直線に、虎の右後ろ足の肉球へ深々と突き刺さった。
ティラノサウルスが轟音を立てて崩れ落ちる。虎も共に地へ墜ちたが、ゆっくりと立ち上がり、ジュピターと竜を睨む。
「ジュピター! やばいんじゃないですか!!」
「もう刀は二本ともない。逃げるしかないな」
じりじりと後退する二人。
殺意を孕んだ獣の左前足が、高く振り上げられる。万事休すかと思われたその瞬間――。
お尻にナイフが刺さった一匹の豚が、両者の間を猛スピードで駆け抜けていった。
ブヒッーー!!
予想外の獲物に、虎の視線と耳の注意が逸れる。
ジュピターと竜は、同時に先ほどまで登っていた巨木へ向けて全力で走り出す。
キメラが猛然と追ってくるが、二本の足に刺さった刃のせいで、その走りはどこか不自然だ。
二人は幹の根元から跳躍し、幹を蹴り上げる二段ジャンプで枝へ到達。さらに上へ上へと登っていく。
巨大な虎も幹を駆け上がろうと爪を立てるが、二人の高さには届かない。諦めない虎は、巨木の周囲をグルグルと回り始める。
豚が走ってきた方向を見下ろしたジュピターの目に、少し離れた大木の後ろにいる有法とどん兵衛が映った。
「有法……どん兵衛……」
一方、竜が反対方向を見やると、そこには駆けつけてきたさくらの姿。
「さくらー! 逃げろ!」
竜の叫びに、獣の凶悪な視線がさくらへと向く。
「クソ!やるしかねぇー!!」
竜はキメラの背中めがけて身を飛ばした。怒って暴れ狂う巨獣の背で毛を掴み、振り落とされまいと必死にしがみつく。
その隙に、どん兵衛が豚の入っていた袋から二本の刀を引き抜く。
それを受け取った有法が、巨木の真下へ向けて駆け出した。
「村長ー! 刀を持ってきただ!」
ジュピターは躊躇なく巨木から飛び降り、地上で刃を受け取る。
「無茶な奴らだ。感謝する!」
さくらは逃げるどころか、虎へ向かって一直線に駆け込んでくる。
「バカヤロー! お前のかなう相手じゃねぇ!」
「そんなのわかってるわよ!」
ついに竜がキメラの背から振り落とされた。空中で受け身を取り着地した直後、獣の巨大な右前足が彼を踏み潰そうと迫る。
そこへ、高速回転する刀が飛翔し、虎の片目を斬り裂いた。
ジュピターが声を張り上げる。
「今だ竜! そのへんな帽子にかけて、マーズの必殺技をお見舞いしてやれ!」
竜は激しく動揺した。
「ジュピター!? 師匠の必殺技って聞いたこともありません……」
それでもジュピターの無茶振りは止まらない。
「私も思い出せん。叫べば何か必殺技が出るはずだ!」
思わず彼女の顔を見つめる竜。
「え!」
「叫べ!」
「くそ、そんなこと言っても、ダセーのしか浮かばねぇ!」
「叫ぶんだ!」
「師匠! ダサくてすまねぇ!」
覚悟を決めた竜が、天高くリボンスティックを放り投げる。
「マーズアタック!!」
走り出し、側転からの鮮やかなバク転。落ちてきたスティックを完璧なタイミングでキャッチし、ビシッとポーズを決める。
が、何も起きない……。
構わずジュピターはもう一本の刃を構え、自らも叫ぶ。
「秘剣マリオネット!」
そして間髪入れず、さくらへも無茶振りを飛ばす。
「さくら、お前の回転稲妻切り二号をお見舞いしてやれ! 叫ぶんだぞ!」
さくらは虎の前足に走り込み、アクセルターンの遠心力を乗せた渾身の一撃を、虎のアキレス腱へ向けて放つ。
「叫ぶの嫌です!!」
拒否の絶叫とともに放たれた刃が、見事にキメラのアキレス腱を断ち切った。
着地したさくらへ、激痛に狂う虎の牙が迫る。
間一髪、竜の放ったリボンがさくらの腰に巻き付き、強引に後方へ引き戻す。虚空を噛み砕く虎の牙。
三本の足にダメージを負わせたが、まだ明らかに三人より戦闘力は上だ。
ジュピター、さくら、竜の三人がキメラを包囲する。




