大倉
さくらは、すぐさま暴れている恐竜から距離を取り、大きな獣道を横断して、反対側の森の中で倒れている大倉へ駆け寄った。
「大倉さん、大丈夫ですか?」
「肋骨が何本か折れたようだが大丈夫だ」
カサカサという足音が森のどこからか聞こえる。そいつが近づいてくる気配を二人は感じ取った。
「恐竜の鳴き声を聞いた大型の何かがやってくる。さくらさんは逃げろ!」
「そんなわけにいかないです。肩を貸します。歩けますか?一旦森から出て、村に戻りましょう」
そいつの姿が見えた。巨大なサソリのようだが、尻尾のコブが二箇所ある。胴体とハサミだけで四メートルはありそうだ。尻尾まで含めると七メートルぐらいだろう。
「あれが、ジュピターさんのいってたキメラね」
二人は森のなかで息を潜めた。
目を潰された小型の恐竜は、何かを察知したように動かない。
音を立てないようにサソリキメラがそっと小型恐竜に近づく。
素早くハサミで捕まえると、尻尾を恐竜の頭に持っていき、ジェットエンジンのように、高温の炎を噴き出し、一瞬で頭を焼いた。
大倉の独り言がさくらに聞こえた。
「尻から高温の炎を出す虫がいると聞いたことがある。そいつとのキメラに違いない。厄介な相手だ」
(そういえば、なんとかゴミムシていたわよね)
動かなくなった小型恐竜を、器用にハサミを使い切りながら肉片を口に運んでいく。
さくらには、サソリの複眼がこちらを見ているように思えた。
「大倉さん、今のうちに、森の中へ逃げましょう」
「そうだな」
大倉は、さくらに支えられて立ち上がり、肩を借りた。
二人はそっと歩き出したが、キメラはそれに気づいていたかのように、恐竜の尻尾を残して、さくらと大倉に向かって走り出した。
キメラの足は器用に木々の間をかわして、森の中に入ってくる。
「このままじゃ、追いつかれちゃうよ」
「さくらさん、僕を置いて逃げろ」
「あたしが囮になる。その間に大倉さんは逃げてください。必殺技があるので心配しないで」
「必殺技?」
「大倉さん、一人で立って歩けますか?」
「ああ、大丈夫だと思う」
その返事を聞くと同時に、さくらはキメラの前を通って、注意を引いてから、右に走りだした。
だが、サソリキメラの気配が追ってこない。さくらが振り返ると、サソリキメラは、動きの鈍い大倉を狙っている。
走ろうとした大倉は足をもつれさせ転倒した。
大倉にキメラの顔が近づいてくる。ハサミの恐怖が背骨を貫く。
「助けてくれー!誰か助けてー!」
大倉を挟もうと伸ばしてきたハサミを、割って入ったさくらが、ハサミに上段から刀を叩きつけた。
金属同士が打ち合ったような高音が響く。
大倉は四つん這いになって逃げる。
さくらは、逃げる大倉を後ろに庇いながら戦うことになった。
だが、日本刀では、追い払うこともできない。
サソリキメラの横を走り抜け、アクセルジャンプのように、空中で回転しながら、キメラの後脚の一本を、遠心力と体重を載せて切った!が、1/2しか切れなかった。
「切れない!関節に入らなかったんだわ!」
キメラの尻尾がさくらの頭上へと振り下ろされる。
それを横へ飛び、転がって避けた。
立ち上がり、大倉から引き離そうと、注意を引きつけながら走る。
キメラによく見えるように、片手をあげた。
「こっちだよ~~」
サソリキメラがこちらを見たように思えたとき、肺の空気を絞り出すように叫んだ。
「大倉さん、逃げて!」
だが大倉はバタバタとするだけで、立ち上がれず、前に進まない。
顔を伏せながら、大倉はつぶやく。
「腰を抜かしたなんて死んでも言えね!」
それを見ていたさくらは、こう思った。
大倉さん、重傷で動けないんだわ。あたしがキメラを引きつけて、助けるしかない!
待って、妖刀田中家を発動させれば逃げられる。
刀の柄を持ち、走りながらさくらは念じた。
あんた、あたしは恥ずかしいことに慣れたから、キスしたい~とかヴァージン~よとか、好きに言いふらしていいわよ。その代りいい加減手を貸しなさいよね。
妖刀田中家!覚醒せよ!!
何も起こらない。
コンニャロー、もう手を貸さなくていいわよ!!
諦めたさくらは、キメラの通れない、狭い大木の間を抜けて、森の中へと進んでいく。
キメラは木を迂回しながら追いかけてくる。
確か複眼のある生物は、視力が悪かったわよね?種類によるんだったかしら?あ~~もう少し勉強しときゃよかったわ。
走りながら、さくらの目が一瞬木に止まった。
そうよ、目が悪いなら、木に登ってれば気づかないわよね。
走りながらそこに見えている木の枝へジャンプして掴むと、そのまま逆上がりで枝の上に登り、立ち上がって、四本上にある枝まで登って隠れた。四メートルほどの高さだ。
サソリのキメラが、さくらの下を通ったその時、体が勝手に動いてしまった。
木からサソリキメラの頭部へと、刀を下に向けて飛び降りてしまったのだ。
(あたし何やってるのよ!!)
刀は深々と頭部に刺さったが、尻尾が高温のジェットの炎を出そうと、さくらをロックオンした。
さくらの目が見開き、慌てて刀を抜いて、キメラの頭部から飛び降りた。
地面を転がりながら受け身を取り、立ち上がる。
血が額へと流れてくる。
キメラの尻尾がさくらを追って、再びジェットの炎を出そうと動く。
(避けきれない!)
だが、体が反応して、走ろうとしたその時、妖刀が発動した。
【米倉先輩が好きなのに、大倉さんも……わたし浮気女じゃない!米倉先輩!私のことどう思ってるのよ!】
こんな言葉の巨大な龍のような音が、恐竜の中へ入っていく。
サソリキメラは動けなくなった。
それを見て、さくらは妖刀へ怒りをぶつける。
「あんたね!なんで毎回毎回、人のこころの中を声にするのよ!今回は、死にたくない理由じゃないわよね!」
ふと思い出した。
「あ!こんなことしてる場合じゃない。戻って大倉さんを助けないと。森の中にいたら、また襲われちゃうよ」
さくらが大倉のもとに戻ると、彼はさくらの額を指差し、心配そうに尋ねる。
「大丈夫かい?頭から血が出てるよ」
「大丈夫です。このくらい慣れっこですから。肩に掴まってください」
さくらは、大倉に肩を貸して、二人は森の出口へと向かった。
(あのサソリキメラは追ってこないようだけど、生きてるのかしら?また襲ってきたら、その時はその時よね)
ちらりと、大倉の横顔を見た。
(そんなことより、大倉さんに妖刀の力は届いたのかしら。知られてると恥ずかしいな)
ぽっと顔を赤らめた。
(やっぱりかっこいい。大倉さん、あとで褒めてくれるかな? 漂ってくる匂いも素敵。告白しちゃおうかな? ん?あたしって恋多き女なのかしら)
勇気を出して聞いてみよう。
「あの……大倉さん、何か聞こえてきました?というか動けなくなったり……」
「何のこと?」
「何でもないです」
二人は一時間ほど黙って歩いている。
もうすぐ森の出口ね。幸せな時間が終わっちゃう。
森を出て、しばらく歩くと村が見えた。
「さくらさん、僕は村まで一人で歩けるよ」
大倉はさくらの肩から離れ、歩いていく。
「大倉さん、あたしはもう一度森に入るけど、戻ってきたら、美味しいものを一緒に食べましょうね」
大倉は力のない声で返事した。
「待ってるよ」
さくらは、踵を返し森の方へと走っていった。
さくらへ振り返った大倉は、彼女の後ろ姿を見ながらつぶやく。
「十六歳の女の子の前で、誰か助けてって叫んじゃったよ」
大倉の目が潤んだ。
「俺、格好悪すぎだ~~」




