ジュピター
玄関から声がした。
「みんな戻ってきただか?」
足音が聞こえ、食堂に二人の村人が現れた。食堂にいるさくら、竜、大倉を見ると、頭を下げた。
二人は村長に近寄る。
「すまねぇだ。一人も連れてこれなかっただ」
村長は二人を笑顔でねぎらった。
「ご苦労さん。おいしいものを食べさせるだけで、命をかけてくれる人なんて、そうそういないわよ」
村長は、さくら、竜、大倉を前にこう告げた。
「さて、私を含めて四人しかいない。この人数では、キメラを一掃するのは無理だと思うわ。今回は、近くにいるキメラと恐竜の討伐に専念します」
さくらが手を挙げる。
「山崎さんと呼べばいいですか? それともジュピターさんですか?」
「さくらちゃん、景子ちゃんと呼んでちょうだい」
さくらはきっぱりと言った。
「それは無理です」
景子は反論しようとしたのだろうが、口を動かしただけでやめた。
「では、景子さんと呼ばせていただきます。それで、キメラって見たことがないのですが、恐竜よりも討伐は難しいのですか?」
「昔に聞いた話よ。恐竜は科学の発展のために、クローンから生まれたの。でもキメラはね、あらゆる生き物を掛け合わせ、兵器として開発されたらしいわ。何度か、六メートル級の恐竜と大型キメラが縄張り争いをしているのを見たことがあるけど、いつも恐竜が食べられていたわ」
小型恐竜との戦いを思い出したさくらは、自信をなくし、小さくつぶやいた。
「六メートル級の恐竜より強いのですか……あたしでは、とても倒せません……」
「一人じゃ無理よ。本来は二人一組で倒す予定だったの。私のほかに三組いれば、一掃できると思っていたのよ」
さくらは真剣な表情でテーブルに手をつき、身を乗り出して立ち上がった。
「景子さんは、一人でキメラと戦えるのですか?」
山崎景子は笑いながら腕を曲げ、力こぶを作った。
「ジュピターは強いのよ。キメラ一匹くらい、問題なく倒せるわ」
周囲は、その仕草の意味がわからず静まり返った。
山崎景子は顔を赤らめ、言い訳がましく言った。
「あら、嫌だ。こんな仕草、古すぎるわね。昭和生まれの母親に育てられたせいで、うつっちゃったのよ」
さくらは頭を下げた。
「景子さん、私に稽古をつけてください。剣士としてお願いします」
頭を上げ、景子と目を合わせる。
「一人で倒せるようになれば、予定どおり四組になります」
大倉の顔が引きつる。
景子はなだめるように言った。
「明日、練習しながら考えましょう。みんなの腕も見たいしね。今日はゆっくり温泉に浸かって休んでちょうだい」
◇
翌朝、温泉宿の駐車場で練習が始まった。
さくらと山崎景子は、剣を抜いて対峙している。
山崎景子のベルトの右側には、もう一本の刀が差してある。
百四十歳の山崎景子が、目をぎらつかせた。
「さくら、昔の戦闘モードを思い出すため、ジュピターと呼んでくれ」
(景子さん、言葉づかいも性格も変わっていそう)
「わかりました、ジュピターさん」
「ジュピターでいい。魔法少女時代の気持ちで戦いたいんだ」
「わ、わかりました」
「ジュピターだ。ジュピターと言え!」
(景子さんって、こんなに複雑怪奇な性格だったのね。合わせなきゃ)
さくらは恥ずかしさを振り切り、真剣な顔で叫んだ。
「行くぞ、ジュピター!」
「来い、さくら!」
隙のない構えを見たさくらは、揺さぶりをかけるため、肩口から袈裟斬りに踏み込んだ。避けられるのは想定済みだ。そこから剣を返し、斜め上へ切り上げる。
しかし、簡単にかわされた。
二人は構え直し、今度はジュピターが仕掛ける。
「面!」
(速い!)
真剣がさくらの頭上に迫る。
頭上で受け止め、右の前蹴りから変化させ、横蹴りを放つ。
軽々と後方へ跳ぶジュピター。
「さくら、その動きではキメラは倒せない。重い一撃で急所を断たなければ、こちらがやられる」
恐竜との戦いを思い出す。
(そうだ、首を落とせなかった。これでは恐竜もキメラも倒せない)
「重い一撃ですか……思い出しました。あります」
さくらは構え、小さくつぶやいた。
「田中家流!」
立てていた刀を一瞬肩の高さで水平にし、半回転して、バットを振るように横薙ぎに振り抜く。全体重を乗せる。
ヒュッ!
風を裂く音とともに放たれた剣を、ジュピターは難なくかわした。
「うん、いい感じだ。キメラの柔らかい部分を狙えば切れるだろう。たとえば関節だな。だが、もっと速く振らないと」
「そうですね。もっと鋭くしないとだめですね」
ジュピターはこめかみに指を当てて考えた。
「田中家流には技の名前はないのか?」
「田中家流には、基本的に技名はありません」
「では、回転稲妻斬りでどうだ?」
「嫌です」
「なら、自分で名前をつけて、技を出すときに叫ぶんだ」
「絶対に嫌です」
ジュピターは不思議そうな顔をした。
「昭和も平成も、技名は叫ぶものだったのだがな」
「それより、ジュピターの技も見せてください」
「いいだろう」
右手で鍔を握り刀を抜き、鍔を軸にして手のひらでぐるぐると回し始める。
ジュピターが叫ぶ。
「秘剣・手乗り文鳥!」
掲げた右手のひらの上で、刀が目にも留まらぬ速さで回転している。
「飛べ、文鳥!」
回転しながら刀が飛び、ブーメランのように戻ってくる。なおも回転は止まらない。
「秘剣・手乗り文鳥は、一度回せば何度でも飛ばせる。体力の衰えた今の私でも使える能力を応用した技だ。恐竜でもキメラでも、まず足を断ってから戦う」
さくらは申し訳なさそうに頼んだ。
「あの……できれば能力を使わず、私の参考になる技を見せていただけませんか?」
「そうだったな。これは、さくらのための修行だった。だが、能力なしでは必殺技が出せないんだ」
「いえ、能力を使わない技を見せてください」
「なぜだ? さくらも刀の能力を使えばいいじゃないか」
「この刀の能力は、敵を倒すものではなく、動けなくする力なんです。味方まで動けなくなってしまいますし……」
「すごい必殺技じゃないか。動かない敵なら、いくらでも斬れる」
(そのとおりだけど……また、キスしたいとか聞かれたら恥ずかしすぎる)
「この能力は、持ち主が絶体絶命になり、死にたくないと願わないと発動しません。その理由も、みんなに聞かれてしまいますし……」
「それは違う。刀に願いを伝えないと、助けてくれないだけだ。助けられたとき、感情が全身を駆け巡らなかったか?」
「言われてみれば、そんな気がします」
「さくらの課題は、田中家流をすべて思い出すことと、刀との対話だな」
「わかりました。やってみます」
「その能力にも名前をつけよう。キャント・ムーブだ。英語で格好いいだろう?」
「嫌です」
「では、自分でつけてくれ」
「嫌です」
「まあいい」
ジュピターは竜の方を向いた。
「次は竜だ。かかってこい」
「本気でいきますよ!」
「マーズの弟子の実力、見せてもらうぞ!」
さくらは心の中で思った。
(どうも、気合の入れ方が古い気がするよね)




