手がかり 後編
レストランを出たさくらと竜。
「水と食料の買い出しに行くか」
「馬たちの食料も必要だしね」
二人が左右に四軒しかないメインストリートを歩いていると、二十歳ぐらいの若い男たち五人とまだ十五歳ぐらいの少年一人が、たむろしているのを見かけた。
さくらは、その服に見覚えがあった。
「竜、あいつら今朝のギャングよ」
「ほっとけよ。この世界じゃよくあることだ」
雑貨屋に向かって歩いていたさくらと竜だが、町の住人たちが反対方向に走っていく。
「竜、酒場の方が騒がしいわね」
さくらと竜が顔を見合わせた。
「見に行ったほうがいいな」
「そうね」
二人は走り出した。
先ほどまで、さくらたちに温かい料理を振る舞っていた中年のシェフが、ギャング六人組の少年と揉めているのが見えた。
「克也、今、どこに住んでる! いいか、人様に迷惑かけるんじゃねぇ!」
横には睨むような表情で立っている五人のギャング仲間がいる。
「こんな奴らとつるんでなにをしてるんだ! 真面目に働け!」
シェフを無視したように、若者たちは黙って立ち去ろうとした。
その時、シェフは手荒く少年の腕を掴んだ。
「克也! もういい加減にしろ!」
克也はシェフの手を振り払い、仲間とともに歩きだそうとしたが、シェフはもう一度腕を掴んだ。
「毎日毎日、悪さばかりしてるんだろ! お前はそんな人生が好きなのか。やり直そうとは思わないのか」
克也は無言でシェフを見つめ返した。
「こんなくそったれな世界で真面目に生きてても、家も建てられねぇじゃねえか。親父みたいになるくらいなら、ギャングになってのしあがってやるのさ!」
シェフは、克也を殴りつけた。
克也は無表情でシェフを殴り返した。シェフはよろめいたが、目は克也を見返している。
諦めない気迫が滲み出ていた。
人が集まってくる。
もう一度、克也の手を掴んだシェフ。
「離さねぇよ。人様に迷惑をかけねぇって誓えよ」
克也は拳銃を抜いて、シェフに向けた。
「そうかい、親に拳銃向けるのかい。そこまで落ちちまったのか」
シェフも拳銃を抜いた。
「今まで、人を殺したことはあるか」
克也は黙っている。
「まだ、誰も撃ってないようだな。良かったよ。お前を撃って俺も死のう。それが、親の務めってもんよ」
ギャングの仲間から声が飛ぶ。
「克也、親なんか早く殺しちまえよ。行くぞ」
拳銃を持つ克也の手が震えている。
ギャングのリーダーが、シェフの後ろに回り込んで、そっと近づく。
「情けねえやつだ。だから、パシリしかできないんだぜ」
さくらが叫んだ。
「シェフ! 後ろ!」
ナイフを持ったギャングリーダーの手が動いた。
「こうするんだよ!」
振り返ったシェフの腹部にナイフがめり込む。
シェフがギャングリーダーの腕を掴んだが、膝から崩れ落ちそうになる。
克也が叫んだ。
「テメェ、親父になにすんだ!」
リーダーは冷ややかに言ってのけた。
「パシリのお前が撃たねぇから、どうやるのか俺が教えてやったんじゃねえか」
もう一度、シェフのお腹を刺そうとするギャングのリーダー。
克也は、銃口をリーダーに向けた。
「やめろ! やめねぇと撃つ」
克也を挑発するように、
「あー! パシリが撃ってみろよ!」
ナイフを振り上げたリーダーの頭部から、かなり離れたところを銃弾が飛んでいく。
父親が盾になっていて、直接狙えない。
他の四人のギャングが、克也に向かって銃を抜いた。
リーダーも銃を抜き、五対一になった。
崩れ落ちたシェフは、正座のように座り込みうつ伏せに倒れた。シェフの腹部の服が真っ赤になってくる。
さくらが竜の方を向く。
「竜、魔法でおじさんの傷を止血できる?」
「できるが、さくらはどうするんだ。相手は拳銃だぞ。俺が行こう」
「任せておいて。おじさんを連れてくるから、止血をお願い」
野次馬たちに向かってさくらが叫んだ。
「誰か医者を呼んできて!」
男を乗せた一頭の馬が駆け出す。
さくらは、睨み合っている六人に向かって歩きだした。
竜を指差し、大声でギャング六人に、こう高らかに言った。
「お前たちよく聞け! あの帽子を見ろ! 魔女の帽子だぞ。あの人は、あの名高き、無慈悲で冷酷な賞金稼ぎの変態ウィザードさんだ」
竜を見ておののく六人。
さくらは、ダメ押しのように続ける。
「知ってのとおり、拳銃なんて無意味だ。死にたくなければ、おじさんから離れろ!」
竜は呆然と立ち尽くした。意味がわからず、独り言をつぶやく。
「さくら...お前は何を言ってる...俺が無慈悲で冷酷?」
さくらは、倒れているシェフのもとまで、堂々と歩き話しかけた。
「おじさん、大丈夫?」
竜の方を向いたさくらが、ウインクしながら、
「こいつらの手足を全部切ってから、首チョンパして」
六人の拳銃が一斉に竜の方を向いた。
その隙に、さくらがシェフの手を掴み、竜の方に引っ張る。
拳銃を腰のホルダーに戻した克也が、シェフのもとへ走ってきた。
「俺が担ぐ」
五人の銃がさくらと克也を狙う。
竜が走りながら、リボンスティックを取り出した。
さくらの意図がわかったかのように、ニヤリと笑い、さくらたちを庇うように前へ出た。
「クソガキども、動くなよ。手足だけじゃ済まなくなるぜ」
ギャングのリーダーが激を飛ばした。
「ビビるな! 銃弾を跳ね返すなんて、できるわけがない。撃て!」
五人は、竜を狙って一斉に撃った。
リボンスティックを高速回転させた障壁に、銃弾が跳ね返される。
カチリ、カチリと音だけが聞こえる、銃弾の尽きたリーダーの銃の銃身を、放たれたリボンが切った。
地面に落ちた銃身を五人が見つめた。
「竜、きつくお仕置きしといて」
「わかってるぜ! 両手両足を切断するんだろ。ついでに首もだな」
竜はギャングへ殺気を放ち、右唇を釣りあげた図太い笑みを浮かべ、もう一歩進んだ。
「手と足、どっちから切り落としてほしい!」
その迫力にギャング五人は逃げ出した。
竜は腕を組み、口をへの字にして、さくらを睨んだ。
「ひどすぎるぜ。変態ウィザードの上に、無慈悲で冷酷ってか。噂が広まったらどうすんだよ」
「それは後で聞くわよ。それより、おじさんの止血が先よ」
竜は、リボンスティックを傷口にあてた。
流血は止まった。
克也がシェフに謝るように呼びかける。
「親父、親父!」
さくらはシェフに近づいて聞いた。
「おじさん、まだ死ねないでしょ?」
シェフはわずかに首を縦に振った。
さくらは、シェフの手に妖刀田中家を握らせた。
竜はさくらを止めさせようとする。
「こんな時に何する気だ。親父さんの恥ずかしい話を引き出すときじゃねぇーだろ」
「妖刀田中家は、死にたくない理由を教えてくれるのよ。あたしもパパに、修行が嫌で反抗ばかりしてたの」
父親の様々な克也の記憶が光となって周囲を回り始めた。克也の赤ちゃんだった頃の姿が浮かび上がった。
幼い姿で走る克也。
克也に料理を教えているシェフ。
まるで走馬灯のようだ。
そして父親の死にたくない理由が渦を巻き出した。
【克也と笑って酒を酌み交わすまでは死にたくねぇ!】【死ねねえんだよ!】
その言葉が、龍のように舞い始め、周りにいる人びとの頭や体に、シェフの言葉や気持ちが入っていく。
皆動けなくなり、涙を流している。その中には克也もいた。
数分して、皆、我に返って体が動くようになった。
克也は自分の知らないうちに、泣きながら叫んでいた。これまでの反抗的な態度が嘘のように。
「医者だ。誰か医者を連れてきてくれ!」
シェフは、かすかに微笑んでいた。
周りの誰かが克也に伝えた。
「もう、お医者さんを呼びに行ってるわ」
馬が走ってきた。後ろに初老の医者が乗っている。
医者は、シェフの脈を取りながら、
「今助けてやるからな」
服をハサミで切り、傷口を確認した。
「お! 傷口が塞がっとるじゃないか。これなら、出血で死ぬことはないな。お前さんが死んだら、旨い料理が食べられなくなるじゃろ」
シェフは、力のない笑顔を浮かべた。
竜が集まっている皆に大声で尋ねた。
「俺たちは、百三十から百四十歳ぐらいのおばあさんを探している。見た目はまだ六十から七十歳ぐらいだ。名前はマーキュリー、もしくは、山城明音だ。誰かしらねぇーか。めちゃくちゃ強いはずだ」
一人の男が教えてくれた。旅人だと身なりでわかった。
「村を守っている、めちゃくちゃ強いばあさんのうわさを聞いたことがあるぜ。成山の麓の村だ。キメラに襲われてるらしいが、それを食い止めてるのがばあさんだって話だ」
「ありがとよ。助かったぜ。あとで酒を奢らせてくれ」
シェフは、痛みを堪えながら、笑って竜に言った。
「俺は、あんたに酒を奢らせてもらうぜ」




