手がかり。前編
次の町へ続く山越えのため、山道を馬に乗り通っていた。道の幅は馬二頭分で、両端にところどころ木が生え、膝に届く雑草が道以外に一面生えている。
突然、前方から馬に乗った覆面のギャング三人が走ってきて、道を塞がれた。どこからともなく後ろにも三人現れた。
竜がさくらに指示を出す。
「面倒だから一気に駆け抜けるぞ。先頭はさくらが行け」
さくらは、その言葉が信じられなかった。
「何で私が先頭なのよ。あんたが先頭行きなさいよね。私は十六歳の少女よ。あんたは、魔法使いのおっさんでしょ。おっさんが少女を守るのが当たり前じゃない!」
「まだ、二十六歳だ! おっさんじゃねぇ。本当に俺が先頭でいいんだな」
「当たり前でしょ。あいつらを蹴散らすのがおっさんの役目よ」
ギャングのリーダーが、腰の半月刀を抜いて凄む。
「何をごちゃごちゃ言ってやがる。おい、そこの変態みたいな格好のやつ、金と貯金通帳とその女を置いていけ。そうすれば命は助けてやる」
さくらは、お腹を抱えて笑いだした。ギャングをバカにしたように、
「あっははは、おっかしい。竜、ギャングや山賊、強盗もみんな同じセリフを言うのね。やっぱり、悪い奴らって頭が悪いわね」
ギャングのリーダーは、バカにされたことに、血の気が引いたように顔を青白くした。
「てめぇら、死にたいようだな」
そんなことには耳を貸さず、上から目線で、さくらは脅し返した。
「あんたたち、声が若いわね。いくつなの! 死にたくなかったら、道を開けなさい!」
竜はため息をつき、無駄だと言いたいのか、首を二度横に振った。
「さくら、もう行くぞ。ついて来いよ」
そう言うと、白王の胴を蹴って、掛け声をかけた。
「ハイヤー!」
白王は、すごい速さで、前にいる三人のギャングに突っ込んでいく。竜はリボンスティックを取り出し、ギャングたちが乗っている三頭の馬の尻をリボンで叩いた。
ギャングたちの馬が立ち上がり、暴れている間を竜は縫うように駆け抜けた。その後を追うように、さくらも赤王の胴を蹴った。
このときまでは、赤王は速くて、よく言うことを聞く素晴らしい馬だと、さくらは思っていた。
「ハイヤー!」
赤王を全力で走らせたのは、このときが初めてのことだ。さくらは、馬の動きに合わせられず、お尻を突き上げられる。
「アウッ! オウッ! オウッ! オウッ!」
後ろにいた三人のギャングが追ってくる。拳銃を抜き、撃ってきた。銃弾がさくらの耳をかすめていく。
銃声に驚いた赤王は、もう一段加速した。
さくらは、赤王のリズムに全く合わせられなくなった。お尻を跳ね上げられ、手綱は持っていたが、赤王の首に捕まるしかなかった。
「アウッ! オウッ! オウッ! オウッ! 赤王、落ちちゃうよ! もう少しゆっくり走ってよ!」
白王も、赤王もギャングの馬を突き離していく。
「アウッ! オウッ! オウッ! オウッ! 赤王! もう大丈夫だから止まってよ!」
赤王にスピードを落とすよう懇願するが、全く言うことを聞いてくれない。
二十分ほど走り、竜は白王のスピードを落とした。
それに合わせて、赤王のスピードも落ちてきた。
さくらは半分馬から落ちかけ、両手で赤王の首に掴まっている。
「竜! こんな格好になったのは、あんたのせいだからね」
「俺のせいじゃねぇよ」
川を見つけたので、白王と赤王を休ませたが、さくらは、赤王の手綱を持ちながら、竜に怒っていた。
「ねえ! あんたが後ろを走って、リボンスティックで銃弾を弾きながら、かよわい少女を守るのがおっさんの役目ってもんでしょう。何で私が銃で撃たれなくちゃならないのよ」
竜は不服そうに返した。
「さくらが俺に先頭を走れって言ったじゃねぇーか!」
「後ろが撃たれるって聞いてなかったわよ。赤王はスピードを落としてくれないから、落ちそうになったのよ」
突然、赤王がパクッとさくらの肩を噛んだ。さくらは静かに、
「痛いわよ。赤王、やめなさい」
赤王は肩を離し、スカートを噛んでめくりあげた。
「赤王。短パンを履いてるから恥ずかしくないわよ。あなたもコータローと同じで、乗馬が下手だからって、こういう行為をするのね。許せないわ」
それを聞いた竜が叫んだ。
「さくら! やめろ!」
「何もしないわよ。赤王、体験による共感って知ってる? 噛まれると痛いのよ。あなたにどのくらい痛いのか教えてあげるわ」
そう言うと、さくらは赤王の鼻を噛んだ。
「痛いでしょ」
赤王は泣きながら頷いた。さくらは優しく、
「いい子ね。もう噛んじゃだめよ」
竜は小さく聞こえない声で呟く。
「馬を噛む女なんて怖すぎるぜ」
その思いを隠して、竜は地面に座り地図を広げた。精密な地図ではなく、子供が書いたような地図だ。
「さくら、もう少しで町につくはずだ。着いたら、先に飯にしようぜ」
「お腹空いちゃった。今日はイグアナの唐揚げにしようかな」
そう言うと、急に気分が沈んでしまった。(この世界に慣れてしまって、イグアナの唐揚げを楽しみにしている自分が怖いわ)
「さくら。どうした、急に静かになって。プテラノドンの骨付きモモ肉も美味いぞ」
深刻な顔つきのさくら。
(そうだわ、プテラノドンの胸肉も美味しいと思ってしまってる。元の世界に戻っても、イグアナやプテラノドンを食べたいって思ったらどうしよう……)
立ち上がった竜は出発の準備を始めた。
「馬たちも休憩したし、出発するか」
馬を走らせていると、遠くに町が見えてきた。
馬小屋を見つけて、白王と赤王を預けに行く。
「おじさん、馬たちをよろしくね」
「任せといてくれ」
「白王、赤王、大人しくしてるのよ」
竜が待ちくたびれたように、またかといった表情だ。
「毎回毎回、もういいだろ。美味いの食いに行こうぜ」
「そうね。メニューが楽しみだわ」
竜が、酒場兼レストランのスイングドアを開けた。さくらもその後に続いて入っていく。
中規模程度の店に、客が一杯入っていた。席がすべて埋まり、みんな美味しそうに食事をしている。
さくらは、みんなが食べている料理を見て、何がお薦めかを考えながら、席を探して歩いていく。
竜の方を見て、嬉しそうに話しかける。
「竜! 今日のレストランは大当たりみたいよ! どれも美味しそう」
料理を見るのに夢中になっていたさくらは、誰かに軽くあたってしまった。
「すいません!」
相手を見たさくらは、視線を外せなくなった。(よ、米倉先輩! そんなわけないわよね。でも、そっくりだわ。よく見ると、先輩より年上よね)
さくらの顔が赤くなってきた。(妄想しちゃう! だめよ、米倉先輩じゃないのよ。でも、話をしたい。こんな時は、どうしたらいいのよミチコ!)
頭の中にミチコの声が響いた。清楚でおしとやかな人を演じるのよ。そうすれば、向こうから話しかけてくるわ。
米倉先輩そっくりの男は、爽やかな笑顔で話しかけてきた。
「僕のほうこそすみません。席を探しながら歩いていたもので。あそこのテーブルが空きましたね。よろしければ、あのテーブルでご一緒しませんか」
横から竜が出て来て、
「いいですね。そうしましょう」
キッとさくらは睨んだが、竜はお構いなしにテーブルに向かって歩きだした。
米倉先輩似の男は、テーブルに着くと、さくらのために椅子をスッと引いてくれた。
さくらは恥ずかしそうに、その椅子へ座り、隣には、ガサツに竜が座る。米倉先輩似の男は、さくらの正面に座った。
「はじめまして、大倉って言います」
さくらは、おとなしそうに品のいいオーラを出しながら細い声で、
「私は田中です。田中さくらです」
「さくらちゃんか。可愛い名前だね」
さくらの妄想が発動した。(キラキラしてる。顔から目が離せない。これから何を告白されるの)
竜がウエイターを呼んだ。
「さくら、イグアナの唐揚げ大盛りでいいか?」
一瞬で現実に戻った。しかし、清楚で品の良い女子を演じるという意識が頭を駆け抜け、ニッコリ微笑んだ。
「ホホホ、なにを言ってるの。いつもの、野菜サラダのトリュフがけに決まってるでしょ」
ポカンとして竜は尋ねた。
「トリュフってなんだ? サラダなんか普段食わねぇ……」
テーブルの下で、さくらのレバーを狙ったブローが、竜の脇腹に決まった。
苦痛に呻く竜。
ウエイターが注文を聞きにやって来た。
米倉先輩似の男、大倉が注文をした。
「僕はクロコダイルのガーリックソテーで」
さくらは細い声で、
「私はサラダで。トリュフをかけていただけますか?」
竜が苦しみながら、
「プテラノドンの胸肉ステーキ」
二人の会話は、竜に聞こえていた。さくらじゃない少女が隣で話している。何も言わず、竜は黙って食事をしていた。
食事が終わり、大倉は笑顔で爽やかに、
「今日の食事は楽しかったよ。また会えるといいね」
さくらは嬉しそうに、「きっとまた会えます」
「それじゃ、僕は行くよ」
さくらは、後ろ姿を見送った。
隣の竜が、
「いくらなんでも、俺と話すときと性格が変わりすぎなんじゃねぇーか。トリュフって何だよ! 知らねぇやつが話してたぞ」
「竜はあちこちに彼女がいるようだけど、女をわかってないのね。女はね、好きな人の前と、それ以外の人の前とでは、考え方、話し方、性格まで変えるものなのよ」
(と、ミチコに教えてもらったのよ)
後ろめたい気持ちから、自分に言い訳した。
先輩、浮気じゃないよ。でも、また大倉さんに会えたらいいな。




