異世界じゃなかった。後編 マーズ編完結
マーズは隕石を避けきれず、あたった衝撃で、数秒の間気を失った。
落下途中に目が覚めたが、地上が迫ってくる。
「やばい、気を失った」
高速で落下していたが、ゆっくりと、足から着地した。
「どこかの山の頂上のようね」
空を見上げるとそこには数え切れない火の玉が流れていた。
「これ以上は何もできないわ」
都市であろうところに、赤い炎が広がっていく景色が見える。
「助けに行かないと」
頭部から落ちてきた出血を右手で拭い、空を飛ぼうとした。
「痛いっ!」
全身に電気のような痛みが走った。
「何本か骨が折れているようね」
マーズは痛みをこらえて、もう一度空へ飛びたった。
「この状態じゃ、長くは飛べないわ」
上空から見えたのは、隕石に粉砕されたビル、地割れ、何十キロにも渡る大きなクレーター、そして炎。逃げ惑う人もいなかった。
隕石が地面にぶつかるたびに、地面が波打ち、土が全てを飲み込んでいく。
タワーマンションが折れて、地割れに落ちた。
巨大な津波が襲ってきた。川が逆流し、洗い流していく。
まるで今まで築き上げてきた文明が、奈落の底に吸い込まれていくようだ。
隕石が落ちてこなくなるまで待つしかなかった。
「くっ!何もできない」
他の魔法少女たちに、能力を使って連絡をこころみた。
「ジュピター、ヴィーナス、ネプチューン、マーキュリー、聞こえる?」
何も聞こえない。
「返事してよ!」
痛みで集中できなくなってきた。高度が下がってくる。
体がだるい。
「もう、飛ぶこともできないわ」
奮い立たせるために、自分を叱咤した。
「何弱気なってるのよ!一人でも助けないと。飛ぶのよ!」
近くの都心部、町、村の周辺まで人を探してみたけど、いくつものクレーターができ、壊滅していた。
地面の振動はなくなっていた。
「隕石はおさまったようね」
少し休もうと、地上にマーズは降りた。不安が頭をかすめる。
(生きているのは自分だけなの)
マーズは、気持ちだけが焦り、休めずにもう一度飛びたった。
「そんなはずない!どこかに、誰かがいるはずよ」
半壊したコンビニに、人が二人いるのが見えた。
下に降りて、変身を解き、状況を確認しようとゆっくりと、コンビニに歩きだした。
一歩進むたびに、痛みが全身に駆け巡る。それでも、人が生きていたという嬉しさで歩けた。
しかし、見てしまった。二人が崩れかけてるコンビニの前で、お弁当を奪い合っているところを。
マーズは、左手で肋骨あたりを抑えながら、喧嘩を止めようとした。
「何やってるのよ!」
「なんだテメェ!」
「他にもお弁当はあるでしょ。何で取り合いしてるの」
弁当は、蓋が飛んで、中身が落ちた。
二人は落ちた中身を見た。
「クソ!これしかなかったんだよ!」
マーズが店を覗くと、天井が落ちて、商品はフロアで潰れていた。
これから、この世界で始まることを思うと、気が重くなった。奪い合いが起こる...…。
ただ、マーズは静かに、立ち去るしかなかった。
お茶を一口飲んで、マーズは話を続けた。
「この災害で、人口の八十パーセントが亡くなったと言われてるわ」
竜は驚き、
「以前は五倍ぐらいの人々が、住んでいたということですか!」
「そうよ。放射能に汚染された隕石が落ちた周辺は、人が住めなくなったわ。その辺りは、草木も生えなくなったの」
町から町への旅の風景を、さくらは思い出した。
「それで、荒野が続くようになったのですね」
「その影響は、自然界にも影響を及ぼしたわ。隕石で破壊された遺伝子研究所、バイオ研究所等から、研究中の恐竜やキメラ等の動物が逃げ出したの」
さくらは驚き、納得した。
「だから、この世界には恐竜がいるのね」
「恐竜やキメラが、人を襲い始めたわ。いろいろなことが重なって、秩序は崩壊し、無法地帯となったの。それでもね、人々は頑張って町を作っていったのよ」
さくらの方を向いた。
「みんな銃を持ってたでしょ。運よく半壊程度で済んだ鋳物工場が、身を守るために銃の製造をはじめたの。銃があれば、女性や子供でも身を守ることができるでしょ」
さくらは酒場を思い出した。
「それで、みんな銃を持っているのですね」
マーズはゆっくりと頷き、話を続けた。
「そうよ。やがて、政府は復興して、硬貨を発行したけれど、高価な金貨は、一部の権力者にしか手に入らなかったわ。政府も昔ほどの力はなく、警察というより、地方自治体の一部に保安官がいるような状況よ」
保安官という言葉に、さくらは裁判を思い出してしまった。
「多くの人は、身を守るため、中古の銃を手にいれたわ。やがて、銃社会になり、徐々に西部の開拓時代のような世界になってしまったの。さくらちゃんは、ビックリしたでしょうね」
竜は身を乗り出すように聞いた。
「師匠!それじゃあ、今のこの世界は二度目の文明なのですか?」
「そうね、二度目の文明ということになるわね」
マーズは笑顔で、
「お茶が冷めちゃったわね。新しいお茶を入れるわね」
マーズは立ち上がると、奥の台所に消えていった。
「さくら、俺も初めて聞く話だ。物心ついた時には、もうこんな世界だったからな」
「未来って、何かあれば、こんなに世界が変わってしまうものなのね」
台所から、新しいお茶を持ってマーズが戻ってきた。
「どこまで話したかしら。あ、そうそう、でもね、当たり前の話だけれど、生き残った人々は善良な人たちばかりではないのよ。やがて、強盗や殺人が起こり、山賊や盗賊、マフィアが生まれたの。結局、人々は同じことを繰り返すのね。私はね、人を守る意義がわからなくなって、この森に隠棲するようになったの」
さくらの顔を見ながら、
「ここからがお話なんだけど、私にはさくらちゃんを元の世界に戻してあげる能力はないの」
さくらの顔が曇った。
「そうですか...…」
「でもね、魔法少女時代の仲間にマーキュリーという名前の天才がいたわ。本名は山城明音。彼女なら、何か方法をしっているかもしれない」
「マーキュリー、山城明音さんですか 」
「魔法はね、超能力の増幅装置みたいなものなのよ。超能力がなければ、魔法は使えないの」
マーズは微笑んだ。
「さくらちゃん、武道の世界での気功や念は知ってる?」
さくらが頷くと、マーズは続けた。
「あれも一種の超能力。鍛錬で出せるようになるのよ」
さくらは、父親を思い出した。
(そういえばパパは、気を集中させて、日本刀で鉄パイプを切って見せたわ)
マーズが続けた。
「このような世界になった後に、魔法を広げたのもマーキュリーだと思うわ。なぜ広げたのかはわからないけど」
「では、竜の魔法って、どうなっているのですか?竜は超能力者じゃないですよね」
「竜のリボンスティックは、東京の残骸がある森の中の店に、極細のワイヤーと金属のスティックがあったのよ。それを彼のために、私の能力を移しながら編み込んだのよ。竜の魔法は、リボンスティックなしでは発動できないわ」
「師匠!修行したんですから、多少はリボンスティックなしでもできますよ!」
「そうだったわね」
「それで、マーキュリーさんは、どこにいるのですか?」
「私はね、隕石が降り注いだときに大怪我をしたの。その後から、いくつかの能力が使えなくなって、仲間とは一切連絡が取れてないのよ。ごめんね」
「どうやって、マーキュリーさんを探せばいいのですか?」
「マーキュリー、山城明音という名前と、年齢は百四十歳ぐらいのおばあさんなんて、そんなにいないわよ」
マーズは竜の方を見て、
「竜、一緒に行ってあげなさい」
さくら方を見て、
「竜の格好を見れば、私の弟子だとすぐに理解するはずよ。私と同じ帽子を被った、リボンスティックをもってる男の子なんていないもの。ホッホホホ」
なぜ笑っているのか、さくらにはわからなかった。
「ありがとうございます。マーキュリーさんを探してみます」
「それから竜、女性関係は誠実にしなさい。いいですね」
さくらがマーズに、
「マーズさん、竜はいろいろな町に彼女...」
言いかけたさくらの口を、竜が抑えた。
「んぐんぐんん...」
竜はマーズに焦りながら、
「な、なんでもないです」
マーズが森の出口まで送ってくれた。
さくらと竜が馬に跨ると、マーズは二人に、
「竜、さくらちゃん、やっぱり森の入り口に郵便箱を作ることにしました」
「師匠、手紙を書きますよ」
「竜、時々は帰ってきなさい」
「マーズさん、また、会いに来ます」
さくらと竜はマーキュリーを探す旅に出た。




