異世界じゃなかった。前編
竜の師匠である、元魔法少女のマーズの住む森が、見えてきた。
白王に乗ってるのが魔女の帽子の賞金稼ぎ、リボンの竜。そうね、格好はなかやまって芸人さんみたい。
隣の馬、赤王に乗っているのがあたし、田中さくら。格好は...恥ずかしすぎる。高校の制服の上に、世紀末漫画のような、防弾胸甲と防弾肩パットを着けてるなんて。
でも、以前撃たれたとき、しっかり銃弾から守ってくれたわ。
◇
竜が馬から降りた。疲れた様子はない。
「やっとたどり着いたぜ」
さくらも馬から降りた。
「二週間もかかったわね」
「さくら、手綱は木に括り付けるんだ」
二人は馬の手綱を木に括り付け、鳥や動物の鳴き声が聞こえる森の中へと入って行った。
木々は茂っているのに、手入れをされているのか、草は一定の高さまでしか伸びていない。
「さくら、ここから先は結界が張ってある。俺のすぐ後ろをついて来いよ。迷子になっちまうぞ」
「迷子になんかなるの?」
「ババアが施した結界だぜ。引っかかって、どこかに連れていかれたら、わからなくなる」
竜がリボンスティックを草が茂る地面にあてると、さくらは辺りの空気がふっと軽くなったように感じた。
何事もなかったように、竜は歩きだした。まっすぐに進み、またリボンスティックを地面にあてた。
三度目にリボンスティックを地面にあてようとしたとき、向こうから、竜と同じ魔女の帽子をかぶった女性が歩いてくるのが見えた。
「竜、久しぶりね」
「師匠、お元気でしたか?」
「三年ぶりかしら。連絡もよこさないで」
「師匠、結界を張ってるんですから、郵便も配達できないですよ」
「そうね。森の入り口に郵便受けを立てようかしらね」
「師匠は人と関わり合いになりたくないから、森に住んでるんでしょ?郵便受けを作ったら、意味がないじゃないですか?」
「それもそうね」
「ボケないでくださいよ」
突然、竜の心臓めがけて矢のようにリボンが襲ってきた。
それを竜がリボンスティックで弾いた。
マーズは笑顔のまま殺気を放ち、空気が揺れる。
「竜、ボケてるか試してみますか?」
竜は頭を掻きながら苦笑いした。
「嫌だな、冗談ですよ」
さくらは驚いていた。
(怖い人だわ。殺す気でリボンを竜に放ってきた)
「竜、そちらのお嬢さんを紹介してくれないかしら?」
「彼女はさくらです。彼女が師匠に会って話がしたいというので連れてきました。聞いてあげてください」
さくらはお辞儀をして、自己紹介した。
「田中さくらです。よろしくお願いします」
マーズは、さくらにニコッと笑った。
「よろしくね」
マーズの視線が、さくらの帯びている妖刀へと移った。
「その刀、凄い力ね。どんな能力があるの?」
「どう言えばいいか…死にたくないと思うと、助けてくれるようなんです」
「そうなの。よくわからないから、後で詳しく聞かせて。家に案内するわね」
マーズの後ろを、二人がついて行く。
竜はさくらの耳元で、ごく小さな声で、
「あれで百四十歳近いんだぜ。魔法少女時代はクールで戦闘が得意だったらしい。笑いながら仕掛けてくるババアだから、気をつけろよ」
「ホホホ、竜、まだ耳は悪くなっていないのよ」
竜は一瞬固まった。
森の中にぽつんとあるロッジのような家が見えてきた。ベランダには、ロッキングチェアが置いてある。
マーズはドアを開け、二人を家の中へと案内した。
年輪の見える分厚いテーブルを挟んで、さくらが座っている。
竜は台所へ向かった。
「師匠、お茶を入れてきます」
「そうね。ありがとう」
「さくらちゃんは何を聞きたいの」
「あたしは日本の東京から来ました。ここはどこなのでしょうか?」
「東京...?」
「はい」
「そういえば、防具の下は制服のようね。懐かしいわ」
「懐かしい...?」
「私はね、この世界ができる前から生きてるの。授かった特別な力で長生きしてるのよ」
マーズは台所に向かって、呼びかけた。
「竜、やっぱり出かけることにします」
「さくらちゃん、見せたいものがあるからついてきて」
森の中を歩きながら、竜が小声で、
「森の奥に行ってはいけないと言われてたから、俺も何があるか知らないんだ」
「ここよ」
木々が生い茂る森の中に、蔓が巻き付き、苔や草の生えた大きな何かがそこら中にあった。
マーズがリボンスティックをムチのように振って、リボンで絡みついたツルを切り裂いていく。
ボロボロに赤く錆びた何かが徐々に見えてきた。
それを見たさくらは、驚き目を見開いた。
「展望台...見たことあるわ...東京タワー?」
折れて、酷いサビで朽ち果てた東京タワーの一部がそこに現れたのだ。
周りをよく見ると、草が生え、ツルが巻き付いているが、ビルの残骸のようなものがあちらこちらにある。
少しパニックになったさくらは、震える声で、恐る恐る尋ねた。
「マーズさん、ここは東京なの?」
「私の知っている東京よ。でも、さくらちゃんがいた東京かは、私には分からないわ。世界線が違うかもしれない」
両手を握りしめたさくらは、感情が制御できなくなり、大きな声で、
「でも、ここへ来る前に、炎が空に!爆発音も聞きました!」
「さくらちゃんは、パラレルワールドや世界線って聞いたことがある?」
「ないです...」
「簡単にいえば、パラレルワールドは、並行世界のもう一つの地球。世界線は、違う時間のもう一つの世界ってことよ。もしも、あのとき一時間早く起きてればこうなってた、と思うのがもう一つの世界。だから、まだわからないわね」
異世界だと思っていたさくらにとって、東京タワーの光景は、自分を制御できないほどのショックだった。
「さくらちゃん、落ち込まないで。まだ伝えたいことがあるの。家に戻りましょう」
さくらの肩をマーズが抱いて森の中を一緒に歩きはじめた。
家に戻り、テーブルに座った。
「師匠、今度こそお茶を入れてきますよ」
「ありがとう」
「さくらちゃん、落ち込まないで。話の続きを聞いてもらえる」
竜が台所から戻ってきた。
「竜も一緒に聞いて頂戴。私が聞いた話も含めて、百二十年前からのお話をしましょう」
マーズは二人の後ろに視線を移し、遠くを見つめるように話し始めた。
「ある時、小惑星としては超大型のものを発見したことから始まったわ。各国が秘密裏に計算をした結果、地球に衝突することがわかったの。でもね、どの国も発表しなかったのよ」
さくらが不思議そうに尋ねた。
「なぜ発表しなかったのですか?自宅にシェルターを持ってる人もいたんでしょ」
「そうね。でも、パニックになるのも確実だわ。そうなれば、政府高官たちだけで、秘密の地下シェルターに家族と一緒に避難することが、難しくなるわ」
竜が冷静な声で、
「今の政府を動かしてる連中は、そいつらの子孫なんですね」
視線を竜に移して、
「そうよ。うまく立ち回ることを幼いことから教育されたエリートたちよ」
マーズの言葉から、彼女が嫌っていることは、さくらにもわかった。
「話を続けるわね。世界中の天文学者が集まって、シミュレーションしたのだけれど、核爆弾を使って、大きな爆発を惑星上で起こせば、軌道を変えられることがわかったのよ。ただ、大量の隕石が地球に降ることは避けられなかったわ」
さくらは納得したように、
「あたしが見た火の玉は、その隕石だったのね」
「そうだと思うわ。世界中の政府は、こう考えたの。小惑星が激突して、地球の半分が消し飛ぶよりは、地球を残す方が被害は少ないと。この計画を先頭に立って実行したのが、大国アメリスなの。アメリスは核弾頭を載せたシャトルを小惑星へ飛ばしたわ」
さくらは心配そうに尋ねた。
「それじゃ、小惑星の軌道は変わったのですね」
「そうよ。聞いた話では、核ミサイルは、小惑星の軌道を変えたわ。でもシミュレーションどおり、小惑星の半分が砕け散ってしまったのよ。放射能に汚染された小惑星の破片は、大型の隕石となって、地球に接近して来たわ」
マーズはテーブルの斜め後ろにあるチェストに視線を移した。そこには、魔法少女時代の写真が飾ってあった。
「大きな隕石を砕いて被害を最小限に抑えようと試みたのが、あの写真に写っている、私達、魔法少女五人よ」
マーズが遠い記憶を思い出すように目を瞑った。




