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めったに笑顔をみせない鋼のリーシャさん  作者: dorago


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めったに笑顔をみせない鋼のリーシャさん

隣の席の女の子は、

一度も笑ったことがない。


正確に言うと——

笑ってはいけないと、ずっと我慢している。


浜出リーシャさん。

学級委員長。成績トップ。無表情。真面目。怖い。

クラスでは、少しだけ浮いている存在。


そんな彼女の隣が、

よりにもよって、

うるさくて、空気を読まなくて、授業中にくだらないことしか言わない俺だった。


正直に言おう。

俺は最初から、彼女が好きだった。


だから毎時間、毎時間、

俺は彼女を笑わせにいく。


数学で。

国語で。

休み時間で。


全スルーされても、

「……」しか返ってこなくても、

先生に怒られそうになっても。


だって知ってるから。


彼女は——

横を向いた瞬間、くすっと笑っている。


これは、

世界を救う話じゃない。

人生が劇的に変わる話でもない。


ただ、

「笑わない女の子が、笑いをこらえる瞬間」を、

隣の席で独占する話だ。


そして気づく。


冬の教室は、こんなに寒いのに、

隣の席だけ、どうしてこんなにあったかいんだって。


無表情ヒロイン × うるさい男子。

恋が始まる、その直前までの、いちばん甘いところ。


『めったに笑顔をみせないリーシャさん』

——これは、俺だけが知っている物語。

 舞台は、日本のどこにでもある普通の公立高校。

 特別な能力も、魔法も、世界の秘密もない。

 あるのは、ちょっと寒い冬の教室と、隣の席の女の子だけだ。


 俺は、ごく普通の高校二年生男子。

 成績は中の中、運動はまあまあ。

 クラスではムードメーカー気取りで、ふざけるときは全力、でもやるときはやるタイプ——らしい。自分ではよく分からないけど。


 そして、隣の席。


 浜出リーシャさん。

 学級委員長。成績トップクラス。

 ウクライナ人の母と日本人の父を持つハーフで、日本語は完全にネイティブ。


 ただ一つ、問題があるとすれば——


 表情が、怖い。


 怒っているわけでも、不機嫌なわけでもない。

 でも、無表情。常に真顔。

 笑っているところを、誰も見たことがない。


 そのせいで、クラスでは少し距離を置かれている。

 本人は気にしていないふりをしているけど、

 昔、ハーフという理由で話しかけてもらえなかった時期があったらしい。


 ——そんな彼女を。


 俺は、最初からドタイプだと思っている。


 理由?

 顔がいい。真面目。ギャップの塊。胸大きい。

 以上。


――一時間目・数学――


「なあリーシャさん」


 数学の授業中。

 先生が黒板に向かって、いつものように長い説明を始めたタイミング。

 ・・めんどくさい。


「今の話、要約すると“ここテスト出るから覚えろ”だよね?」


「……」


 返事なし。

 ノート、カリカリ。


 オッケー、想定内


「てかさ、先生の声って、眠くならない? 睡眠BGM向き」


「……」


二度目の返事なし。

ノート、カリカリカリ。


ノープロブレム


「数学って今まで出てきた天才が作ってきた学問だから厳密には社会じゃない?」


「……授業中」


「はい、すみません」


 即ツッコミを受けると、嬉しい。最初は全スルーだったので、これでも進歩か泣


 リーシャさんは真面目だ。

 でも、意外とちゃんと会話してくれる。


(ほんと、笑ったら絶対可愛いのに)


 ——くす。


 一瞬、聞こえた気がした。


 俺はゆっくり横を見る。


 リーシャさんは前を向いたまま。

 でも、口元がほんの少しだけ、動いている。


(……今、笑いこらえてた?)


「やい、リーシャさんや、いまツボっていたのではなかろうな」


俺がそう言うと、彼女はピタッとペンを止めた。


「……何の話」


「いやいや、口元ピクってたぞ? 俺、そういうの見逃さないタイプだから」


「……集中していただけ」


 そう言いながら、視線はノートから上がらない。


 でも。


 耳が、ちょっと赤い。


(はい、確定)


「なるほどね〜。数学の問題に感動して笑っちゃったと」


「……違う」


「じゃあ俺の話?」


「……違う」


「じゃあ俺のイケてるこの天才の存在?」


「……黙って」


 語尾が弱い。


 いつもの冷たい「……」より、明らかに温度がある。


(おいおい、かわいすぎか)


 そのまま先生が振り返る気配を感じて、俺は前を向いた。

 これ以上やると、俺が怒られる。


 でも絶対、笑いをこらえてた。


――二時間目・国語――


 国語。

 現代文。

 眠くなるランキング常連教科。


 教科書を開くと、今日の題材は随筆だった。

 「作者の心情を四十字以内で述べよ」。


(またそれかよ)


「……では、112ページを音読してください」


 先生が言った瞬間、嫌な予感がした。


「じゃあ、浜出さん」


「はい」


 リーシャさんが、すっと立ち上がる。


 姿勢がいい。声も落ち着いてる。

 日本語、ほんとに綺麗だ。


 クラスが静かになる。


 読み終わって、着席。


 その横顔を見ながら、俺は思った。


(国語は……こっちだな)


「なあリーシャさん」


 また小声。


「今の文章さ」


「……何」


「作者、絶対“分かってほしい”オーラ強すぎじゃない?」


「……それが随筆」


「いや、でもさ。“私はこう思ったのです”って三行に一回くらい言ってこない?」


「……言ってない」


「言ってるって。行間から圧が出てる」


「……行間は読まない」


「じゃあ心の声」


「……授業中」


 でも、口元がほんの少しだけ揺れる。


(よし、手応えあり)


「てか四十字以内で心情まとめろって、作者の気持ち軽視しすぎじゃない?」


「……要約力の問題」


「じゃあ俺の模範解答、聞く?」


「……聞かなくていい」


「『作者はたぶん』」


「……」


「『寂しかった』」


「……雑」


「『でもプライド高いから直接言えなかった』」


「……」


「『だから随筆にした』」


「……」


「『かまってほしかった』」


 ——ぷっ。


 今度は、はっきり聞こえた。


 リーシャさん、慌てて咳払い。


「……やめて」


「え、どこがダメ?」


「……全部」


 肩が、わずかに揺れてる。


(はい、勝ち)


「最後まとめると?」


「……しない」


「『作者は人間』」


「……当たり前」


「『以上』」


 リーシャさんは、必死に前を向いたまま、


「……本当に、くだらない」


 そう言った声が、少しだけ震えていた。


 ——ぷっ。


 確実に、聞こえた。


 今度は聞き間違いじゃない。


 俺はゆっくり横を見る。


 リーシャさん、必死に口を押さえてる。


 肩、揺れてる。


(あ、これは……)


「リーシャさん?」


「……見ないで」


 声が、震えてる。


「え、今のアウト?」


「……あなた、本当に……」


 彼女は一度、深呼吸してから、


「……ずるい」


「え、何が?」


「……急に、くだらないこと言うから」


 目が合った。


 ほんの一瞬。


 笑いをこらえきれなくなったみたいに、

 彼女の口元が、ふっと崩れる。


 完全な笑顔じゃない。

 でも、数学のときより、はっきりしてる。


 胸が、ぎゅっとなる。


(ああ……)


(これ、俺しか見てないやつだ)


 先生の咳払いが聞こえて、彼女は慌てて前を向いた。


 でも、そのあとも。


 ノートを取りながら、

 ときどき、思い出し笑いみたいに、口元が揺れていた。


「リーシャさん」


「何」


「さっきの、やっぱ俺のギャグでしょ」


「……しつこい」


「でも否定しないんだ」


 彼女は一瞬だけこちらを見る。


 その目は、いつもの鋭さより少し柔らかい。


「……あなたは、よく喋る」


「よく言われる」


「……うるさいとも言われるでしょ」


「そこもセットで」


 少しだけ、間が空いた。


「……でも」


 彼女は小さく息を吸ってから、


「……悪くない」


 え。


 今、なんて?


「え、今のもう一回言って?」


「……忘れて」


 ぷい、と顔を背ける。


 首元まで赤い。


(あ、これ、俺だけ見えてるやつだ)


――休み時間――


 チャイムが鳴った瞬間、教室が一気にざわつく。


「っしゃあああ、解放!」


 俺は伸びをしながら机に突っ伏した。


(あー、国語で完全に勝ってしまったな)


 隣を見る。


 リーシャさんは、何事もなかったかのようにノートを閉じている。

 顔はいつも通り、無表情。


(……さっきの「悪くない」は幻だった?)


 そう思った、そのとき。


「……ねえ」


 低い声。

 でも、確実に俺に向けられている。


「ん? リーシャさん?」


 顔を上げた瞬間。


「……さっきの」


「さっきの?」


「……国語」


 やっぱり気にしてた!


「俺の神回答の話?」


「……違う」


「じゃあ俺の笑いのセンス?」


「……違う」


「俺の存在?」


「……黙って」


 はいはい、いつもの。


 ……と思った次の瞬間。


「……休み時間だから、いい」


 え?


「……話しても」


 ええ?


(何それ、可愛すぎん?)


「もちろんですとも!」

 俺、即答。


 リーシャさんは、少しだけ視線を落としてから、ぽつり。


「……あなた、さ」


「はい」


「……国語の答え」


「はいはい」


「……本当に、あれを書くつもり?」


「書くよ?」


「……『作者は寂しかった』」


「うん」


「……『かまってほしかった』」


「うん」


「……先生に提出するの?」


「もちろん」


 リーシャさん、ゆっくり顔を上げた。


「……それで、減点されても?」


「それはそれで面白い」


 一拍。


「……本当に、変」


「褒め言葉?」


「……悪口」


 でも。


 その直後。


「……じゃあ」


 彼女は、俺のノートを指さした。


「……私が、添削する」


「は?」


「……四十字以内に、直してあげる」


「え、神?」


「……静かに」


 リーシャさんは、俺のノートをスッと引き寄せる。


(距離、近っ)


 ペンを持って、すらすら書き始めた。


「……はい」


「もう?」


「……できた」


 ノートを返される。


 そこには、こう書いてあった。


『作者は孤独を感じつつも、それを正直に言えず、文章を通して理解を求めていた』


「……三十九字」


「……完璧」


 俺はノートとリーシャさんを交互に見る。


「……え、めっちゃ上手くない?」


「……当たり前」


「俺の案、完全消えてるけど?」


「……当然」


「『かまってほしかった』は?」


「……子ども」


「俺の魂なのに」


「……却下」


 俺が口を尖らせていると。


「……でも」


 リーシャさんが、ほんの一瞬だけ目を逸らす。


「……あなたの考え方」


「うん?」


「……嫌いじゃない」


 え。


「ちょ、さっきから心臓に悪いんだけど」


「……知らない」


「そんな急にデレるの反則だろ」


「……デレてない」


「耳赤いけど」


「……寒いだけ」


「暖房ついてるけど」


「……うるさい」


 でも。


 そのあと、彼女は小さく続けた。


「……ああいう読み方も、あるんだって」


「……ちょっと、思った」


(うわ)


急にでれ99の攻撃は、まぶしすぎる


「じゃあさ」


 俺はニヤッとする。


「休み時間のお礼に、一個いい?」


「……何」


「次の授業も、俺が笑わせる」


「……やめて」


「でも否定しない」


「……しつこい」


 リーシャさんは、少しだけ息を吐いて。


「……じゃあ」


「ん?」


「……次は」


「次は?」


「……私が、あなたを黙らせる」


 目が合う。


 挑戦的。

 でもどこか楽しそう。


(あ、これ)


(完全に勝負になってるやつだ)


「望むところだ、りーしゃさん」


「……後悔する」


 チャイムが鳴る。


 次は、英語。


 俺は思う。


(この席、最高かよ)


(冬の教室、寒いはずなのに)


(なんでこんなに、あったかいんだ)


たくさんの人が読んでいただけたり、コメントをいただけたら次の話も執筆する気力になります。

ぜひ、コメントをお願いします。


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