クリスタルスピカ
砂に呑み込まれつつあるローズガーデンでは、周囲の土地に石や岩を積み上げて低い塀を作り、風による砂や砂利の流入を防ごうとしている。同時並行で植樹も活発に行っていて、街の外へ出ると等間隔に植えられた植物を見渡すことができる。緑化のためには水が必要不可欠だが、幸い、ローズガーデンの付近を流れる地下水脈は今のところ安定していて、たっぷりとはいかないが植物が枯れない程度には水をやることもできていた。
ベイリーに連れられ、街の外へでてきたダンデライオンは、努力の結晶である小さな緑化地帯を眺めたあと、その先に延々と続く、砂と砂利と石と岩ばかりの不毛な大地を見渡した。
「気の長いことだな」
「緑化計画のことか? そうだな。でも、やらないと、ここも砂に呑まれるからな」
砂や砂利に足を取られながらも、ベイリーとダンデライオンは街からどんどん離れていく。
鋭い日差しから身を守るため、二人とも頭に布を巻き、さらにマントを被って歩いているが、強い風に煽られた布が体を引っ張るのに辟易したダンデライオンは早々にマントを脱いでしまった。
「風が強いったらないな」
「だから、風力発電がうまくいくんだ」
そういってベイリーが指さすのは、彼らが目指す方向とは真逆のところに建つ巨大な風車だ。白い三枚羽がゆっくりと回る姿は、広大な砂漠の中で異質に見えた。
「あの一帯はうるさそうだな」
「時々、鳥がぶつかって落ちてるらしい」
緑豊かな沿岸部に比べ、動植物の種類も生息数も極端に少ない砂漠地帯だが、過酷な環境に適応した種はいる。その中でも鳥類は飛ぶ種も飛ばない種もそれなりに生息しているが、風車の翼にぶつかる、いわゆるバードストライクで散る命もそれなりにいた。
ベイリーの説明を聞きつつ、ダンデライオンは風車の周囲を飛び回る鳥の影を追う。
「あの飛び方は、ハヤブサの仲間か?」
「そうかもな」
暑さをごまかすように他愛ない話を交わしていたが、街が蜃気楼にかき消されるくらいまでやってくると、ダンデライオンはベイリーを呼び止めた。
「ちょっと休憩だ。水分補給をした方がいい」
ベイリーに自分の影が重なるように立ち、ダンデライオンはベルトに引っ掛けていた革製の水筒を口元に運ぶ。
ベイリーもマントの下からザックを下ろすと、そのポケットに入れていた金属製の水筒を取り出した。
「そんな小さい水筒で足りるか?」
「ああ。足りなくなったら、現地調達するからな」
「現地?」
カリカリと金属特有の音を響かせながら蓋を開け、少しずつ水を口に含むベイリーに、ダンデライオンは訝し気な視線を送る。
砂漠の中で水を現地調達するなど無謀にもほどがある。オアシスや街、枯渇していない井戸のあるゴーストタウンなどの位置を正確に把握する砂の民ですら、無計画に水を現地で調達しようなどとは考えない。砂漠を歩く際には、水を多めに確保しておくのが鉄則だ。
ゆっくりと水を飲むベイリーへ説明を求めると、飲み口に口を突けたまま地面を指さした。
「地下水脈から水をくみ上げるんだ」
「ははん。つまり、精霊の力を借りるんだな」
ダンデライオンは納得したように顎を持ち上げる。常人なら不可能でも、繋ぎ人であるベイリーなら可能な所業ということだ。
「水脈の位置はなんとなくわかるから、近くにいる精霊に呼びかけて、水を湧きあげてもらうんだ」
「水脈の位置がわかるっていうのも、常人離れしてるぜ」
魔女ならば、占いで水脈や金鉱脈など地中に隠れたものの場所を特定できると言われている。まさか繋ぎ人も地中のものを嗅ぎ当てられるとは知らず、ダンデライオンは素直に驚く。
「クリスタルスピカの鉱脈も勘で探してるのか? それとも精霊が教えてくれるのか?」
「スピカは『地球屋』という情報屋から位置情報を買ってる」
ベイリーはポーチから手紙を取り出す。つい先日、大家から直接受け取ったものだ。
すでに開封されているそれの、特徴的な金色の封蝋を見てダンデライオンは頷く。
「なるほど。じゃあ、いつぞやの武器屋の情報も、その地球屋から買ってたのか?」
今は懐かしい、ベイリーによる人身売買未遂事件を思い出し、ダンデライオンは苦笑する。
あまり振り返りたくない記憶なのか、ベイリーは苦虫を噛み潰したような顔でダンデライオンを見上げたあと「あの時は、悪かった」とすぐに視線を足元に落としてしまった。
「信じるには、時間が必要だったんだ」
「気にしちゃいないぜ。たとえ売り渡されたとしても、俺ならいつでも逃げ出せた。それに、ちゃんと未遂で終わっただろ?」
「もともと、武器だけ売るつもりだったんだ。あの刀を、骨董品を高く買い取る店としてあの武器屋が提案されて、その店が裏で人身売買と臓器売買も請け負ってるって注意書きがあった」
結果として、武器屋に騙され二束三文にもならないはした金で買い取られそうになったのも、ベイリーにとってはいい教訓となった。
苦い表情のまま自分の失態を嘆くベイリーの顔を覗き込み、ダンデライオンは柔らかい声で宥める。
「いいんだよ。過去が過去だ。ベイリーは人間不信になって当然だ」
しつこい男を突き放すため、苦肉の策としてあの武器屋を利用したことをダンデライオンはきちんと理解していた。
「俺もきちんと理由を明示せずについていったのが悪い。それに、ベイリーも売り物にされそうだったんだ。お互い被害者ってことで、お相子にしようぜ」
さあ休憩はこれで終わろうと、ダンデライオンが一歩歩き出すと、ベイリーは急いで水筒をしまい、ダンデライオンを追う。
「お前、俺が巻き込まれなかったら、あのまま捕まってるつもりだったのか?」
「そうだな」
ダンデライオンは横に並んだベイリーのマントに手を伸ばし、風で外れてしまったフードを被せる。ついでにマントの皺に溜まった砂を軽く払う。
甲斐甲斐しく世話を焼こうとするダンデライオンの手をやんわりと押し返し、ベイリーは改めて謝罪しようと口を開くが、「さっさと逃げて、それをネタに名前を教えてもらう算段だっだ」と被せるように告げられ口を結んだ。
「つまり、捕まっていようが、いなかろうが、やることは一緒だったわけだ。だから、もうこの話は終わりだ」
華麗なウィンクを披露し、ダンデライオンはベイリーの背中を押す。
「さ、そろそろ目的地じゃないか?」
そして見えてきた場所に、ダンデライオンは目を細めた。
一口解説:布
砂漠で暮らす住人が愛用する衣服の多くは、綿の繊維を織った布を使う。
綿の多くは輸入品だが、ある程度降水量のある北部地域でも盛んに栽培されている。




