開かれた扉
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アパートに到着し、階段を上がっていくベイリーの背中を追いながら、ダンデライオンはどうしたら彼の信頼を得られるか思案する。
出会ってからしばらく経つが、ベイリーはなかなか警戒を解いてくれない。初対面のときよりは口数も多くなり、隙あらばダンデライオンの鳩尾に拳や肘を打ち込もうともしなくなったが、しかめっ面か真顔以外の表情を見たことがない。
どうしたものかと視線を足元に落として階段を上がっていると、「わ」とベイリーの驚いた声と靴底が砂の上を滑る音が同時に聞こえ、ダンデライオンは反射的に両手を広げた。
砂の溜まった階段は滑りやすくのぼりにくい。そこに重たい荷物を抱えている上に、死角から急に人影が現れれば、驚いて足を滑らせても不思議はない。
ダンデライオンは目の前で姿勢を崩したベイリーの背中を受け止め、転がり落ちようとする食糧が詰まった麻袋も片手でしっかりと確保した。
「大丈夫かベイリー」
「あ、ああ。ありがとう」
一瞬のことに呆然とするベイリーからお礼を言ってもらえたことに、ダンデライオンは分かりやすく喜ぶ。
「いいってことよ。俺の胸はベイリーのために空けてある」
「ごめんごめん。驚かせてしまったね」
激しく打つ動悸を落ち着かせようと必死なベイリーと、ニコニコとベイリーを抱えているダンデライオンを我に返らせたのは、事の原因を作った突然の来訪者だった。
「大家さん」
「すまない。この前頼まれていたものが届いたんだ。それを渡そうと思ってね」
大家と呼ばれた男は、ベイリーが借りている部屋のアパートのオーナーだ。食糧難で骨と皮のような人間が多い砂漠地帯で、腹がつま先よりも出っ張っているのは大家くらいなものだ。頭には金糸が編みこまれたターバンを巻き、羽織っているマントも豪勢な刺繍が施されている。
アパート経営のほかに配達業にも手を出しており、浴びるように金を稼いでいるとか。
そんな大家が今日アパートへ足を運んできたのは、ベイリーが半月前に依頼した手紙が無事に宛先へと届き、さらに返事が戻ってきたからだという。
「へえ。さすがはランナーだな。砂漠地帯であいつらより早く走る生き物はいない」
関心したダンデライオンの一言に、大家は破顔してランナーの素晴らしさを説き始める。
大家の男の営業スタイルに限らず、砂漠地帯での配達業では後肢で陸上を走る大型の鳥類、ランナーが使われることが多い。鳥類に多く見られる帰巣本能と、ランナー特有の複数の巣をもつ習性を利用し、いくつかの拠点に営巣させ、その間を往復させるのだ。砂漠地帯の生き物であることから丈夫で、最低限の食料と水で三日間走り続けられるスタミナを誇り、好奇心旺盛かつ恐れを知らない性格ゆえに調教もしやすい。成人男性ほどの大きさだが見た目以上に体重が軽く、砂に足を取られず砂漠を走ることもできる。
人が持ち上げられないような重量物を運べる一方で人に懐かないルークヘッドや、砂嵐の中でも走り続けられるが臆病なロビンなどのような、欠点らしい欠点はない。
「ありがとうございます。助かります」
「いいよ。君はきちんとしてるからね」
ランナーの有用性を十二分に語った大家は手紙をベイリーの手に乗せ、階段の途中で足止めされている二人の横を通り過ぎその場を後にした。
「……つまり、金払いのいい客ってことだ」
「そうだな」
「きちんとしている」の意味を「金払いが良い」と捉えたダンデライオンの意見に同意し、ベイリーは残り数段の階段を上って通路の壁際に座り込んだ。
手の中の手紙には金色の封蠟で封が施されていて、そういう贅沢品が使える地域は限られていることから、手紙の出どころが沿岸部であることが見て取れる。
部屋に入る間も惜しんで手紙を開封するベイリーに、ダンデライオンは面白くなさそうに口を曲げる。しかし手紙の内容に目を通すベイリーの邪魔はせず、向かい側の壁に寄りかかり静かに彼が読み終わるのを待った。
「で?」
「で?」
手紙を読み終え、便箋を封筒の中に戻し立ち上がったタイミングで、ダンデライオンは問いかける。
「その手紙、誰に充ててなんて返ってきたんだ?」
「ただの情報だ」
「そうかい」
「それより……荷物、ありがとうな」
「ああ。貴重な食糧だ。衝撃で痛んだら大変だからな」
ダンデライオンは言いながら、片手で持っていた麻袋をベイリーの腕の中に戻す。
「それにしても、ベイリーはどうして律儀に金を払ってまでその部屋を借りるんだ? 電気も水道もガスも通らないなら、そこら辺の空き家でいいんじゃないか?」
部屋の鍵を取り出し開錠する様子を眺めつつ、ダンデライオンは首を傾げる。
水脈が枯れれば一瞬でゴーストタウンへと早変わりするローズガーデンで、あえて家賃を払って部屋を借りているのはベイリーと、同じアパートに暮らす数人の住人くらいだ。大抵の住人は元々の住処に住み続けているか、家主のいなくなった空き家に無断で住み着いている。荒廃した街で賃貸経営している大家も大概だが、借り手も相当な物好きといえる。
扉を開き、玄関へ麻袋を運び入れたベイリーは呆れた視線をダンデライオンに向け、黙って部屋に入ってしまう。ダメ元でそのあとに続こうとしたダンデライオンは、扉が風を切る音を聞いて反射的に顔を引いた。案の定、扉は彼の目と鼻の先でぴしゃりと閉じられてしまう。
「おっと。あやうく俺の鼻がつぶれるところだった」
「こちらにも得るものがあるからこその対価だろう。こういう、特殊な環境では余計に」
いつものようにダンデライオンのことなど気にも留めず部屋の奥へ移動していったかと思いきや、扉のすぐ向こうから声が聞こえてきたことに、ダンデライオンは目を丸くした。
「この物件の部屋は、扉に仕掛けがあるんだ。開けてみろ」
ベイリーに促され取っ手に手をかけ扉を開くと、石の壁が現れた。
「……一種の転送魔法か」
「そういうこと。契約主じゃない人間が扉を開くと壁が現れ、契約主が開くと部屋に繋がる」
壁に触れ叩いたりひっかいたりしていたダンデライオンは「なるほどなぁ」と感嘆の声を漏らし、ゆっくりと扉を閉じた。すると扉は内側から開き、狭い玄関に立ったベイリーが姿を現した。
「この扉が特別なわけだ」
扉をコツコツと叩き、ダンデライオンが楽しそうに部屋の仕組みについて予想を立てていく。
「部屋自体は別の場所にあり、この扉はただの壁にくっつけられてるに過ぎない。契約者が取っ手を握ることで転送魔法が発動するってことだ」
「簡単にいうと、そういうことだな」
ダンデライオンの予想に頷き、ベイリーは麻袋を部屋の奥へ運んでいく。扉の取っ手に細かく刻まれた魔法陣に気を取られていたダンデライオンは、食料をクローゼットの中の木箱に移し始めたベイリーと扉を何度も見比べ、「外に出ておいた方がいいか?」と一歩後ずさった。しかしベイリーが首を振ったため、静かに玄関に入り音を立てずに扉を閉じる。
「どうした、どういう心境の変化だ?」
今の今まで、どころかついさっきまで部屋に入れることはおろか、扉の隣に居座られることすら嫌がっていたベイリーの対応に、ダンデライオンは玄関からは動かず静かに問うた。
一口解説:ルークヘッド
砂漠地帯に生息する哺乳類の中で最大の種。
三つの角が王冠のように並んだ頭部と、岩のように固い皮膚が特徴で、数頭の群れで行動する。




