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薔薇と蒲公英

 ダンデライオンは躊躇なく、店員の足元へ一発だけ威嚇射撃を放った。

 命を刈り取るべく作られました、と言わんばかりの重質で無情な銃声が部屋中に響き渡り、床には拳銃がもたらす威力とは思えない大穴が開く。

「じいさん、俺の腕をよく見な。この墨は魔よけの紋様だ。つまり、俺は砂の民だってことだ。砂の民の中には若さゆえに軽率な連中もいるが、大概は信仰深く厚い忠誠心を持つ、忠犬みたいな性質なんだよ」

「……」

「どんな大金を積まれようと、俺はこいつに危害が及ぶようなことはしない」

 死神の鎌を首にかけるように、まっすぐと銃口を店員の顔面に向け、ダンデライオンはそれまでのおどけた声音からは想像もつかない地を這うような低い、獣のような声で唸った。

「わかったら、扉を開け。命が惜しくないっていうなら、身元不明の遺体に早変わりさせてやる」

「俺がそんな脅しに怯むとでも?」

 人身売買という倫理に背いた手法で荒稼ぎを続けてきた店員は、その年齢を感じさせない俊敏な動きで少年の腕を掴み自身の前に引きずりだした。少年を決して傷つけないというダンデライオンに対する最強の肉の盾にしようと咄嗟にとった行動だったが、銃口が地面を向いたことで生まれた僅かな隙をダンデライオンが見逃すはずがなく、ましてや近くで動向を伺っていた少年がこの気を逃すはずもなく。

 ダンデライオンが引き金を引く前に、少年は銃を持つ男の手首を捻りあげ鳩尾に懇親の肘打ちを見舞い、さらには膝を深く曲げ勢いをつけた後頭部で店員の顎を突き上げた。あまりにも滑らかかつ素早い動きに店員は対応できず、顎への強烈な一撃により白目を剥いて失神した。

「さすが。守られるだけのお姫様じゃないな」

 ダンデライオンの賞賛に耳を貸す様子もなく少年は床に伸びた店員から銃を奪い、カウンターを越えて店の奥へと姿を消した。

 ダンデライオンは扉の前で伸びた壮年の店員の腕を掴むと、店の隅へ引きずる。ついでに大の字で伸びる青年も壁の方へと押しやる。そして、しばらくは目覚めそうにないが、念のため腕を縛るかどうか悩んでいる間に、少年が戻ってきた。

 彼の手には売ったはずの刀が筒袋ごと握られていて、ダンデライオンは片側の口角を上げる。

「お前さん、引けず劣らずの悪い奴だな」

「あんな紙切れで売るつもりはない」

 揶揄うような軽口に、さすがに聞き流すことができなかったのか、少年はぼそりと独り言のように呟いた。

 まともな返事が返ってきたことにダンデライオンはパッと表情を明るくするが、少年はカウンターの裏に隠された電気錠の遠隔スイッチを探していて気づかない。

「その刀、本当に拾ったものなのか?」

 この流れでもう少し会話が続けられるかと問いかけるが、カチンと電気錠が開錠される音が響き、少年はカウンターの裏から顔を上げる。

 ダンデライオンが扉のノブに手をかけると、扉は素直に開いた。

「問題なさそうだな」

 ダンデライオンが扉を大きく開いたのを確認し、少年は部屋の片隅に設置された監視カメラに向けて発砲した。監視カメラがメモリもろとも砕け散っているのを横目に、少年は銃を捨てさっさと店を出ていく。

 ダンデライオンは床に伸びる青年店員から自身の装備と彼のベルトを手早く回収し、ついでに商品棚で目を引いたククリナイフも手に取り店を飛び出した。

 少年は何ごともなかったかのように町の外へ繋がる細道を足早に歩いていたが、ダンデライオンが追いつくと口癖のように「用心棒はいらない」と言い捨てた。

「おいおい。さっきのピンチに突破口を開いたのは俺だぜ?」

「お前の助けがなくても、どうにかしてた」

「まぁ、そうだろうな」

 一瞬の隙を好機へと変える反応速度、攻撃の躊躇のなさ、監視カメラを素早く正確に打ち抜ける射撃の腕前。二対一という人数の不利のなかでも、この少年ならばダンデライオンの助けがなくてもどうにかこうにか切り抜けただろう。

 ただし、まったくの無傷とはいかなかったはずだ。

「無駄な体力を消耗させなかっただけでも、俺の存在価値はあっただろ?」

「……」

「だから、名前くらい教えてくれよ。そうしたら、人身売買に手を染めようとした事実はチャラだ」

「砂漠の世界において、どんなに汚くても手段は手段だ」

「ああ。だから、俺はあんたが名前を教えてくれればその汚い手段について忘れてもいいって言ってるんだ」

「脅してるつもりか」

 ぎろりと鋭い視線が向けられ、ダンデライオンはわざとらしく肩をすくめる。

「そうかもな。考えてもみろ、この先俺はあんたの後ろをついて回る。その中で事あるごとにあんたが俺を人買いに売ろうとしたって嘆きまわる。鬱陶しいだろ?」

 すでに鬱陶しそうに眉間にしわを寄せていた少年は、少し間を置いた後「ベイリー」と名前らしき単語を口にした。

「俺の名前は、ベイリーだ」

 ダンデライオンは少年、ベイリーの視線の先にある道路標示を一瞥する。鉄製の標示板には上から「インゴット通り」、「ベイリー通り」、「ローズガーデン方面」と刻まれていた。

 ベイリーと一緒に道路標識を眺めていたダンデライオンは、流れるように次の問いを投げかける。

「ファミリーネームは?」

「ローズ」

 間髪入れずに返ってきた期待通りの答えに、ダンデライオンは破顔する。

「ベイリー・ローズ。いい名前だな。俺は昔からBから始まる名前には縁がある。そのうえ、ローズとダンデライオンは花の名前でお揃いだ。ベイリーとの出会いも必然だったってわけだ」

 あからさまな偽名を名乗ったにもかかわらず嬉しそうにしているダンデライオンに、ベイリーは失敗したといわんばかりの苦い顔を浮かべた。

「お前の名前忘れてた……」

「ダンデライオンだぜ? ダンデライオン」

 看板にしたがって町の外へ続く細道を歩き出したベイリーを追いかけながら、ダンデライオンは刷り込むように名前を連呼する。

 しばらくは無視していたベイリーだったが、「ダンデライオン」としか発声しないダンデライオンの歌が出来上がり、三周目が始まるあたりで一度足を止め、眉間にしわを寄せ怒りを込めた視線でダンデライオンを睨み上げた。

「鬱陶しさが増したが?」 

「名前覚えてくれたか?」

「……覚えたから歌うのをやめろ」

「じゃあ、俺の名前は?」

「…………。綿毛野郎」

「間違っちゃいないが。ま、いいか」

 ようやく歌が止まったのを確認すると、ベイリーは次の街であるローズガーデンへ続く道を再び歩き出し、ダンデライオンもそのあとを付いていく。

一口解説:ダンデライオン

沿岸地域に多く生息する黄色い花。砂漠地帯でも確認されているが、「砂」砂漠が広がるエリアには生息していない。

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