出会い
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ダンデライオンが赤髪の少年についていこうと決意したのは、彼が気まぐれに身を寄せていた用心棒ギルド「テテ」の第四支部でバッタリと鉢合わせた瞬間だった。
その彼は決して用心棒を雇いたくてギルドにやってきたのではなく、彼の荷物を掏った盗人が第四支部にいたので取り戻しに乗り込んできたにすぎない。
その日、暇を持て余していたダンデライオンは支部の屋根裏で横たわり、年季の入った本の文字列を視線でなぞっていた。読む、という行為に移れなかったのは、本の言語が異国のものだったからだ。
支部の異変に気付いたのは威勢のいい怒号が響いてきてからで、本をズボンのポケットに押し込み、重い腰を上げ諍いの場にたどり着いたころには、五人の男が地面に転がっていた。
その中で一人だけ立ち、頬についた汚れを静かに拭っている少年が、この惨状の犯人で間違いない。
背格好からして十代後半だろうか。砂漠での生活が長いのか、肌は白いが沿岸部特有の白さはない。チェストリグのポケットがほとんど膨らんでいるのは、その中に武器が入っているからなのだろうか。
呑気に侵入者を観察していたダンデライオンは、その足音に気づいた少年と目が合った途端、体を強張らせた。
「ダ! ダンデライオン! 黙ってないでこのガキ叩き潰せ!」
床にのびていたメンバーの一人が血交じりの唾を吐き散らしながら叫ぶが、ダンデライオンは少年の無感情な双眸から目を逸らせずにいた。
大陸どころか世界的に見ても珍しい、深みのある紫水晶を彷彿させる一対の瞳は、ジッと新たに現れたダンデライオンの動向を見つめている。
「無駄な争いは望まない。目的を果たせばここから去る」
だから何もするな、と視線で訴える少年にダンデライオンは静かに頷き、足元で喚くメンバーの後頭部を蹴とばした。
叫ぶばかりだった男が沈黙したのを確認すると、少年は警戒しつつも喚いていた男のジャケットに手を突っ込み、内ポケットから藍色の布地に黒い花の刺繍が施された巾着を取り出した。
「盗まれたのか」
「格闘はいまいちだが、掏りの腕だけは一流なやつだな」
少年の皮肉に苦笑してみせ、ダンデライオンは目立つ外傷もなく失神している男たちからベルトを引き抜く。
「……変な気を起こすようなら容赦はしないぞ」
腰を落とし臨戦態勢に入る少年を宥めるように「革のベルトはいい値で売れるんだよ。やられたらやり返す。砂漠の常識だろ?」と束ねたベルトをひらひら揺らした。
「仲間じゃないのか」
「いや? こいつらの用心棒みたいなもんだ。ここら辺は同業者が多いからな。他のギルドがちょっかいかけてきた時の要員だ」
「用心棒の用心棒……」
「阿保だよなぁ」
ハハハと笑い、丸めたベルトをズボンのベルトループに引っかける。
「だがそれも今日で終りだ。俺はあんたについていく」
「は?」
「あんた名前は? 俺はダンデライオン。流浪の砂漠の民だ。腕っぷしには自身があるぜ」
背を向けて去っていく少年に話しかけながら、支部の入口に準備してあるライフル銃と弾が詰まった袋を担いで追いかける。
「用心棒は必要としてない」
「そういうなって。役に立つぜ」
「必要ない」
冷たく言い捨てる少年の隣に並ぼうと大きく足を踏み出すと、目で追えない速さで肘がダンデライオンの鳩尾めがけて飛んできた。常人なら内臓を抉られるような強烈な一撃となっただろうが、ダンデライオンは少年が身じろぎした瞬間に踏み出した右足でブレーキをかけ、左足で一歩後ろに引いて肘打ちを躱していた。
「おっと、人を殺せそうな肘鉄だな」
「……ついてくるな。俺に用心棒はいらない」
「そう殺気立つなよ。あんたに危害を加えるつもりはない。金も要らない。ただ、そうだな。旅の同伴をさせてくれよ」
意味が分からない、と如実に語る視線にダンデライオンは肩をすくめる。
「盗みを働くような連中を守る価値はないだろ? あんたの方が、守り甲斐がある」
「だから」
「必要なくてもついていく。もう決めたことだ。気にするな、野生動物に懐かれたって思ってくれればいい」
「……野生動物なら、その銃は効果あるのか」
少年が顎で指し示したのは、ダンデライオンの肩に担がれたライフル銃ではなく、腰に装備された大口径の拳銃だ。取り出しやすさを重視し、固定ベルトは装着せずホルスターに差し込んでいるだけなので、横から奪い取ることは容易い。
ダンデライオンは左手で拳銃を抜くと、クルクルと器用に銃回しを披露した。
「まず適切な体、そして正しい訓練をこなさなければ扱うこともできない代物だ。あんたが使っても、俺を威嚇することもできないぜ」
大口径の拳銃はその威力が大きな魅力だが、扱いの難しさと扱いを誤った際のしっぺ返しも大きい。素人はもちろん、多少銃を使ったことがある経験者でも簡単に使いこなせる銃ではない。
ダンデライオンの言い聞かせるような物言いに少年は鬱陶しそうな表情を見せるが、結局「野生動物を追い払うための行動」には移らずひたすら歩き続ける。
「格闘には自信があるだろ? なにしろ底辺とはいえ用心棒を生業にする連中を一人で五人も凹しちまうんだから。俺のことだって、力尽くで追い払おうと思わないのか?」
「自分の実力くらい自覚しているし、無駄な体力を消費するつもりはない」
暗にダンデライオンには力で敵わないことを認めた少年は、一帯に転がる大岩の一つに歩み寄り、岩陰に砂をかけて隠していた荷物を拾い上げた。
修復の跡が色濃い年季の入ったザックをマントの下で背負い、肩紐がある筒状の袋を片手に携えると、岩陰でその様子を観察するダンデライオンに一瞥もせず道なき道へ歩を進める。
「その袋、中身は剣か? いまどき刃物とは珍しいな」
ほんの少し反りのある筒袋の中身が銃ではないことを見抜いたダンデライオンの関心の声にも、
「砂漠を歩くにはその靴は重たいんじゃないか?」
砂に沈む革のブーツについて指摘しても、
「いつから砂漠を歩いてるんだ? 俺は生まれも育ちも砂漠だが、沿岸都市で少し暮らしたこともあるんだぜ」
適当な話題を振って自分語りをしてみても、少年はダンデライオンなど存在しないと言わんばかりの無反応を貫く。
徹底した無視にもめげず話しかければ、さすがの少年もどこかで嫌気がさして口をはさんでくるかと思いきや、砂に埋もれつつある町に到着しても表情一つ変えず沈黙し続けた。
二人が踏み入れた町、スカルリブは大きな街と街の間に位置しているおかげか、小さい町ながらも多くの商人が店を並べる賑やかな場所だ。ダンデライオンが用心棒ギルド「テテ」に身を置いていた時から酒を買いに通っていた町で、顔見知りは多い。
あちこちから店に誘う声が掛かるが、ダンデライオンは軽く手を振り適当にあしらう。
その様子を少年は横目に見て、すぐさま人通りのない狭い路地へ滑りこんでしまった。
「人付き合いは苦手なのか? さっきの店だったら、格安で酒やら食料やらが手に入るぜ?」
砂漠を歩くうえで水や食料といった物資は己の命よりも大切といっても過言ではない。広大な地に限られた数しか存在しない町でどれだけ物資を揃えられるかによって、その後の生死が分けられる。それが砂漠だ。
ダンデライオンは今日までに築き上げた信頼関係をもってすれば、かなり安く物資調達ができることを主張するが、少年はまったく耳を貸さない。
少年は喧騒から十分に離れると立ち止まり、腰に巻いたポーチから一枚の紙を取り出した。
背後から覗き込むように手元を見れると、簡易的な案内図が描かれている。ダンデライオンの視線に気づいた少年は体の向きを変え、ぐるりと辺りを見渡し現在位置を確認すると、紙に目を落としたまま歩き出す。
町の住人しか使わないような狭い路地を右へ左へ複雑に移動する少年の後ろをついて回り、そこの食堂は美味しいとか、あそこの酒場は裏メニューがあるとか声をかけるが、結局、今にも倒壊しそうな武器屋の前に出るまで彼の足が止まることはなかった。
手元の紙をポーチにしまい、まっすぐと武器屋に向かう少年の後を、ダンデライオンはゆっくりとついていく。
「銃でも買うのか?」
看板は弾痕でボコボコ、窓の外に取り付けられた鉄格子には破壊を試みた傷が刻まれ、そもそも窓が割れたまま放置されている。
営業しているのかも怪しい武器屋は、町を頻繁に訪れていたダンデライオンも知らない、知る人ぞ知る場所のようだった。
とても営業中には見えないが、先に進む少年が落書きで汚れた扉を開くと、ちりんちりんと、その外見に似つかわしくない軽やかな鈴の音が響いた。
一口解説:ギルド
組織的な便利屋の総称。それぞれ得意分野があり、
家事、子守り、修繕など、家の中での分野に特化したギルドは「家政ギルド」と呼ばれ、
護衛や道案内などに特化したギルドは「用心棒ギルド」と呼ばれる。
他にも「喧嘩屋」、「占い館」、「学校」など、ギルドには様々な名称がある。




