チュチューリ
「お兄ちゃんと一緒にいた人?」
「ああ。繋ぎ人のウイだな」
ダンデライオンはウイの前に膝をつき、視線の高さを合わせる。
「俺はダンデライオン。ベイリーの護衛みたいなものだ」
「ベイリー?」
「お前の兄ちゃんが、今名乗ってる名前だよ」
「そっか。もう、アレックスじゃないんだね」
ウイがポロリとこぼしたベイリーのかつての名前に、ダンデライオンは一瞬目を見張るが、すぐに気を取り直してウイをまっすぐと見つめた。
「見ての通り、ベイリーはウルガルトとやり合ってる。でも正直、このままだと押し負ける」
精霊の力を借りているベイリーに対し、精霊そのものかつ、その中の王であるウルガルト。正面からの力のぶつけ合いでは、当然のことながらウルガルトに軍配が上がる。ダンデライオンの言いたいことを察したウイは、フードの中から一匹のトカゲを取り出した。
「チュチューリが力を貸してくれると思う」
チュチューリと呼ばれたトカゲは、頭の大半を占める大きな目玉を舌で舐めつつ、ダンデライオンを見上げた。
「ヨゾラトカゲか?」
「の、形をした土の精霊さん」
ウイの掌から建物の壁へ飛び、トカゲ特有のくねくねとした動きで消えていった土の精霊――チュチューリを見送り、ダンデライオンはウイへ視線を戻す。
「お前はどうする?」
「ウイは……」
「もし、一人でも逃げられるんだったら、この先にある『シャルロッテ』っていう下宿へ向かえ」
「え?」
「そこの二〇五って部屋が俺たちの部屋だ」
ダンデライオンは宿の鍵を取り出し、ウイの手に握らせる。
「鍵はかかってないが、念のため持っていけ」
「でも」
「扉にはまじないがかけてある。俺が許したやつしか入室できないように。ウルガルトが扉の前に立って、無理やりこじ開けない限りは安全だ」
そう言って、ダンデライオンは激しい応報を続けるベイリーとウルガルトを壁の影から見やる。
「それに、お前がウルガルトと離れたら、イチカワがお前の気配を消してくれるはずだ」
「イチカワ?」
「昔、ベイリーを助けてくれた変人だ。とにかく、俺はベイリーに加勢する。お前は、ウイは精霊の力でもなんでも使って下宿に逃げるんだ」
まだ判断しかねる表情で立ちすくむウイの肩に手を置き、「それとも、ウルガルトや家族、とやらと一緒にいたいのか?」問うように顔を覗き込めば、ウイは激しく首を振った。
「なら、さっさと行け。ここは俺とベイリーが何とかする。あと、チュチューリの力を借りるからな」
ウイを路地の奥へ押し込み、彼女が走り出すのを確認する間もなくダンデライオンは壁の影から表通りへ飛び出した。
途端に、水の刃が足元をかすめるが、ダンデライオンは軽く避けてベイリーの元に戻る。
「ウイは逃がした」
「助かった」
「チュチューリっていう精霊の力を貸してくれるそうだ」
「ああ。ウイのお気に入りだ」
瓦礫に紛れすっかり姿を消してしまったチュチューリだが、ベイリーにはその存在がしっかりと把握できているようだった。
「あとは、イチカワが」
「本当に手を貸してくれるんだよな」
「イチカワは」
「あいつに全幅の信用を置くのは危険だぞ」
振り返る余裕すらないベイリーの背後で、ダンデライオンは砂の民を一人、二人と路地や瓦礫の影に放っていく。
「少なくとも、さっきウイと話してた限りじゃ、あいつの気配は感じなかった」
ベイリーのようにイチカワの気配を正確に察知できるわけではないが、長年の苦手意識からイチカワが近くにいれば嫌な感じはする。しかし肝心な時に限って、その嫌な気配がないのだ。
「本当に、助けてくれるんだろうな」
「……っ、イチカワは最終手段だ。俺たちで乗り切ろう」
体のあちこちに切り傷を負ったベイリーが砂まみれの頬を擦り、苦い顔をするダンデライオンを振り返る。
「大丈夫。お前は強いし、俺も、守られるだけの女子供じゃないって、前にも言っただろ」
意識の大半をウルガルトからの攻撃を防ぐことに割いている中で、ベイリーは無理やり笑顔を浮かべた。
「お互い、背中を預けられるだけの力があるだろ」
「おう。任せろ」
最後の一人を瓦礫の影に避難させ、ダンデライオンは左手に拳銃、右手にククリナイフを構える。その様子を眺めていたウルガルトは、呆れたように嘆息した。
「まったく。本当に私と渡り合えると思っているのかしら」
空中を舞う砂塵で汚れたベイリーやダンデライオンに対し、砂の一粒も浴びていないウルガルトは、退屈そうに肩に流した髪を指に絡めて遊んでおり、軽く息が上がっているベイリーとの力差を見せつけている。
「九七号はたしかに、精霊の力を扱うのが特別上手だけれど、所詮は借り物。精霊王に勝てるはずがないでしょう」
「俺のことを、忘れてもらっちゃ困るぜ!」
ダンデライオンは爆発魔法の魔法小瓶をウルガルトに向かって投げ、小瓶が弾かれる前に素早く撃ち砕いた。小瓶に詰められた魔法は獣除けを目的とした小規模の爆発だが、直撃すれば肉が抉れる程度の威力はある。目と鼻の先で起きた衝撃にウルガルトは顔をしかめるも、当然、水の防壁ですべてを防いでいる。しかし爆発に対して防御を取っている間にベイリーは右から、ダンデライオンは左から攻撃の手を伸ばしていた。
「こざかしいわね」
ウルガルトは苛立たし気に唸り、髪をいじる手を止めると腕を振って応戦を始めた。
土と風の精霊の力を借りたベイリーの猛攻と、金属の糸を自在に操り空中でナイフを振り回し、凶悪な威力を誇る拳銃を片手で正確に撃つダンデライオンの強襲は、一見それぞれが一方的に動いているように見える。
しかしよくよく観察すれば、ダンデライオンがナイフを扱うときはベイリーがその援護と、どこからともなく飛んでくる水の針を砂の壁が飲み込み、ベイリーが砂の刃や瓦礫を降らせるときはダンデライオンはウルガルトの死角から銃弾を放った。そして二人は、お互いの射線に立たないよう徹底していた。
ぴたりと息の合った動きにウルガルトはたまらず攻撃の手を止め、二人から距離を取るように後退した。
「ああ! うっとおしいったらないわ!」
ジワリと浮かぶ汗を乱暴に拭い、ウルガルトは顔を歪めて叫ぶ。
「おかしいわよ! なんで繋ぎ人ごときに私が押されなきゃいけないのよ!」
「おいおい、俺のこと見えてないのか?」
からかうダンデライオンの声も届かないのか、ウルガルトはベイリーだけを睨みつけて地団太を踏んだ。
「受肉の儀でビノークリを拒否したときもそうだけど、あんた、ただの繋ぎ人じゃないわね!」
一口解説:ヨゾラトカゲ
砂漠地帯でよく見かける全長十五センチほどのトカゲ。
背中の斑点模様が星の浮かぶ夜空に見えることから、その名がついた。
生息地域によって色が若干異なる。




