不死鳥
「そうだ、俺のは不死鳥だ」
言いながら、ダンデライオンは肩を揺らす。
「不死鳥は火の精霊の化身として有名だもんな」
「ああ。不死鳥は朱色の翼をもつだろ? だから、朱翼ってあだ名がついたんだろ」
翼を上下に広げ、片目で空を見つめ、尾羽を手首の先まで伸ばしている不死鳥の姿が、ダンデライオンの刺青の正体だ。
「なんで火の精霊を選んだんだ?」
「火の精霊は光の精霊とも信じられてる。魔よけとしては、人気なんだよ」
砂の民にとって火の精霊は、暗闇を照らし、砂漠の寒さから人々を守る大切な隣人だ。食材に火を通すことは、火の精霊の恵みを受けることであると信じる砂の民も多い。
「それに火は獣を追い払うだろ? だから、魔よけの力が一番強いとも信じられているな」
「なんだ。イチカワと正反対だからかと思った」
ダンデライオンの言い分にベイリーは納得するも、水の精霊であるイチカワを嫌煙する様子から、相対する精霊を選んでいたとしても不思議はないと軽く首を傾げる。顔を覗き込み、胸の内を探ろうとするベイリーにダンデライオンは苦笑する。
「もともと俺の部族は火の精霊を贔屓にしてるからな」
「部族?」
「砂の民の中にはいくつもの部族がある。俺は、カーグ族だ」
同じ大陸で暮らし、同じように砂漠を遊牧する砂の民だが、長い年月の中でいくつもの部族が生まれ、部族間で抗争があったり、二つの部族が融合したり、滅んだりしている。
「カーグ族はもう俺一人だが、同じように火の精霊を強く信仰する部族は多いはずだ」
「一人?」
「ああ。大きな砂嵐にやられたんだ」
軽く語られた悲惨な事実に顔をゆがめたベイリーの頭を、ダンデライオンはポンと撫でる。
「ずっと昔の話だ」
「ごめん」
ベイリーは垣間見えたダンデライオンの過去に歯噛みするが、当のダンデライオンは過去のこととして消化済みなのか、表情も変えずに「気にするな」と歩き出した。
しばらく前後に並んで歩いていると、本格的に空が暗くなり始めたので、二人は道から少し外れた岩場で魔法小瓶を使って火を起こし、布を敷いて野営の準備を手早く終わらせた。
食事は干した果物やパンをそのまま齧り、食事が終われば、就寝時間まで各々好きに時間を使う。
麻袋の中身を整理していたベイリーは、岩に背を預け本に視線を落とすダンデライオンの手元が暗いことに気づき、二人の間に置いてあったランタンを指さした。
「読みにくいだろ?」
「ああ。正確には読んでないから大丈夫だ」
パタンと本を閉じ、ダンデライオンは組んでいた足を伸ばす。
「珍しくもない小説だが、中にメモ書きがあってな。どうにか読み解きたいが、そもそも何語なのかもわからないんだ」
ダンデライオンから本を受け取り、ベイリーはページをめくる。
言われている通り、「不死鳥の歌」と題された小説のページには、余白を埋め尽くすように様々な筆跡でメモが残されていた。イビトリカ語でもなければ、アダト語でもない。
「見たことない文字だ」
「だろ?」
「どうしてこんなものを持ってるんだ?」
「昔イチカワに押し付けられたんだよ」
一目で古いものだと分かる本をめくっていると、それまですべてのページを埋め尽くしていたメモ書きが、途中からパタリと途絶えているのに気づく。
「これって」
「イチカワいわく、俺が次のメモを残すべきらしいが、文字が何語なのかわからない以上難しいな」
そもそも何を書き残すのが正解なのかもわからない、とダンデライオンは肩をすくめる。
表紙に戻り、改めてページをめくり始めたベイリーは、表題に指をあてた。
「これって、どんな話なんだ?」
「なんだベイリー、知らないのか? この国じゃ珍しくない物語だろ」
「あいにく、小説を読むほどの自由もなければ余裕もなくてね」
目を丸くするダンデライオンに、ベイリーは皮肉で返す。明らかに不機嫌な声音にダンデライオンは慌てて軽率な発言を謝るが、ベイリーは無視してプロローグに目を通し始める。
ダンデライオンが悲痛な声をあげて気を引こうとするが、ベイリーは先に火の番をするからダンデライオンに眠るよう伝えると、ランタンを自分の方へ寄せ本格的に読書を始めてしまった。
しばらくは失言を撤回しようと機会をうかがっていたダンデライオンだったが、ベイリーが物語に集中していくのを察し諦めて横になる。
「夜の読書は目に悪いから、ほどほどにな」
「ああ。おやすみ」
「おやすみ」
いつの間にか習慣になっていた寝る前の挨拶をかわし、ベイリーは火の番、ダンデライオンは交代までの数時間の眠りについた。
一口解説:「不死鳥の歌」
砂の民に伝わる古い伝承をもとに、子供向けに執筆された小説。
主人公の少年と、彼の守護者である不死鳥の物語。




