代償
この国、イビトリカでは魔女は国によって管理されている。国の許可を得ていない魔法の使用や魔術の販売は違法行為であり、処罰対象となるのだ。そのため魔女と契約することは、すなわち国と契約を結ぶことであり、個人が国を介さず魔女と直接契約することは違法に当たる。
「北半球には魔女が多く生まれる国もあるようだけど、イビトリカでは魔女は希少種だからね。首輪をつけて厳格に管理されているんだよ。だけど、国の目を盗んで商売をする魔女も大勢いる。だからもちろん、私には偽名を名乗ったはずだ」
大家の説明に、ベイリーは頷いた。
つまり、大家が使っている転送魔法は違法に取引されたということだ。そしてその魔法を売った魔女にとって、国に名前が暴露されるのは、文字通り命取りになるなのだろう。
しかし違法行為をしているとはいえ、人を傷つけているわけではない。加えて違法な魔法を買っている大家もまた、法に触れている。そのことを棚に上げ、魔女の弱点を晒す要求にベイリーは顔をしかめた。
そんなベイリーの複雑な表情を横目に、羊皮紙に目を落としていたダンデライオンは「分かった」と首肯した。
「少し時間が欲しい」
「では、近くのバーにでも行こうじゃないか」
一転してご機嫌になった大家は、ダンデライオンとベイリーの間に割って入り、二人の背を押して近くの建物へ誘導する。ベイリーは罪悪感からされるがままだったが、ダンデライオンは身をよじり大家の手から逃れると、ベイリーと大家を引き離した。
「すぐ終わらせる」
「ああ」
閉店の札がかけられた扉を鍵で開け、先に入っていく大家に続いて店内に入る。
窓のない店内は暗く、ベイリーとダンデライオンは少し警戒しながら中へ踏み入る。
「ここももう使えないと思うと、悲しい限りだよ」
店内の明かりが点けられると、ベイリーは予想より広い内装に目を丸くした。
美しく磨き上げられたバーカウンターに、立ったまま利用するスタンディングテーブルや、ボックス席、ソファーも用意されている。
「まだ電気が通ってるんだな」
ダンデライオンの意外そうな声に、大家は悲しそうに笑う。
「風車が動いてる限り、電気はなんとかなるんだけどね」
水がなければ、人は出ていくしかないと肩を落とした。
大家の嘆きに同意しつつ、ベイリーはバーの入口近くにあるソファーに腰を下ろす。
ダンデライオンは扉を背もたれにして魔法陣を睨み、大家はカウンター席に深く腰掛けジッとその様子を見守る。
そして解読は、ベイリーが店内に飾られた絵の中の鳥を数え終わる前に終わった。
「この魔法陣を作ったのは、アンバー・リリーだ」
「アンバ―・リリー? 本当かね」
「嘘ついてどうする」
「だが、私には君が嘘をついていてもわからないだろう」
「……時間はかかるが、国の魔女リストを調べれば出てくるはずだ」
「それじゃあ、君たちの逃げる時間の確保になりかねないね」
ダンデライオンの提案に首を振り、大家は指を組む。
「この名前が本物だと分かる方法はないのかい」
「……」
「まして、君は砂の民だろう? それがどうして、魔法陣の解読ができるんだい。君たちは、精霊を信仰しているだろう。魔女や魔法は、精霊と相性が悪いと聞いたことがあるよ」
大家の静かな声に、ダンデライオンは思考を巡らせているようだった。
ベイリーはなんとか助け船を出せないか思案するが、ダンデライオンが真実を伝えているのか、それとも嘘をついているのか。ベイリーにも判別がつかない以上、何と言っていいかもわからない。
「どうかな。アンバー・リリーは、本当にこの契約元の名前なのかい?」
「ああ、間違いない」
「どうやって証明する?」
「あんたに、俺の秘密を一つ教える」
ダンデライオンの提案に、大家は目を丸くすると、体を逸らして笑い始めた。
「秘密? 一体どんな秘密なら、私を納得させるというんだね」
ゲラゲラと腹を揺らして笑う大家だが、ダンデライオンは表情一つ変えず、笑い声が収まるのを待つ。やがて大家の呼吸が落ち着くと、羊皮紙を手渡すついでに大家の耳元に口を寄せた。
少し離れた場所に座るベイリーにはダンデライオンの声は届かなかったが、しかとその声を聞いた大家は笑顔を引っ込め一つ頷くと、ダンデライオンと連れ立って店を出た。
ベイリーはダンデライオンの指示で店内に残ることになり、仕方なく絵画の鳥を数える作業に戻る。
鳥が全部で十七羽いることを三回数えると、ベイリーは立ち上がった。
「秘密って、俺にも言えないのかよ」
唇を尖らせ、不満をポソリと呟きながら、ベイリーはカウンターの中に入り棚に残された品を物色し始める。
大家が管理する物件の一つだというバーには、砂漠で流通している銘柄の酒ばかりが並ぶが、中には沿岸部でしか入手できないはずの銘酒もひっそりと隠されていた。酔うと油断を生むからと酒を嗜まないベイリーだが、イチカワが酒好きだったため酒の種類や銘柄にはそれなりの理解があった。
「大家さんのキープボトルか」
丸みを帯びた瓶には、大家の名前が彫られた金属プレートが掛けられている。棚の奥から酒瓶を取り出し光にかざせば、高い位置で酒の影が揺れ、中身がほとんど減っていないのが分かる。
「もう大家さんも街を出るだろうし」
ベイリーはそう弁明し、高そうな酒をいくつか取り出すと麻袋の中に押し込んだ。酒が収まっていた場所には土を纏った状態のクリスタルスピカを置いておく。
一通り店内を見て回ったあとは、もともと座っていた席に戻り、天井を見つめながら二人の帰りを待つ。
ダンデライオンの秘密がいったい何なのかをぼんやり考えていると、扉の外からダンデライオンの声が響いた。
「戻ったぞ。一人にしてごめんな」
ダンデライオンに続いて入ってきた大家は、席に座っているベイリーに破顔すると、扉を押さえて外へ出るように促した。
荷物を担ごうとするベイリーに代わって足元の麻袋を手にしたダンデライオンは、覚えのない重みに一瞬目を見張るが、すぐに何事もなかったかのように紐を肩に引っ掛けると、ベイリーと一緒に店を出た。
「君の誠意には驚かされたよ」
「それはよかった」
満面の笑みを浮かべたまま、大家はダンデライオンと固い握手を交わし、続いてベイリーとも握手する。
「短い期間ではあったが、君も部屋を貸すに相応しい人だったよ」
「ありがとうございます」
「もう街を発つのかい?」
「はい。スグルロイヤルに向かおうかと」
ベイリーが口にした地名に、大家は眉尻を下げる。
「スグルロイヤル? 随分と遠いじゃないか」
「あそこは湖があって水源が安定していますから。もう、転々とするのは懲り懲りなので」
「そうか。残念ながら、あそこには物件を所有していなくてね」
残念そうな大家に、ベイリーは再度感謝の意を表し別れを告げた。
そしてダンデライオンを連れ、街の北の関所に向かった。
一口解説:魔女
国では魔女が誕生したら申請することが義務付けられている。
申請漏れのないよう国の要所には魔力探知の魔術が施され、魔女の行動は監視されているが、
国の目を盗んで活動する魔女は少なくない。




