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砂の民

「だいぶ顔色が良くなってきたな。眠れるようになってきたか?」

 無視を決め込むベイリーのことなど気にせず、ダンデライオンは毎日のように問いかけてくる質問を今日も繰り出した。

 答えが返ってこないとわかっていながら、飽きずに同じ質問を投げてくる男にげんなりしながら、ベイリーは地上へ降り立ち、夜の間に積もった砂の上を歩いて街の中心へと向かう。

 ローズガーデンでは風力と太陽光による電力を使って地下水脈から水をくみ上げている。電力と水という最低限のライフラインを留めてはいるものの、周囲を砂で覆われているため食料や燃料についてはほとんど外部に依存していた。

 行商人が集まる中央広場には主に沿岸部から商品を運んできた商人の店がずらりと並び、金銭だけでなく沿岸部で価値のあるものとの物々交換でも商品を手に入れることができる。

 中央広場の端から端へ歩き、店が途切れる外れまでやってきたベイリーは、果実と加工済みの肉類を扱っているテントへ向かった。

「久しぶり、おじさん」

「んあ? おお! エストじゃねぇか。ウエストイーアから逃げてきたのか」

 砂をかぶった木箱から紙に包まれた加工肉や干し肉などを取り出していた初老の男は、テントの前にやってきたベイリーの顔を見ると大きな傷が残る顔に笑みを浮かべた。

「今はベイリーと名乗っています」

 以前住んでいた地域からローズガーデンへ移る際に名前も替えたと説明すると、老人は心得たと言わんばかりに親指を持ち上げた。そして商品棚に並べていたリンゴをベイリーに投げ渡し、「新しい名前にサービスだ」とぎこちないウィンクも投げて見せる。

 干し肉とソーセージの包みを吟味していたベイリーは、受け取ったリンゴを軽く掲げて感謝を示し、他の商品と一緒に麻袋の中に詰めた。

「おじさんはまだイーアに行ってるんですか?」

「いや、あそこはもう無理だ。手前のベンベランスはまだ人が残っちゃいるが、ウエストイーアは立派なゴーストタウンだ」

「そうですか」

 かつて暮らしていた小さな町が砂に呑まれた事実を受け、ベイリーは食料を選んでいた手を止める。決して長く暮らしていたわけではないが、それなりに人との交流があり、気に入っていた土地だったのだ。

「……そっちのデカい兄ちゃんは、ベイリーの知り合いか?」

 ぼんやりと過去を振り返るベイリーに代わり、まだ空きのある麻袋に次々と乾燥させた果実や野菜を詰めはじめた男に言われて振り返ると、険しい顔をしたダンデライオンがベイリーのすぐ後ろに立っていた。

 音も気配もなく背後に迫られていたことにベイリーは一瞬目を丸くするものの、すぐに目を座らせて困ったように肩をすくめる。

「ここに移動してくる途中で勝手についてくるようになったんです。気にしないでください」

 存在を見なかったことにしようと、ベイリーは袋に詰められた食品の数々を確認しようと覗き込むが、ほとんど背中に密着しているダンデライオンは気にせず彼の耳元で怪訝そうに問いかける。

「ベイリー、このじいさんと知り合いなのか?」

「……」

「ゴーリン・ドッタだ。沿岸都市オリュンポスと内陸で商売をやってる無害な爺だ」

「無害そうな顔には見えないがな」

 商人の男、ゴーリンの顔を横断する古傷を見て首を傾げるダンデライオンの脛を蹴とばし、ベイリーは首から下げていた巾着の中身をゴーリンに渡した。

 食材の代価としてベイリーが用意したのは、ここローズガーデン近郊でのみ採取されるクリスタルスピカと呼ばれる鉱石だ。石の名と同じ「クリスタルスピカ」と呼ばれるバラの実や種子が魔力を吸収し結晶化した石で、ザクロの実のような艶やかな赤色が特徴だ。花のクリスタルスピカはすでに絶滅し、地中深くに眠る鉱石の発掘には手間と時間がかかるため、その希少性は高い。

 ただし知名度があまりないことから、鉱石自体につけられる価値は希少性のわりに低く、物価が沿岸部よりも三倍ほど高い砂漠地帯では、爪の先程度の鉱石で買えるのはひと月分の食料と三日分の水だけである。

「なるほど。スピカが採れるから、ローズガーデンにしたんだな」

 ゴーリンは受け取ったクリスタルスピカを掌で転がし、なぜベイリーが次の生活の場所としてこの地を選んだのか納得したように頷いた。

「最近、富裕層の間で砂漠地帯の鉱石に注目が集まっていてな。スピカもいい値段がつく」

 そう言って、ゴーリンは腰からぶら下げている革袋を手に取ると、その中から銀貨を二枚取り出す。

「それだけ詰めても釣りがくるくらいにはな」

 再びぎこちないウィンクを投げ、ゴーリンはパンパンに膨らんだ麻袋と銀貨をベイリーに渡した。

「砂に呑まれるまではここにいます。また、ゆっくり話しましょう」

「そうだな。その兄ちゃんに、わしは無害だと良く言い聞かせてくれ」

「……善処します」

 ベイリーは袋と銀貨をありがたく受け取り、横から荷物を持とうと伸ばされたダンデライオンの手を払って歩き出した。

 ゴーリンの生暖かい眼差しから一刻も早く遠ざかりたい思いから、ベイリーは足元の砂を蹴散らし競歩の勢いで部屋があるアパートへ向かう。

「さっきの爺さんとは前いた場所からの付き合いなのか?」

「別に、お前に話す理由はない」

「おいおい。俺はお前の用心棒だぜ? 人付き合いについて知っておくのは重要だと思うがな」

「だから、頼んでないって言ってるだろ? 人のことつけまわして、何が目的だ」

 市場から十分離れ、人気のない通りまでやってきたベイリーは麻袋を一旦降ろし、背後にピタリとついたダンデライオンと向かい合う形で足を止めた。

 軽く息が上がった状態のベイリーに対し、ダンデライオンは涼しい顔で彼を見下ろしている。

「砂の民め」

 余裕を見せつけてくる様子に、ベイリーは憎々しく唸った。

 ダンデライオン曰く、彼は砂漠化が進む前からヒマリア砂漠で暮らしていた遊牧民〈砂の民〉だという。

 砂の大地での動き方を熟知し、暑さ寒さに強く、さらに無限の体力を誇る。

 砂の民は砂漠に巣食う悪霊から身を守るため体に墨を入れる文化を持ち、ダンデライオンの首筋から手首まで伸びる刺青も、古くから悪霊を寄せ付けないとされる精霊を模した紋様なのだ。

 砂漠化が進み、過酷な環境に強い砂の民の若者の多くは、牧畜業から用心棒業に転身し、短い期間で大金を稼ぐようになった。

 中には頼んでもいないのに勝手に商人や旅人について回り、どうということもない小さな諍いを鎮圧して大金を要求する悪質な者もいる。

 ローズガーデンへ向かう途中、勝手についてくるようになったダンデライオンを、ベイリーは問題を起こす前に突き放そうと苦心していた。

「どうせ守るなら女子供にしろ。俺は男だし、戦う術も知ってる」

「別にベイリーが弱いとはこれっぽっちも思ってないさ。むしろ強い方だ。砂漠の世界でもしぶとく生きてくと思ってる」

「じゃあ、なんで俺に付きまとう」

「ベイリーが繋ぎ人だからさ」

「……」

「俺たち砂の民にとって、精霊と交流できる繋ぎ人は命に代えても守るべき大切な存在だ。神にも等しい。そんな繋ぎ人を守ることは、俺たちにとって名誉ある事なんだよ」

 繋ぎ人であると断言されたベイリーは眉間にしわを寄せ、「なんで分かった」と低く唸る。

「こう、ピーンときた」

「答えになってない」

「いや、それ以外に言いようがないんだよ。ベイリーをみて、ああ、こいつは繋ぎ人だって分かったんだ」

 朗らかに笑うダンデライオンを睨み付け、ベイリーは麻袋を持って再び歩き出す。

「ベイリーに危害を加えるつもりもないし、金を求めるつもりもない。ただ、お前の傍においてほしい」

「……信じる理由がない」

「まあ、そうだよなぁ」

 不機嫌な足取りで歩いていくベイリーの背中を、ダンデライオンは肩をすくめてゆっくりと追いかけた。

一口解説:砂の民

一言に砂の民といえど、いくつもの部族が存在し、部族ごとに好まれる魔よけの紋様が違う


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