表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/21

ソアン

「ベイリー? 街を発ったんじゃなかったのか?」

 ローズガーデンに入ってすぐ、ベイリーとダンデライオンは荷物をまとめたゴーリンのもとへ向かった。ゴーリンはちょうど街はずれにある厩舎へ荷車を運び出そうとしていたが、現われたベイリーとダンデライオンに足を止める。

 驚きの表情を浮かべるゴーリンに、ベイリーは肩をすくめた。

「イチカワの依頼で少し、寄り道することになったんだ」

「そうかい。じゃあ、オアシス休暇はしばらくお預けだな」

 砂漠の中のオアシス、リトルフィグは次の滞在先としても、憩いの場として赴くのも良いところだと、ゴーリンは笑う。

「イチカワさんの仕事が終わったら向かうのか?」

「たぶん」

「ローズガーデンにきてまだそんなに経ってないのに、忙しいことだな」

「ああ」

「ま、お前さんなら大丈夫だ」

 肩を叩きベイリーを鼓舞するゴーリンだったが、ベイリーの背後に張り付いていたダンデライオンがベイリーを奪うように引っ張ったため、着地点を失った腕が空をかく。

「まだわしを警戒しているのかい、兄ちゃん」

「じーさん、あんた、全然無害な爺じゃないじゃないだろ」

 眉間に皺を寄せたダンデライオンから見下ろされ、ゴーリンは顎を撫でながら首を傾げた。

「どういうことだ?」

「ダンデライオンは、イチカワと知り合いだったんだ。しかも、かなり相性が悪い」

 最後の一言を強調したベイリーに、ゴーリンは納得したように頷いた。

「あー。あの人はなかなか、掴みどころのない方だからなぁ」

 苦い表情を浮かべ、ゴーリンはゆっくりと荷車を引き始める。

「気に入った人には良くしてくれるが、他人には氷のようだし、かと思えば通りすがりの子どもをからかって遊んだりする」

「イチカワから見たダンデライオンは、子どもってことか?」

「ガキでたまるか。俺は立派な成人だ」

 ゴーリンと並んで歩くベイリーの肩をしっかりと掴んだまま、ダンデライオンが呻く。

「それよりも、爺さんとあいつはどういう知り合いなんだ」

「わしがガキの頃に世話になった、いわゆる恩人だな」

 ゴーリンは皺の寄った口角を持ち上げ、ほほ笑む。

「身寄りのないわしを拾い、気まぐれに連れまわしたあと、商人ギルドに放り込んだんだ」

「それは……通りすがりの子どもで遊んだってことじゃ?」

 恩人と聞き、心温まるエピソードが語られるかと思いきや、始終イチカワのいいように振り回されたという微妙な内容に、ベイリーもダンデライオンも渋面を作る。しかし当の本人であるゴーリンはカラカラと笑い、「最終的には放り出されたが、右も左もわからないガキを食わせて、安全な場所へ置いて行ったんだ。恩人以外の何者でもないだろう?」としみじみ言った。

「ギルドで雑用として働きながら商人の心得を学んで、先輩商人たちの後ろをついて回って……。十年くらい経って独り立ちしたころ、イチカワさんがふらっと現れてな」

 すっかり成長したゴーリンの前に現れたイチカワは、まるで昨日別れたばかりかのように「やあ」と袖を揺らし、旅立つゴーリンに世界をよく見ておくよう告げた。

「それからは仕事先で仕入れた情報をイチカワさんに提供したり、イチカワさんの要望で各地に商人として潜入したり、いろいろだ」

 良く言えば恩返し、悪く言えば借りを返すため、ゴーリンはイチカワの依頼を受けているのだという。

「爺さん、あいつの見た目でおかしいヤツと思わなかったのか?」

「見た目? 年齢不詳ってくらいで、おかしいところは何もないだろう」

 歴戦の砂の民を彷彿させる日焼けた肌や精悍な顔つきは、出会ったころから老けることなく今日にいたると、ゴーリンは言う。

「一度、砂の民のどの部族なのか聞いたことがあるが」

 一度言葉を止め、頭を動かさず視線だけで周囲を確認したゴーリンは「次、なにか詮索するような質問をすれば、腕と足を一本ずつ切り落とすと脅されたよ」と声を小さくする。

「あの人は只人ではないんだろうな。だが、わしには関係のないことだ」

「じゃあ、爺さんはどうなんだ? 爺さんだって、只の人じゃないだろ?」

「おい、踏み込みすぎだぞ」

 ダンデライオンの問いかけに、ベイリーはその脇腹を肘でつつく。

 そのやり取りにゴーリンは楽しそうに喉を鳴らした後、笑みを引っ込めた。

「わしは東部沿岸都市リリアンの出身だ。家は小さいながらも歴史ある名家だったが、資産運用に失敗して没落した」

「で、ガキを放り出したと?」

「贅沢な暮らししか知らない両親だった。贅沢を制限された生活に嫌気がさしたんだろうよ」

 ゴーリンはそれきり、唇を堅く結び続きを語ろうとはしなかった。

 穏やかな老爺からのあからさまな拒絶に、ベイリーはダンデライオンをきつく睨みつけ、歩きながらダンデライオンの脛を蹴飛ばす。

 会話のないまましばらく歩くと、三人は街外れに建てられた厩舎に到着した。ゴーリンは財布だけ持つと荷車の見張りをベイリーに任せ、厩舎の中へと入っていった。

「爺さんも、なかなか刺激的な少年時代を過ごしてそうだな」

「だから、ゴーリンは悪い奴じゃな言っていってるだろ」

 苦い顔でゴーリンの背中を見送るダンデライオンに、ベイリーは非難めいた視線を向ける。

「お前の信頼を得るために、ゴーリンは話したくない過去を話したんだ」

「ベイリーは知ってたのか?」

「知らなかったし、知るつもりもなかった」

 ため息交じりに言い、ベイリーは腕を組み荷車に体重を預ける。

「あのイチカワの片腕だぞ。気になったんだよ」

「だからって、掘り返してほしくない過去を掘り返されて、気分が良いわけないだろ」

 ベイリーの鋭い視線にダンデライオンは体を小さくする。

「悪かったって。これ以上爺さんを警戒しないし、詮索しない」

「そうしてくれ」

 反省した様子のダンデライオンから視線を逸らし、ベイリーは街を慌ただしく行き交う人々を眺める。

 大荷物で街を出ていく商人たちを目で追っていると、ダンデライオンが荷車に軽く腰かける。

「なぁ」

 静かにベイリーの顔を見つめ、その機嫌を伺うようなダンデライオンの視線に、ベイリーは軽く息を吐くと、体を動かしてダンデライオンと向き合った。

「なんだ」

「爺さんもだが、ベイリーもイチカワと知り合いだったのには、かなり驚いたんだぜ」

「ああ。お互いな」

 ダンデライオンの告白に、ベイリーは頷く。そしてふと、思い出した疑問を投げる。

「お前は、イチカワを敬ったりしないのか?」

「あいつを?」

「イチカワは精霊だ。砂の民には、神様みたいな存在だろ?」

 声を落とし、周囲や厩舎の中の人影を気にするベイリーに、ダンデライオンは特段声量を抑えることなく答える。

「あいつは精霊の皮を被った、残忍な性質をもったバケモノだ」

「たしかに、人をいじるのを人生の楽しみにしてるところはあるが」

 言いすぎじゃないか、とベイリーは眉をひそめる。

「いいや。的確な解釈だぜ。ベイリーが特別なんだ。ベイリーと、」

 繋ぎ人、とダンデライオンは言いかけて、「その仲間」と言葉を濁した。

「そうだな。でも、お前もゴーリンも、助けてもらったことには変わりないだろ?」

「助けた理由が利用価値ってところが、人の心を持たないバケモノだって証拠だ」

「それを言ったら、俺だって利用されてるが?」

 仲間を助けるためとはいえ、イチカワの代わりにベイリーを追う追手の前に姿を出さなければならないのだから。

「ほらみろ。やっぱりあいつはロクデナシだ」

「あんまりイチカワさんの悪口いってると、後で痛い目にあうぞ」

 会話に夢中になっていると、ゴーリンの呆れた声が背後で響く。

 ベイリーとダンデライオンが体をひねって振り返ると、駄獣を連れたゴーリンが厩舎から出てきたところだった。

 ゴーリンの手には太い縄が握られており、その先には巨大な駄獣、ルークヘッドが眩しそうに目を瞬かせていた。

 ルークヘッドは王冠を彷彿させる頭上の三つの角が特徴的な、ずんぐりと大きい生き物で、大きさは砂牛より一回り大きいくらいだ。性格は穏やかだが臆病と、駄獣の中では扱いが難しい部類に入る。

「ソアン、久しぶり」

 ベイリーは口の中の干し草を食み続けるルークヘッド、ソアンに駆け寄り、鼻先をゴシゴシと撫でた。厳しい直射日光や乾燥、砂嵐にも負けない分厚い皮膚は、弾力がありつつも非常に硬い。一方、砂漠の寒さにも耐えれるよう柔らかい被毛に覆われているため、遠目から見ると毛の生えた大岩のようにも見える。

「ちゃんとベイリーのこと覚えてるようだな」

 鼻息を鳴らし、ベイリーの掌に鼻先をこすりつけるソアンに、ゴーリンは破顔した。

一口解説:リリアン

東部沿岸都市。

製紙業や金属加工業の第二次産業が盛んで、ベンスリー商会の紙は広く流通している。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ