密談
静かに遠ざかっていくベイリーの影と青白い光を見送り、ダンデライオンはいつの間にか目の前に迫っていたイチカワを睨み下ろした。
「なんの用だ」
「まあまあ。そんなに警戒しないでよ」
「お前を警戒しない方がおかしい」
見た目も、声も、その立ち振る舞いも、どれをとっても不審者でしかないイチカワに気を許すベイリーの方が稀なのだ。ダンデライオンの主張に、それもそうだ、とイチカワは肩を小刻みに揺らす。
「また会えてたのしかったよ、バーミリオン」
「……」
「あれ以来、むこうとは連絡とってないの?」
「そんな義理はない」
「そうだねぇ。朱翼ちゃんはもうダンデライオンだもんね」
「そんなこと話したいんじゃないだろ」
話を蒸し返すイチカワを無視し、ダンデライオンを呼び止めた理由を追及する。
付き合いが悪いとイチカワはつまらなそうに文句を垂れるが、ダンデライオンは頑なに相手をしない。
「ぼく、顔なじみすくないんだから、すこしくらい相手してくれてもいいじゃん」
「俺の知ったところじゃない」
「もー。赤毛ちゃんとあって、少しはまるくなったと思ったのに」
「早くしろ」
「はいはい」
相手のすべてを拒絶するように、松明を持ったまま腕組みをするダンデライオンの横を通り過ぎ、イチカワは出口へと歩き出す。
「単刀直入に言うと、赤毛ちゃんにはきみの正体をきちんとつたえた方がいいよってはなし」
イチカワの数歩後ろを歩くダンデライオンは、口を開かず話の続きを待つ。
「不死鳥のちからのことを知られれば、ヘデラは朱翼ちゃんもねらうようになるよ」
「知りようがないだろ」
「赤毛ちゃんに何かあったとき、ちからを使わないと?」
フードがねじれてダンデライオンを振り返る。
「かれを守りたいんでしょ?」
「仮に使ったとして、俺の力がなにに由来するのかなんて、わからないだろう」
「……まぁ、いまの子たちはじじょうを知らないからね」
「そういうことだ」
「でも、赤毛ちゃんとは情報をきょうゆうしておかなきゃ。いざというとき、混乱しちゃうよ」
フードの位置を正面に戻したと思えば、イチカワは足を止めて体ごとダンデライオンに向き合った。
「いきなり化け物になってごらんよ。びっくりして逃げられてもいいの?」
首を伸ばして顔を覗き込むイチカワの表情は闇に紛れて伺えないが、珍しく心配していることは感じ取れた。
ダンデライオンは鼻を鳴らし、「ベイリーはそういうやつじゃない」と断言する。
「あの子は、ベンジャミンとは違うんだよ」
「当然だろ。ベンジャミンは死んだ」
「あら。やっとかれの死をうけ入れたんだ」
虚を突かれたように立ち尽くすイチカワを横目に、ダンデライオンは坑道の出口を目指す。
「あんなに凹んでたのに」
「あれから半世紀は経つ。時間が傷を癒すこともある」
「きざな言い方するねぇ」
大股で歩くダンデライオンを小走りで追いかけるイチカワだが、不思議と足音が一切しない。わずかに視線を落として足元を確認すると、イチカワの両足は地上からわずかに浮いていた。
ますます人間離れした動きをするイチカワに、ダンデライオンは嘆息する。
「こんなに人外ですって言ってるようなもんなのに、なんでお前が精霊だって気づかなかったんだ」
「繋ぎ人じゃないからだよ」
ズバリ言われて、ダンデライオンは口を閉じる。
「一部のひとや砂の民ならともかく、せいれいは信じられていないんだから。朱翼ちゃんだって、せいれいについては懐疑的だったでしょ」
「俺は砂の民だぜ? 精霊も繋ぎ人も俺の根幹にかかわる」
「その設定もしょせんは、ただの隠れ蓑でしょ。ま、おかげで赤毛ちゃんに受け入れられたんだろうから、よかったんだろうけど」
まるでベイリーとダンデライオンの馴れ初めを見てきたかのような言動に、ダンデライオンはイチカワを見下ろした。
「お前が仕組んだのか」
「ん?」
「俺とベイリーが、砂の民と繋ぎ人として出会うってシナリオを」
ダンデライオンの脳裏に、イチカワと初めて出会ったときの記憶がよぎる。今と変わらぬ奇抜な姿で、憔悴し座り込むダンデライオンを見下ろしてきて、言った。「また会えるよ」と。
「ああ、そんなこと言ったっけね」
遠い記憶を掘り返しているのか、イチカワの頭が天井を向く。
「で、そうなのか」
「まさか。たまたまだよ」
「たまたま、ベイリーと俺が出会うことを知ってたのか?」
「君たちがひきよせられることは知ってたよ。そういう星のもとに生まれてきてるからね」
「星……」
「でも、その『ひと』が赤毛ちゃんだったのも、赤毛ちゃんが繋ぎ人だったのもぐうぜんだし、ヘデラにつかまっていたのもぐうぜん。ヘデラとのつながりさえなければ、ぼくが赤毛ちゃんと知り合うこともなかったよ」
だから、ベイリーとダンデライオンが出会ったのはイチカワの思惑ではなく、偶然のなせる業だ。そう主張するイチカワを、ダンデライオンは口を堅く結んで見つめる。
「ベンジャミンはもういないけど、彼は輪廻の一部だからね。赤毛ちゃんがそうだとは断言しないけど、彼にちかしいものを、赤毛ちゃんからかんじてるんでしょ?」
イチカワから視線を向けられ、お互いの視線がかち合う前に、ダンデライオンはそっぽを向く。
「ベイリーと一緒にいようと思ったのは、ベンジャミンに似てるからってだけじゃない」
「ふふ。赤毛ちゃん、かわいい顔してるもんね」
揶揄うようなイチカワの声にダンデライオンは眉尻を吊り上げるが、反論してもさらにいじられるだけなので、聞こえなかったことにして前に進む。
もう少し歩けば、出口が見える頃だ。
「ベイリーを助けたのも、たまたまなのか?」
「あれ? まだその話つづけるの?」
そう言いつつ、イチカワは「赤毛ちゃんは、ぼくの野望のために助けたんだよ」淡々と続ける。
「赤毛ちゃんだから助けたわけじゃない」
「ヘデラの壊滅のため、ってか」
「そう」
あっさりとした声音には嘘偽りはなく、イチカワがベイリーを助け出したのは本当にたまたまだったと裏付ける。
ふと、イチカワが足を止めたので、ダンデライオンも立ち止まる。
松明でも照らしきれなかった暗闇はいつのまにか薄まり、出口の方から差し込む太陽の光が坑道を照らし始めていた。
ダンデライオンはポケットから消火魔法の魔法小瓶を取り出しながら問う。
「どうしてヘデラの壊滅に固執する?」
「危険だからだよ。ヘデラの厄介なところは、その実行力だね。ちゅうとはんぱに力をつけた精霊王をそそのかして、受肉させ、その褒賞としてきょうだいな力を自分たちのものにして振り回す。精霊っていうのは、ほんらいとても穏やかなせいしつなのにね」
万物に宿るとされる精霊。その大多数は無害かつ無力な小さな存在であり、個として自立し自我を持つには相当の力が必要だ。偶然にも力を得た精霊はそれなりに存在するが、それでも自発的に人を傷つけるような思想をもつことはほとんどない。
「ヘデラの思想にそまった精霊は、もう、精霊じゃない。ただの兵器だよ」
「そうだな」
「ぼくがヘデラをつぶしたい理由、納得した?」
ぐい、とフードが傾く。
その気味の悪い動きにダンデライオンは一歩後ずさると、太陽に照らされてなお漆黒の闇に包まれたフードの中身から目を逸らした。
「お前、姿かたちを自在に作れるんだったら、もう少し人っぽくしたらどうだ?」
「それじゃ、おもしろくないじゃん」
「どんな面白みだよ」
肩を落として再び歩き出したダンデライオンの背中を、イチカワは笑いながら追いかける。
一口解説:精霊信仰
精霊を信仰しているのは砂の民と一部の人間にとどまり、
基本的に精霊の存在は認知されていない。
しかし、この大陸に命を吹き込んだのは精霊であり、
人間を生み出したのも精霊であると記された古書が、砂の民の集落で発見されている。




