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ヘデラとウルガルト

 当時その場に居合わせたイチカワは、追手を払い、道を示し、行く先もわからずただ前に前に走るベイリーを建物の外へ導くと、共に砂漠の中へ消えた。

「あの組織、名前はなんだったっけ。……えーと、『ヘデラ』だっけ」

「ヘデラ? 聞いたことないな」

 砂漠を歩く身として、各地域を仕切るギルドや大きな組織にはアンテナを張っているダンデライオンだが、聞き覚えのない組織に首をひねる。

「公に名乗ってないからな。それに、組織の人間たちは『家族』と呼んでる」

「家族ぅ?」

 今度は急に胡散臭くなった呼び名に、ダンデライオンは盛大に顔をしかめる。その顕著な表情に、ベイリーも苦笑を浮かべた。

 ベイリーもダンデライオンも、そしてイチカワも、家族の定義が一般的には共に支え合い生きる、絆で結ばれた小さな集団であることを知っている。

 その「家族」がベイリーに傷を負わせというのだから、表情筋も強張るというものだ。

「そんなヘデラと、ぼくは因縁があってね。ヘデラを潰そうと、それはそれは昔からたくらんでるんだ」

「潰す?」

「うん。壊滅させたいんだ」

 物騒なことを言っているのに、イチカワの声音は軽く明るい。

「あいつらの隙をうかがってたら、赤毛ちゃんがビノークリを拒絶してよわらせたでしょ。ぼくにとっても都合がよかったんだよ」

「ビノークリ」

「俺を器にしようとした精霊王の名前らしい」

「気性のあらい、若輩者だよ」

 イチカワは鼻でせせら笑うように言う。数多いる精霊と一線を画す強い力と、確固たる自我を持って初めて精霊は王を名乗れる。長い歴史の中で多くの精霊王が誕生しているが、ビノークリは精霊王になってまだ日の浅い個体だ。

「あれは、じぶんが一番つよいって、本気でおもってるんだ」

「ヘデラがおだててるのも原因だろう」

 ベイリーは服の上から脇腹をかきながら、肩をすくめた。

 そこには、ビノークリによってつけられたと思われる傷跡がはっきりと残っている。ただし、ベイリーにその記憶はなく、傷の状態をみたイチカワがそう推測したにすぎない。

「精霊に人を傷つける意思があるとは、驚きだった」

「俺含め、砂の民が聞いたら泣きそうな話だな」

 思い描いていた精霊像とかけ離れた姿に、ダンデライオンは深く嘆息した。

「で、そのヘデラって組織の目的はなんだ?」

 繋ぎ人を精霊王に献上する、という情報しか持たないダンデライオンは、ベイリーとイチカワを交互に見る。

「今のところ繋ぎ人を捕まえて、精霊王の器を作る組織ってイメージだが」

「その通りだよ」

 ダンデライオンのヘデラに対する解釈を素早く肯定し、イチカワは続ける。

「そして精霊のちからをもって、大地をしはいし、すべての生命をひとつの家族とする。それが、あいつらの目的だよ」

「一つの家族……」

「ばかばかしいよね。この大陸は、誰のものでもないのに」

 ふるふるとフードを揺らし、イチカワは細い足を動かしベイリーとダンデライオンの目の前まで移動してきた。

「さて、ヘデラの話はこれくらいにして。本題にもどろうか。ローズガーデンに現れたのは、メチコ・ブーチェとウイ・リビングストン。赤毛ちゃんはそうみてるんだよね」

「ああ。身体的特徴と、水源を閉じるという所業からそう判断した」

 距離を縮めてもなお見えないフードの中を覗き込んで、ベイリーは囁く。

「ウイは生きてる」

「そう願うよ」

「生きてる? どういうことだ」

 少し遠くなったダンデライオンの声に振り返ると、近づいてきたイチカワから距離を置くように、静かに後ずさっているところだった。

 その様子にベイリーがイチカワへ視線を戻すと、やれやれと言わんばかりに肩をすくめ、頭を緩く振る。「朱翼ちゃんにきらわれてるみたい」そう呟くと、すぐさまダンデライオンから「当然だろ」と鋭い声が飛んだ。

「で、ウイが生きてるっていうのは、どういうことだ? 死んだと思われてたのか?」

 ベイリーの横、またはすぐ後ろという定位置を放り出し、ダンデライオンはベイリーとイチカワから五歩ほど距離を置いた場所で立ち止まった。

 しかし会話に参加する意思はあると示すように、視線はまっすぐと青白い魔法石の光に照らされる二人を見つめている。

 ベイリーはわずかに立ち位置を整え、ダンデライオンとイチカワの双方に視線を配りながら話を続けた。

「大前提として、イチカワはヘデラを潰すのと同時に、繋ぎ人を助けようとしてるんだ」

「つまり、ウイ・リビングストンは繋ぎ人だと?」

「ああ。ウイはまだ子どもだから器としては未熟で、組織では受肉した精霊王の世話係として働いてた」

「じゃあもう一人の、美人っていわれてた女は?」

「彼女も繋ぎ人だったよ。昔はね」

「昔はってことは」

「そう。彼女、メチコ・ブーチェは水の精霊王、ウルガルトの器になって死んだ。いま、彼女の肉体に宿るのは、ウルガルトだ」

 メチコ・ブーチェがウルガルトに献上されたのは三年前。

 その当時、組織に囚われていた繋ぎ人はメチコとウイ、そしてベイリーの三名だった。

「ウルガルトは女性の器を欲していた。適正と判断されたのが、メチコだったんだ」

「で、器をえた」

 ダンデライオンの言葉に、ベイリーとイチカワはそろって頷く。

「おチビちゃん、ウイはまだ十歳。繋ぎ人がうつわとして安定するのは、成人をむかえてからだと、ヘデラは認識してるみたい」

「十六ってことか」

「そう。ちなみに、赤毛ちゃんはビノークリがわがまま言って、成人前にさしだされた結果、儀式にしっぱいしたわけ」

「成人前? ベイリー、いま何歳なんだ?」

 体格や態度から十代後半と推測していたダンデライオンからの確認に、ベイリーは肩をすくめる。

「さあ。生まれ年がわからないから、正確には分からない」

「誕生日を知らないのか」

「物心つく前から組織にいたからな。最初こそ、赤ん坊のときに組織に保護されたって教えられてきたが、そのうちそれが嘘だって気づいた。どこかの家から拉致されてきたんだろうな」

 ウイ・リビングストンがそうだったように。

 ベイリーは視線を足元に落とし、幼い彼女が組織へ連れてこられた時のことを思い出した。あまり、良い記憶とは言えない。

「繋ぎ人っていうのは、つごうよく利用したいやつらの中でうまれないからね」

「反吐が出るぜ」

 ダンデライオンの心からの言葉に、ベイリーは微笑した。

「本当にな」

「ちなみに赤毛ちゃんは、だいたい十五歳くらいよ。ヘデラから逃げ出したのが、二年前」

「十五? 成人してるかと思ってたぜ」

「してるつもりだ」

 出自を知らず、出生を証明するものが何もない以上、正確な年齢を知ることはできない。イチカワの言う通り十五歳前後ではあるのだろうが、ベイリーは自分が成人している体で生きている。

「そんなことより、ウイのことだが」

 出自不明や年齢不明という不遇をさらりと横に流し、ベイリーは本題に戻る。

「街に現れたのがメチコ・ブーチェの姿をしていたのなら、ウルガルトの世話係として、ウイは行動をともにしてる可能性が高い。つまり、まだウイとして生きているってことだ」

 強い力を持つ精霊王が、連れ立って行動することはほとんどない。

 ウイがまだウイとして生存している可能性が大きいことを主張すると、イチカワは少し思案した後「そうだね」と頷いた。

「ウルガルトの性格をかんがえても、ほかの精霊王となれあったりはしないだろうからね」

「で、お前はウイって子を助けに行くのか?」

 ダンデライオンの問いかけに、イチカワは頭を振る。

「そうしたいのはやまやまだけど、ぼく自身はウルガルトに手がだせないんだ」

「そこらの精霊王より強いんじゃなかったのか?」

「強いからこそ、目の敵にされててね。ぼくの居場所がしられれば、ヘデラは総動員でぼくのことを潰しにきちゃうんだよ」

「返り討ちにしちまえよ」

「多勢に無勢ってことば、朱翼ちゃんならしってるでしょ」

 どんなことがあっても、ぼくが消えるわけにはいかないんだよ。そうイチカワは機嫌よく告げると、さらに遠ざかった様子のダンデライオンをベイリーの肩越しに見つめた。

「ぼくが消えたら、だれが『白鳥』を追い返せるか、よぉくかんがえてごらん」

「白鳥?」

 イチカワの視線を追って、ベイリーもダンデライオンを振り返る。

「朱翼ちゃんがだいきらいな人のこと」

「大嫌い……」

「うん。でも、自分じゃたちうちできない相手なんだよね」

「余計なことは言わなくていい」

 首をかしげるベイリーの傍らへ早足で移動し、ダンデライオンはベイリーの腕を引っ張った。

「無駄話しかしないんだったら、もう行くぞ」

「いや、まだ本題が」

「ああ、ごめんごめんって」

 イチカワはクスクスと体をくねらせ、「朱翼ちゃんとは、相性がわるくてねぇ」と笑う。

「ここを不気味におもっていたのも、ぼくが潜んでいたからだろうね」

「まさかお前の気配だとは、思わなかったけどな」

「ふふ。そうかんたんに気取られるぼくじゃないよ」

 硬い声をなだめるように、イチカワは声を和らげて言う。

「赤毛ちゃんはちゃんと、ぼくに気づいていたよ?」

「気づくというか、あんたの気配はそこらの精霊と比べ物にならない」

 繋ぎ人だからこそ感じ取れるものがあるのか、イチカワの気配に気づいたことは何ら特別なことではないとベイリーは頭を振った。

「そう? おかしいなぁ。繋ぎ人にも、ほかのせいれいにも感知させないようにしてるんだけどね」

「そういわれてもな」

 ベイリーは困ったように首をひねった。

「ま、それはいいとして」

 イチカワはパタパタと袖を揺らし、いまだベイリーの腕を引っ張るダンデライオンの注意を引く。

「本題はシンプルだよ。ウイを見つけたら、助けてあげてねってこと」

「はぁ? ベイリーはそいつらに追われてる身だぞ。逃げ隠れこそすれ、助けてる余裕はないだろ」

 ダンデライオンの心からの声は思いのほか大きく、広場にわんと響く。尾を引く音が静まると、ベイリーは眉間に皺を寄せ不服を表明するダンデライオンを見上げた。

「もともと、そういう約束なんだよ」

 言いながら、腕に絡まるダンデライオンの腕を払う。

「助けてもらった後、一人で生きるための知識や技術を学ぶ代わりに、イチカワの手伝いをする約束なんだ」

「代償が危険すぎるだろ」

「そうかもしれない。でも、ウイも、もう遅いがメチコも、俺の同類だ。俺だけが、自由気ままに生きるのはズルいだろ?」

 まっすぐと向けられた双眸に、ダンデライオンは言い淀む。

「だいじょうぶ。危なくなったらフォローするよ」

 ベイリーの安全と意思、どちらを優先すべきか悩む様子のダンデライオンを安心させるようにイチカワが明るく宣言する。その言葉にベイリーはありがとうと頷いた。

「俺にできることは、できる限りする。それでいいよな」

「もちろん。ふたりに接触できるだけでも、上々だよ」 

「わかった」

「……人間の体を持ってるって言っても、精霊王なんだろ」

「ああ。でも安心しろ。俺は繋ぎ人だ。普通の人よりも勝機はある」

 立ち尽くすダンデライオンの腕を軽く叩き、ベイリーは広場の出口へと歩き出した。

「そろそろ外に出よう」

「ああ」

「じゃあ、朱翼ちゃんとちょっとお話したいから、赤毛ちゃんは先にいってて」

「わかった。……あまり、刺激してやるなよ」

「だいじょうぶよ」

 イチカワに釘を刺し、ベイリーは一人で坑道を進んでいった。

一口解説:メチコ・ブーチェ

水の精霊王ウルガルトに肉体を器として奪われた繋ぎ人。

十八歳と、当時ヘデラに囚われていた繋ぎ人の中では最年長で、

面倒見のいい、人当たりのいい女性だった。

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