魔女と魔法
年明け1月2日(金)の更新はおやすみです。
皆さま良いお年を&良い新年をお迎えください。
ローズガーデンは、いつも通りそこにあった。
街の入り口が遠目に見える辺りで岩陰に隠れ、腹ばいになって様子をうかがっていたベイリーとダンデライオンは、慌ただしく街を出入りする人の数に眉をひそめた。
「なんの騒ぎだ」
「分からない。でも、精霊の気配が感じられない」
「精霊がいないのか?」
「いるにはいる。ただ、今まで感じ取れていた水の精霊の気配がほとんどなくなってる」
岩陰にわずかに生えた草を撫でていたベイリーは、そのさらに下、地中から感じるはずの精霊の気配を探るように目を閉じる。
しかし、地下水脈周辺にいるであろう精霊の気配はない。
「……街に行って話を聞いてくる。ベイリーはここで待機だ」
「いや、街を出るにしても荷物が」
立ち上がろうと顔を上げたベイリーの目と鼻の先に指を置き、ダンデライオンは「待機だ」と言い含めてさっさと街に向かって歩いて行ってしまった。
ベイリーはその後ろ姿を憮然と見送り、ダンデライオンが街の入り口で人を捕まえ話を聞いてる様子を少しとも見ないうちに、岩陰に腰を下ろした。
日陰のお陰でひんやりと冷たい砂を一掴み手に取り、ギュッと握りしめてから手を開く。
「少し手を貸してくれ」
ベイリーの体温でわずかに温められた砂は、あっという間に風の中に舞い上がり、風に乗って街の中へ飛んでいった。
しばらくしないうちに、ベイリーの耳元に音が届き始める。
「井戸が枯れたって本当か」
「井戸どころか、地下水脈ごと干上がったらしい」
「ええ?」
僅かに低くした声が響く。
「今朝はなんともなかったじゃないか」
「どうにも、魔女が来たって話だ」
「魔女? 魔女は王都にしかいないって話だろ」
ヒソヒソと交わされる声音から、住人たちが額を寄せ合い話す姿が目に浮かぶ。
二、三人で話していたところに、それまでの心配の色が濃い声と違って、この状況を楽しんでいる様子の軽い声が加わる。
「いいや。それは国が管理してる魔女だけの話らしい。国の目を盗んで、自由気ままにやってる魔女は一定数いて、その中でも、不幸を運ぶ黒魔女っていうのがいてな、そいつがここの水を奪っていったって、商人のヤツが言ってたぜ」
「そんな与太話、誰が信じるか」
呆れた声が加わる。軽い声の男と一緒に住人たちの立ち話に合流したようだ。
「人為的だったとして、ここの水源を奪うメリットがわからないな」
「黒魔女は人を不幸にするのを生業にしてるんだ」
「暇な魔女がいるもんだな」
呆れ声の男は、魔女に辺境の水源を枯らすほどの余裕はないと続ける。ほとんどの魔女は、国や軍部、市場に出回るインスタント魔法の生産で猫の手も借りたい状況なのだ。
「それより、ここはデエダラまでの最大の中継地だろ。水がないってなったら、あっちに影響が出てないか心配だ」
「デエダラ? あいつらは少しくらい苦労するべきだろ」
話題が飛び始めたタイミングで、ベイリーは耳元に届く声を遮断した。
「……水源が枯れた。だから、水が遠く感じられたのか」
常日頃から傍に在った気配が希薄になっている理由に、痛む頭を片手で抑える。その周囲を、街から戻ってきた風の精霊が、砂の形を自在に変えながら舞う。
「ここは水源が安定してるから来たのに」
以前暮らしていたウエストイーアが砂に呑まれ、ローズガーデンへ移ってからまだ半月しか経っていない。顔なじみと出会わないよう――ゴーリン・ドッタは例外――あえてウエストイーアから遠い地を選んだために、移動時間の方がよっぽど長かったくらいだ。
ダンデライオンの言う通り、このまま街を離れるしかないのかもしれない。そう考え始め、しかして水が枯れたという事実だけならば、借りている部屋に戻り荷物をまとめる時間はあると、ベイリーは腰を上げた。
荒廃した砂漠を歩く日々を想像し、肩を落としながら岩の影を出ると、ちょうど街から戻ってきたダンデライオンと鉢合わせた。
「ベイリー、待ってろって言っただろ?」
深刻な面持ちのベイリーに対し、街で直接ことのあらましを確認してきたダンデライオンは、何事もなかったかのような表情を浮かべていた。
「水が枯れた街は終わりだ。次の場所に行くにも食料がいる。だから、部屋に戻って荷造りしようと」
「なんだ、精霊の力で話を聞いてたのか? じゃあ、ほら」
手渡されたのは、筒袋に包まれた刀だった。
呆然と渡された刀を見つめるベイリーに、ダンデライオンは肩に担いだ麻袋も揺らして見せる。
「食料も、大方回収してきた」
「……いやいや、どうやって部屋に入ったんだ!」
ベイリーが相場の三倍近くの大金を払って借りていた部屋には、契約主しか開けないよう魔法が施された特殊な扉がある。以前ダンデライオンにも説明した通り、部屋とかかわりのない他人が扉を開くと、その向こうには壁しか現れない仕組みだ。
憤慨するベイリーに、舞い踊る砂と戯れていたダンデライオンはにやりと笑う。
「昔、魔法をかじった時期があってな。あれくらいのレベルの魔法陣なら、読み解く技量はあるんだぜ?」
「納得するか! 魔力が込められた魔法陣は、魔女以外が書き換えたり破壊したりできないはずだぞ!」
魔法は魔力をもつ生命にしか扱えず、生涯を魔術――魔女のみが扱う魔法の総称――の研究に捧げる魔女によって開発された魔法の多くは、発動も解除も「魔女であること」が前提条件となっている。たとえば高い魔力と知能を持つ魔法生物、ケット・シーが魔術を使おうとしても、魔女でないがゆえに発動することはないのだ。
一般常識を当たり前のように覆す言動に、ベイリーは眉尻を吊り上げる。
「魔力を持たない人間は、魔法を扱えない」
「そうだな。だが、読み解くくらいはできる」
得意げに口角を釣り上げ、ダンデライオンは街に背を向け歩き出してしまう。
まだまだ追及しようと口を開きかけていたベイリーは、「そういえば」と素早く割り込んできたダンデライオンの声に口をつぐんだ。
「街で商人のじいさんにあったぜ」
「ゴーリン・ドッタ?」
「ああ。街を離れるなら、ここから北に十日くらいの場所にあるリトル・フィグっていうオアシスがおすすめだそうだ」
沿岸部から内陸へ伸びる街道の中継地だが、ゴーリン曰く鼻の利く住人が町を統括しているため、問題を起こさなければ問題に巻き込まれることはないという。
「他に候補があれば、聞くぜ」
「こんなに早く動くことになると思ってなかったから、ない」
聞いてすぐ不機嫌とわかるぶっきらぼうな声に、ダンデライオンはベイリーを振り返った。
「拗ねるなよ。魔法陣を読むのは簡単だ。転送魔法が発動することでどこに繋がるか。それを読むだけだ」
「それが、できないはずだって話で」
「できるんだって」
「……」
「ベイリーはアダトの近くにある、小さな島国の文字は読めるか?」
唐突な質問に、ベイリーは訝し気な視線を向けるが、すぐにその質問の意図を理解し嘆息した。
「つまり、魔法陣を読むのは別言語の文章を読むようなもの、って言いたいのか?」
「そういうことだ。な? 読むだけなら、魔力がなくたって不可能じゃないだろう?」
知らない言語なら解読不能だとしても、文字を知り単語を覚え文法を理解していれば、解読はできる。
「じゃあ、お前はその魔法陣を読み解いて、部屋の場所を突き止め、荷物を取り出してきたってことだな」
「ああ。予想通り、あの壁の向こうに部屋はあったぜ」
「は?」
カラカラと笑うダンデライオンに、ベイリーは詰め寄る。
「壁の向こうって、扉の向こうにってことか?」
「ああ。こんな辺鄙な場所で物件を持ち、別の場所にも部屋を準備して、しかもその距離を転送させるだけの魔法をわざわざ使うほど、あの大家も馬鹿じゃないだろ」
沿岸部であろうと砂漠であろうと、魔法陣を扱った魔法は安くない。壁一枚とはいえ、扉の向こうに部屋がないと錯覚させるだけでも防犯の意味は十分ある。楽しそうに語られるダンデライオンの言葉に、ベイリーは納得せざるを得ない。
「壁の向こうに行くには転送魔法が必要だが、まぁ、そこは力業を使わせてもらった」
「力業?」
「壁を壊して侵入」
「ええ?」
呆れた表情のベイリーに、ダンデライオンは肩をすくめる。
「窓から侵入しようにも、窓には防護魔法がかかってたからな。壁を壊すくらいしか方法がなかったんだ」
短時間で石の壁を破壊することが可能なのか、誰にも見つからずに遂行できるものなのか、そもそも、どうやって壁を破壊したのか。次々に浮かぶ疑問の中からベイリーが選んだのは、深い深いため息だった。
「はぁ」
「部屋には少しの金と、俺のライフル銃と弾を置いてきた。修理代の足しにはなるだろ」
「そういうことじゃない……」
頭を抱えるベイリーを横目に、ダンデライオンは鼻歌を歌い始める。
それはいつぞやに、ダンデライオン本人が作詞作曲した「ダンデライオンの歌」だった。
一口解説:ケット・シー
高度な魔力と知能を持つ魔法生物。
後ろ足で歩行する、二股の尾をもつ猫の姿をしており、
体長は一メートルほど。沿岸部を除く地域に集落が点在し、環境によって体毛や体格に違いがある。




