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助っ人

「火は、マッチか?」

「布に油を吸わせてないから、それだと長持ちしない」

 指摘の通り、枝を束ねて作られた棒の先に巻かれた布は、完全に乾いている。これに火をつけたところで、あっという間に燃え尽きるのは、火を見るより明らかだ。

 それなら、とダンデライオンがズボンのポケットに手を伸ばす前に、ベイリーはチェストリグのポケットから缶を一つ取り出した。

 携帯用の小さな缶の中から出てきたのは、小指ほどの大きさの魔法小瓶で、耐魔ガラスの中で小さく燻るのは、魔法で生み出された火だ。

「魔法の火を使う」

「なるほどな。それなら、なかなか燃え尽きないな」

 魔法によって生み出された火は簡単には消えないのが売りで、布や木材などの素材はもちろんだが、空中に漂う僅かな魔力も燃料にして燃えるため、最悪火元となる素材がなくてもしばらくは燃え続ける。逆に消すのが難しく、素材を燃やしきって鎮火するのを待つか、火自体の魔力が切れるのを待つか、はたまた魔法製の火と同レベルの水魔法を使わなければ消火できない。

 ベイリーは缶の中にセットで入れていた水魔法の魔法小瓶をポーチに入れ、消火魔法とも呼ばれる緊急用魔法小瓶の場所をダンデライオンに示す。

「消火するときには、この小瓶を割ればいい」

「承知した」 

 ダンデライオンが頷く間に、ベイリーは小瓶の蓋を外し小さな火種を松明の先へ転がした。

 先にダンデライオンが持つ松明に火がつき、続いて足元に置いてあった松明を手に取り火を灯す。

「よし。じゃあ、ちょっと中の方へ行こう」

 小さな瓶の中でくすぶっていたとは思えない火力で燃え上がる松明が照らし出したのは、作業員数十名が収容できるほどの巨大な空間だった。ランタンと松明二つでも最奥は照らし出せないが、入ってきた坑道とは別に三つの横穴が見える。

「あのどれかに入るのか?」

 大きく口を開く暗闇からは、唸るような音が地を這って響いている。風のいたずらか、他に原因があるのかは不明だが、愉快とは程遠い環境音にダンデライオンは一つ身震いした。そして「あの穴、気味が悪いぜ」ぼんやりと灯りに照らされる坑道を指さす。

「あの中には入らない」

「古い坑道だろ? クリスタルスピカはあの奥なんじゃないのか?」

 空間の中央へ歩いていくベイリーの背に張り付くダンデライオンは、歩く先に目を向ける。踏み固められた地面には、鉱石が落ちているわけでもなければ新しい採掘跡があるわけでもない。しかしすぐに、ベイリーの目的地は判明した。

 松明に照らされたのは、小さく盛り上がった土の山だ。

「モグラか?」

「似たようなものかもな」

 ベイリーは小山の傍らに膝を突き、松明をダンデライオンに渡す。

 両手に松明を持つことになったダンデライオンは、ベイリーの手元に影が落ちないよう、向かい合うように立ち位置を調整する。

 その間にもベイリーは小山から土を掬い、手の中に包み込んだ。

 ダンデライオンが見守る中、ベイリーは両手の隙間に口を寄せ、そっと息を吹き込む。

 しばらくしないうちに、わずかに空いた隙間から、もぞもぞと小さな塊が這い出てきた。一見すると土の塊だが、ベイリーの手のひらでキョロキョロと辺りを見回す姿は、砂漠では珍しくないホソハナスナネズミだった。

「土の精霊だ。力を貸してくれる」

 ゆっくりと地面に下ろされたホソハナスナネズミ――の形を得た精霊――は、地面を歩くことが新鮮なのか、少し歩いては立ち止まり、走ってみては立ち止まり、飛び跳ねては立ち止まり、と挙動不審だったが、その様子は楽しそうだ。

 ダンデライオンはベイリーの向かい側に膝をつくと、彼らの周りをちょろちょろと動き回る精霊を静かに見つめた。

「可愛いだろ。器を得た精霊は、地面を踏みしめるってことにまず感動するみたいだ」

 精霊がご機嫌に走り回るのを横目に、ベイリーは新しい土を手に包み、同じように息を吹き込む。すると新しいホソハナスナネズミが手の中から現れ、一匹目と同じように地面を走り始めた。

 ベイリーは土の小山がなくなるまで器作りを続け、六体目の器を作ったところで一息ついた。

 最初の方に器を得た数体の精霊は、ベイリーの頭や肩に乗り、ひげを揺らしながら新たな仲間を観察している。

「さ、満足したら、クリスタルスピカをとってきてくれ」

 ベイリーとダンデライオンの周りで無邪気に遊んでいた精霊たちは、ベイリーの声かけで二人の間に集まり、小さな輪を作った。

「ここで採れるのか?」

「まあ、見てればわかる」

 今まで聞いたことのない、ふわりと浮くような声音にダンデライオンが顔を上げると、ベイリーは温かいまなざしを精霊たちに向けていた。

 ベイリーにつられて再度足元へ視線を向けると、精霊たちは後ろ足で立ち上がり、何かを掻き上げるように短い前足を下から上へ動かしている。しばらくすると、輪の中心から土が盛り上がり、粘土質の土の塊がいくつも転がり出てきた。

 輪を作る精霊の一体が土の塊を前足で押してベイリーの元へ運び、その数が五つになったところで精霊たちは動きを止めた。

「ありがとう。助かったよ」

 揃って顔を上げ、ベイリーに向かってヒゲを揺らした精霊たちは、それぞれピョンと跳ねると、一瞬で土くれに戻ってしまった。

「あっ」

 唐突な別れに、ダンデライオンは思わず声を漏らす。

「それぞれのあるべき場所に戻っただけだ」

「じゃあ、また呼べば来てくれるのか?」

 ダンデライオンの問いに、ベイリーは苦い笑みを浮かべ、六つの土の小山を一つの山に整えながら答える。

「別の精霊が、になる」

「同じ精霊が繰り返し来ることはないのか?」

「ないことはないが、珍しいことだな。身の回りの多くの精霊は、とても短い周期を巡ってるんだ」

「生死ってことか?」

 ダンデライオンの解釈に、ベイリーは首を振って説明する。

 精霊に生や死といった現象はなく、「出現と消滅」のほうが精霊が辿るサイクルの的確な表現といえる。火が熾り、消えるように、精霊もふと現れ、ふと消える。その循環は力の弱い精霊ほど早く、力の強い精霊ほど遅い。

「さっきの精霊は、ごくわずかな時間を一緒に過ごしてくれたんだ」

「それは、感謝しないとな」

 ダンデライオンは今はどこにいるかもわからない精霊に向け、「ありがとう」と謝意を示した。

「喜んでる」

 ベイリーの表情が僅かに柔らかくなったのを見て、ダンデライオンはその視線の先へ顔を向けるが、やはりベイリーに見えているものは見えなかった。

「はぁ。俺にも精霊が見えたらなぁ」

「見えない方が幸せってこともあるだろ」

 しみじみと零すダンデライオンは放って、ベイリーは精霊の協力で得た成果を麻袋に詰め始めた。

一口解説:ハナホソスナネズミ

体長五~七センチ(尻尾除く)ほどのげっ歯類。

細く突き出た鼻が特徴的で、砂漠地帯ではよく見かける動物の一つ。

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