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おはよう

昔々に書き溜めていたものを、少しずつ見直しながら投稿していきます。

 出窓から差し込む日差しで、ベイリーは目を覚ました。

 眩しさに目を細めながら視線を窓へ向けると、ずいぶんと高い位置に太陽があるのが見える。

 ベイリーは少し体を動かすだけでギシギシと悲鳴をあげるベッドから体を起こすと、腕を天井に向けてうんと伸ばした。持ち上がったタンクトップから覗いた肌には、背部から左腹まで続く大きな古傷が走っていて、ベイリーはつっばる傷をカリカリと掻きながら首を左右に揺らし、大きなあくびを一つこぼす。

「寝たな。すごく寝た」

 止まらないあくびを噛み締め、いまだ睡眠を求める頭に言い聞かせる。

 錆の浮いた鉄製のベッドで床面積の半分が埋まる小さな部屋は、半月前にオーナーの知り合いから紹介された物件だ。くすんだ黄色の壁と、寝室――リビングともいう――にある大きな出窓が契約の決め手となった。契約した当時から手を加えていない部屋には備え付けのベッドと、埋め込み式のクローゼットがあるだけで、生活感はほとんどない。

 ベイリーはベッドから落ちた厚手の毛布を拾い、適当に畳みつつ出窓から見える街をぼんやりと眺めた。

 半月前にベイリーが転がり込んできた街、ローズガーデンはその名の通り薔薇の名所かつ名産地として知られ栄えた場所だった。郊外には広大なバラ園が広がり、街の中には噴水のある公園や青々とした芝生の広場が点在していた。しかしそれも過去の栄光であり、今では枯れ木が絡まる鉄のアーチに枯れた噴水、砂にすっかり覆われた広場が残されている。

 美しく瑞々しい街を襲ったのは、いまや国土の半分を砂で埋め尽そうとしている「砂漠化」という名の災害だ。ローズガーデンのようにかろうじて都市機能が残りつつも地面に砂が積もり、毎日のように砂嵐が襲う地域はもはや珍しくない。建物の足元が砂に覆われ、ライフラインが失われた都市、ひどいところではすべての建物が砂の下へ埋まり、完全なゴーストタウンと化した地域もある。

 以前暮らしていた場所で急激な砂漠化が進み、人が暮らしていくためのライフラインが砂に埋もれ始め、移動を余儀なくされたベイリーが逃げ込んだのが、比較的砂漠化が抑えられたローズガーデンだった。

 ベッドメイクを終えたベイリーはベッドサイドの椅子にかけていたシャツとズボンを身に着け、おおよそ砂漠歩きには向かない編み上げブーツを履くと、寝室の隣にある小ぢんまりとした洗面所へと移動した。

 大きくヒビの入った鏡には砂埃で汚れた顔が映りこむが、十分な睡眠のおかげか顔色は良い。少し癖のある赤髪と暗い紫の双眼から目をそらすように、ベイリーは小さな流しへ視線を落とす。

 砂漠化が進む中で、水は時に金よりも価値のあるものとなった。流しにある蛇口を捻ってもかつてのように水が溢れ出てくることはなく、虚しい金属音が響くだけだ。うっすらと砂が付着した流しをぼんやりと見つめ、しつこく残る眠気がだんだんと去っていくのを待つ。

 意識がハッキリしてきたところで、ベイリーは鏡の後ろにある戸棚を開き、水の入った容器を取り出した。

 水を二口ほど飲んで容器を棚に戻し、寝ぐせのついた髪に手櫛を通して洗面所を離れる。

「そろそろ切らないとな」

 手指の間を流れる髪の長さにうんざりしながら寝室に戻り、手荷物が減るという利便性から身に着けるようになったチェストリグを装着する。いくつものポケットに装備されているのは魔法が詰められた魔法小瓶や救急セットだ。

 魔法小瓶はインスタント魔法と呼ばれる消耗品の一つで、小瓶のほかにも魔法結晶や魔法液、魔法砂など様々な形がある。その中でも比較的安価で手に入る魔法小瓶は、瓶を割るもしくは蓋を開けることで簡単な元素魔法が使用できるため、旅の便利道具として重宝されている。

 ベイリーが携帯しているのは主に火種としての発火魔法で、そのほかに逃走用の煙幕魔法や護身用の硬直魔法などの魔法小瓶をポケットに詰めている。衝撃でガラスを割ってしまわないよう、ベイリーは魔法小瓶を小さな缶ケースに入れて携帯していた。

 チェストリグの次は腰にウエストポーチを巻く。ウエストポーチのベルト部分にはナイフ用のホルスターも装着されていて、サバイバルナイフが差し込まれている。

 装備品を一通り装着し終えると、ベイリーは玄関扉に取り付けたフックに引っかけていた薄手のマントを羽織り、頭には砂除けの布を巻いた。

 錆の浮かんだ家の鍵を持って玄関をでると、扉のすぐ隣で蹲っていた人影が勢いよく顔を上げた。

「おはようベイリー。よく眠れたか?」

 季節的には晩夏だが、砂漠の夜は季節関係なく冷える。日に日に冷え込んでいく夜をぼろ布一枚で乗りきった男は、ミシミシと鳴る体にうめき声をあげながら立ち上がった。

 ベイリーよりも上背のある若い男、ダンデライオンは血色の良い顔を見てニコニコと笑顔を浮かべる。

 一方のベイリーは不機嫌を隠さない仏頂面で、目の前のダンデライオンを睨み付けた。

 まず目につくのは、タンクトップの下から覗く首から手首にかけての刺青だ。肌全体を覆うようなものではないが、大きく彫られた紋様は目を引く。

 次に腰に装着された大経口の拳銃と大ぶりのククリナイフ、さらにナイフの柄から伸びる束ねられたピアノ線に視線を移す。

 腕の刺青に武装した姿を見ると砂漠地帯に蔓延る蛮族のようだが、さっぱりと刈り込まれた黒髪の代わりに細身の耳飾りを風にあそばせ、切れ長の瞳を細める姿は色男と表現するべきだろう。そんなダンデライオンは、ベイリーがローズガーデンへやってくる道中で勝手についてくるようになった、自称・用心棒だ。

「……いつまでいるつもりだ」

「おいおい、俺はベイリーの用心棒だぜ? こうしてベイリーの睡眠時間を夜通し守ったんだ。礼までは求めないが、せめて朝の挨拶くらいしようぜ?」

「俺は頼んでない」

 おどけた態度をとるダンデライオンに見向きもせず、ベイリーは外階段を下りていった。

一口解説:砂漠

極度に雨が少なく乾燥している土地の総称。

一言に砂漠といっても、「砂」だけが広がるのが砂漠ではなく、細かな乾いた土の大地や、岩石ばかりの場所なども条件によって砂漠と呼ばれる。


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