ぬいぐるみの来訪
ラメルアズル殿下は、どう思うだろう。
杖と箒を貶したり、……いきなり浮気をしたりしないだろうか。
雰囲気がヒスイに似ているのなら、可能性は低い。
でも、ヒスイはどちらかと言うと寡黙。ルリィも学園ではぼっちで、同棲したら毎日、行われるであろう雑談会話能力は低めだ。
ということは、会話のない夫婦になる可能性が高い。
会話がない夫婦は、だんだんと『白い結婚』になっていくのだろうか。
そして、ルリィは引きこもり、ラメルアズル殿下は『真の愛する人』を見つけて、浮気をし始めるのだろうか。
ゾクゾクゾクッとする。
皇帝陛下のように頭を抱えて、テーブルに肘をつく。
「もしや、これが『マリッジブルー』……?」
「まだ結婚はしてないじゃなーい。仮なんだから、気楽に行きましょうよ」
カーディナがのんびりという。
彼女は、おみやげのガラス細工を杖に埋めこむために、丸い空間をつくる加工魔法をかけている。
ガラス細工は八芒星の形をしたオーナメント。これもグラスとお皿同様、凄まじい彫物がされている。
これでは、また杖が美しくなってしまうではないか。
最高。うれしい。
またため息をついてしまった。
でも、心の中はなかなか快晴になってくれない。
「でも、一緒に暮らすのですよ。結婚と一緒です」
「そうねぇ。お試し結婚というやつなのかしら。
あの御方らしいわ」
あとくされのない、別れ?
「私、お母さまがハイアグリン皇太子殿下にしたように、試験されるのでしょうか」
ヒスイは修理の手を止め、上を見ながら思案する。
「まぁ、そうかもしれないね。
第七皇子殿下は、瑠璃を可愛くてか弱い女性とイメージしているようだから」
「可愛いのは間違ってないわね。か弱くはないはずだけど」
両親はケラケラ笑い合う。
親バカである。でも、なんだか毒気が抜けてしまった。ようやく気持ちも晴れた。
「さぁ、杖の飾りつけが終わったわ。ルリィの魔法陣をみせて」
「はい」
カーディナから杖を受け取り、テーブルの横の広い空間にたつ。ヒスイも鞍をテーブルに置き、こちらを見てくれる。
「私は『ヤオロズ・ルリィ・マギア・エステル』。
杖・『ベルリネッタ』よ。
精霊界と繋がるための架け橋となれ」
そう唱えて、杖で床をつつく。つついたところから、魔法陣が現れる。
渦巻く雲の縁取りに、いくつもののリングの層で構成されている。
世界樹の枝と葉と花のリング。
守護するものたち名前が古代文字で書かれたのリング。
月の満ち欠けのリング。
星がならぶリング。
その中心は、ルリィが立つので空白だ。
魔法陣は、魔法を使う者たちの指紋だ。おなじものはふたつとない。
ルリィにはわからないが、色もその身に宿る魔力らしい。
「魔法陣も成熟したわね」
「でも、まだまだ成長していくんだね。カーディナの魔法陣も日々成長しているし」
「いやだわ。私のなかで成長しつづけるのは、ヒスイとルリィへの愛だけなのに!」
キャッハー、とノリノリだったカーディナは、ひとつ咳払いする。
「ルリィ、杖の調子はどう?」
「いつもどおりです。でも、綺麗になったので、気持ちが高まります。すぐに集中にはいることができます。
『おやすみなさい』」
そういって、ふたたび杖で床をつつくと、魔法陣は弾けて、光の粒をまき散らした。
おや?
両親とも、ルリィともちがう魔力の気配を察知した。
エステル家が落ちついていたのは、それが危険なものでない気配を纏っていたから。
でも、一応、杖は持っておく。
こっそり起動させて、詠唱を最後の一節の前まで唱えておく。
あとは発動させるだけにして、玄関の扉を開ける。
自然と視線を下に向けた。
魔力は下から強く感じたから。
クマのぬいぐるみ、と目が合った。
ルリィの目にはシロクマに見えるそれは、軍礼服を着ていた。
スマラクト帝国の国花であるバターバー・スケイプをモチーフにした刺繍に目を見張る。飾緒、ビーズでできた勲章までついている。
かなりの腕の針子と細工師がいるようだ。
クマは白い箱が乗った荷車を引いていた。
ルリィは膝をついて、クマをまじまじと見つめる。
クマもルリィをじっと見つめている。
不意にクマは腕を上げた。右手にはステッキを縫いつけられている。
そこから粒子を出した。
『はじめまして。
ヤオロズ・ルリィ・マギア・エステル』
粒子でそんな文章を作る。
ルリィは感嘆のため息をついた。
「魔法遠隔操作、すごく上手なのね」
魔法遠隔操作は、学園でルリィに敵うものはいなかった。
だから、操作しているのは、学園の卒業生ではない。
魔法でクマを動かし、ルリィの声を聞き、メッセージを描いて答えるなんて、複雑な操作ができるのなら、相当に器用な人だ。
しかも、生粋の魔法使い、ではない。
ぬいぐるみからは、魔道具の気配がする。
後天性の魔法使いは、どんなに努力を重ねても、先天性の魔法使いには敵わない。
それなのに、こんなにうまく魔法を扱える人物をみたことがない。
よっぽど、精神を鍛えているのだろう。
ここまで、どうやって?
普通に修行方法を知りたい。
とりあえず、挨拶をされたのだから、返さなければ。
「はじめまして。あなたは誰?」
問うと、また粒子を出す。
『僕は貴女の夫になる予定の、スマラクト帝国第七皇子 ラメルアズル・ミンツェ・スマラクトです』
なんだって?
「無礼を働き、申し訳ございません」
その名前を聞いて、あわてて頭を下げようとした。だが、ぬいぐるみは首を横にふって制止する。
『そこまでかしこまる必要はありません。
うまく行けば、僕と貴女はふ、ふ、ふーふぅ、ふうふになります。
それに、僕には皇位継承権がありません』
「ですが」
『いいのです』
頑なな文章だ。
ならば、このまま押し問答をつづけても仕方がない。
「ご厚意、痛みいります」
そういうと、ラメルアズルが操るクマを家に招いた。
ふきのとうの花言葉のひとつ
『処罰は行わなければならない』