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魔法を使う者たちにとって、杖と箒は宝物

 朝食後、エステル家は揃ってルリィの家に戻った。


 ローレルとは、家に向かっている途中、空の上で再会した。

 ラメルアズル殿下の希望で、婚約はとりあえず『仮』。

 一週間後に、ラメルアズルの仕事を知ってもらいたいとのことで、皇子が住む屋敷に同棲することになった。


 なぜ、一週間も時間があくのだろう?


 いや、こちらの準備が大変だからという配慮だろうか。

 保護対象のような意味とはいえ、『公爵』がつくから、大量のものがあると思われていそうだ。

 だが、実際は──、



「質素だけど、落ち着く家よね。ほんとに」

「あぁ」



 のんびりとエステル魔法公爵家夫婦が言う。

 本当に、名前ばかりの公爵家なのだ。

 家にあるのはテーブルと椅子が三つ。両親はおなじベッドで寝るので、寝具ははふたつ。

 クロゼットには、必要最低限の服数着と小物だけ。


 薬品や材料は影の中に収納している。

 警備が行き届いた場所ではないので、覗かれて、なにも知らない誰かに、あらぬ疑いをかけられる可能性があるからだ。

 両親が贈ってくれたドレスと飾りも、ここに収納している。


 テーブルの上には木箱が置かれていた。



「お父さま、お母さま、おみやげ、ありがとうございます」

「瑠璃。あけてごらん」



 ヒスイにそうせかされて、木の蓋をとる。中には、たくさんの柔らかい肌触りの紙に包まれて保護された箱がふたつある。

 包みを広げて、その箱をあけた。

 ひとつの箱には、ペアのグラス。

 もうひとつの箱には、大きなお皿が二枚。

 グラスをひとつ手にとって、部屋にわずかに差しこむ日にあてる。



「これは、とても美しいですね」



 色がわからないルリィでも、ガラスに描かれた複雑な模様と煌めきはわかる。

 触れて分かったが、絵ではなく、彫り物だ。

 葉? 花? 雪の結晶?

 なにを表している模様かはわからないが、わからなくてもいい。

 それほど美しい品物だった。

 お皿のほうもおなじように、精巧な彫り物がほどこされていた。

 テーブルにうつる、反射も美しい。



「僕の故郷の細工品だよ。住むところによって、すこしデザインの特徴が違うんだ」

「本当は正式に婚約が決まったお祝いとして贈るつもりだったのよね」

「あわてて、色が違うものに交換してもらったよ」



 両親は笑いあう。

 父の故郷から帝国までの、移動距離はどれくらいあって、どれくらいの速さで城に来たのだろう。

 大急ぎだったことには間違いない。

 しかし、このグラスとお皿は『ペア』で『使うもの』なのか。

 いや、これを使う?

 いやいや、飾りたい。

 気に食わないことがあったとき、これを見たら、その魅力で忘れられそうだ。

 ルリィにはない。

 あまりに美しく、慈悲深い魅力だ。


 好きでも、なんでもない、どうでもいい相手ではあるものの、『フラれてしまう』というのは、すくなからずダメージがあるようだ。

 昨日と今日でいろいろありすぎて、落ちこむ時間がなかった。

 馴染んだ家のなかでようやく、ルリィは己がどう感じていたかを見つめることができた。


 そうか。あいつは、また私を傷つけたのか。


 心の奥底で、なにかが燃え上がる。

 肩に触れられて、ハッとする。

 ふり向くと、ヒスイの穏やかな優しい笑顔があった。

 


「箒の調子はどうだい?」

「鞍がすこしほつれてきました」



 父の笑顔のおかげで、ルリィはいつもの調子で答えることができた。



「杖も見せてちょうだいな。この食器とおなじようなオーナメントも買ったの、飾りましょうよ」

「杖がより華やかになりますね」



 ルリィがこの家で過ごすのは最後かもしれない一週間。

 ヒスイとカーディナは一緒に過ごしてくれるらしい。



「悪い思い出を塗り替えるためにドレスを新調しましょ! 私も! ヒスイも新しい正装を買うの! アクセサリーもよ! 家族おそろいのアクセサリーって最高よね!」

「ふたりが、さらに美しくなるのが楽しみだよ」

「ヒスイはもっとかっこよくなるのよ! でも、マントで隠しちゃうから私とルリィだけしか見れないの! それって、とっても最高のなかの最高よ!」



 買い物をして、料理をして、たまにレストランに行ったりして、のんびりしよう。

 楽しそうに計画をたてる両親を見て、ルリィはかたい口もとを動かして、微笑んだ。


 ルリィは影から箒と杖を取り出す。

 このふたつは、魔法を使う者の親から、『名前』の次に贈られるプレゼントだ。


 箒は父の手作り。アイデアは母。

 柄は樫の木。穂先はホウキグサではなく、ホウキモロコシ。

 ルリィがカーディナの腹に宿ったときに、ヒスイが秘密の場所──世界樹『アヴェンタドール』の近くで土を耕し、丹精をこめて育てて、加工したものだ。

 掃除の時にも重宝している。複雑な形に紐でまとめられていて、とてもおしゃれ。しかも、頑丈。

 自慢の一品だ。

 母の案で、柄と穂先の境目には、父が竹細工で作ってくれた鞍と木製の足置きが付いている。

 これがあるだけで、長時間の飛行が苦痛ではない。魔力の消費はキツいけれど。



 杖は母の手作り。アイデアは父。

 世界樹アヴェンタドールの枝を使ったもの。

 古い言葉で『青き水晶の神の家』と言う意味をもつ、ルールーテ山脈から吹く(おろし)が選んで折った枝だ。

 カーディナは、『切るより、自然に選んでもらったもののほうが、きっとより良いものが作れる』、というヒスイの案に従ったのだ。

 おかげで、『料理とおなじで、そのひと手間でぜんっぜん変わるものなのね』とカーディナが驚くほど良い杖に仕上がったそうだ。

 ルリィは、この杖しか知らないので、どれくらい、いいものなのかはわからない。

 杖は、通常時の柄が長いものと、箒に乗っているときに使うタクト型のものをふたつ作ってくれた。

 両親は杖にたくさんの祈りを込めてくれた。



『ルリィがいつまでも健康でありますように』

『ルリィの宝箱の鍵を持つものが現れますように』

『ルリィの思う幸せが手に入りますように』


 

 ふたりの願いをカーディナは、精巧な彫物にして杖に刻んでくれた。

 さらに月に何度か、旅行のおみやげに綺麗なガラス玉や飾り紐が巻きつけられているから、たいそう豪華な杖になっている。


 旅行が趣味の両親とは、一緒にいることがすくなかった。けれど、この杖と箒を握っていると、寂しさが一瞬でなくなってしまう。


 杖のおかげか、ルリィは詠唱も好きだ。

 唱えると、杖はルリィの言葉と魔力を受け取り、精霊たちにとどけてくれる。

 それに答えてくれる精霊たちが健気であったかくて、心強い。

 ひとりじゃないと、応援してくれているみたいで。


 だから、学園では驚いたな。


 鞍を修復してくれている父の作業を眺めながら、思い出す。


 帝立魔法学園にはルリィのような先天性魔法使いもいれば、魔道具を通して魔法を使う後天性の魔法使いもいた。

 魔道具は、杖型ではなく、指輪やピアスのものが多かった。

 ルリィはそんな生徒たちに『聞こえるように』陰口を叩かれ、笑われた。


 杖なんて、ダサい。

 詠唱なんて、恥ずかしい。

 ルリィの使っている、箒が古臭い。

 あれでは皇后になれるわけがない。


 それは、おなじ先天性の魔法使いたちからも、こっそり笑われている話題だ。

 ルリィと同じで、先天性の魔法使いたちはあまり表情には出ていなかったが、声音は笑っていた。

 陰口を初めて耳にしたとき、ルリィの内心は凄まじかった。


 あ"? ぶっ殺すぞ?


 ガチギレである。

 他人にここまで強烈な殺意を抱いたのは、それが初めてかもしれない。

 でも、ルリィの宝箱が閉じていることが、功を奏した。

 心でブチギレていても、体は思うように動かない。

 乱暴な言葉を吐き出したりしないし、飛びかかって暴力を振るうこともできなかった。

 だから、成績では徹底的にぶちのめしてやった。

 杖には両親の、詠唱には昔の魔法使いたちの精霊に対する愛がたっぷりこもっていることを知っている。


 先天性の魔法使いたちはわかっているはずなのに、ルリィを笑っていた。

 あれはなぜだったのだろう。

 皇太子の婚約者が情けなくて、『いい気味』、『ざまぁみろ』と笑っていたのだろうか。



 誤解ないよう記すが、別に無詠唱は悪くない。アリ。

 時代の流れは早い。なんでも早いことに越したことはない。ルリィだって、生活系の魔法は基本、無詠唱だし。

 杖を持たないのも悪くない。アリ。

 今どき物を持つのも、物を貯めるのも、時代でないのはわかっている。

 アクセサリーの形にして、小さくしたほうが持ち運びやすいほうが楽だ。


 それにしたって、バカにするのは間違っている。

 大切にしている杖と詠唱の組み合わせは、精霊たちに魔法使い自身を認識してもらえる。

 物を大切にする気持ちは、精霊たちにも伝わる。

 言葉なきものを、目のなきものを、大切にすることは、精霊(自分たち)のことも大切にしてくれる、と信頼してもらえる。

 友人になってくれる。

 無詠唱でも、力をたくさん貸してもらえるようになる。

 そんな論文も書いたりしたが、やっぱり『古臭い』と馬鹿にされてしまった。

 生徒に人気のない──いわゆる、イマドキの考えではない先生や学者だけが絶賛してくれた。

 別に、同級生たちにも絶賛されたいわけじゃない。

 いまの魔法使い・魔女たちは、精霊を感じるだけのものと思っている。

 心を持った者たちと思っていない。

 信頼関係をまったく築いていない上での、杖なし無詠唱で呼ばれた精霊たちのシラけた顔が見えないのだろうか。シラけた空気すら感じれないのだろうか。

 望んだ魔法が使えりゃいい、その時にきてくれた精霊とは二度とこなくていいと思っているのだろうか。


 もう知ったことではないがな。

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