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次の婚約者 決定

 次の日。

 客室に運ばれてきた朝食を、三人で食べていると、皇帝陛下が訪れた。

 その手には、大量の手紙。

 それだけでも信じられない事態だったが、届けられた手紙は、理由はそれぞれあれど、すべて『自分の国に来ませんか?』という内容の義務的な艷文だった。

 ルリィが皇太子に婚約破棄されたことが、他国にも届いてしまったようだ。


 いやいや情報が早すぎやしないか。昨日の今日なんだが。



「ルリィ、これでもな、いい縁談だと判断できる者を選りすぐったのだ」

「貴方に利益があるようにかしらぁ? あぁ、いやだいやだ。ルリィ、婚約破棄されたのだし、もうこんなところにいる意味ないわ。

 はやく出て一緒に旅行しましょうよ? お花畑ツアー行きましょ! 花と薬草がガッポガッポよ」



 カーディナは、ヒスイにご飯を食べさせてあげながら、厭味ったらしく言う。

 ヒスイはなにも言わない。

 カーディナがなにもいわせないよう、すこし大きめにカットしたトマトを口にいれられたからだ。



「いや。あれほどの恥をかかせてしまったのだ。ルリィにとって、いい話のものを持ってきた。

 みな、ルリィに心底、惚れている。大切にしてくれるだろう」

「だろう、なら信じちゃダメよー。

 ろくでもないことにしかならないわ」



 のんべんだらりとカーディナが茶々をいれると、皇帝陛下は、露骨にでかい舌打ちをした。



「クソ魔女! さっきからうるせーぞ!」

「なによ! やるっての!? ケンカ売るなら買うわよ!? 百戦錬磨のカーディナ様にひれ伏しなさい!」

「ヒスイの前では猫かぶりのお前にできるかね!? ハッハッハー!!

 オラオラ! 来るなら来いや!」

「ムキィイイイッ! なんですってぇえええ!?」



 また始まった。

 父はそう言わんばかりに肩を落とした。

 昨日は皇帝陛下が完全に疲弊していたので大人しかったが、普段のケンカはこんなもんである。

 仲良くケンカしな──!

 さて、皇帝陛下とカーディナのケンカはやらせておいて、ルリィは手紙に目を通しつづける。


 貴女の力が必要です。どうか私とともに国を良きものにしませんか? 大切にします。


 学会を開かれるたびに、いつも新しい発見を与えてくれる勤勉な貴女に惹かれていました。


 婚約者がいると知っていても、ずっとずっと想っていました。


 自分と結婚をすれば、いかに幸せになれるか。大切にできるか。素晴らしいものを与えられるか。

 素敵な利益ばかりが記されている。


 なんか、違うんだよなぁ。


 なにが違うのか、わからない。けれど、違う。

 心の何処かで、強い拒否反応がでる。

 それに、答えは昨夜、出ている。

 どの手紙も、ルリィの決意を揺らがせるものはなかった。

 ルリィは手紙を丁寧に戻して、皇帝陛下の正面に向けて、座り直した。



「私、スマラクト帝国の皇室に入りたいです」



 カーディナが『ぅええええ? やめときなさい! 皇室なんかめんどくせーの極みなのよ!?』と声を上げたが、無視しておく。

 皇帝陛下も、カーディナを蚊帳の外にした。



「それは昨日の私が哀れだったからか?」

「それもあるかもしれません。でも、私の義父は陛下がいいです。

 プライベートのとき、陛下を『お義父さま』と呼ぶのが、幼いころからのひとつの夢でした」



 そういうと、皇帝陛下は口を押さえ、涙目になった。

 今の言葉は、嘘ではない。

 帝冠をつけている時、帝冠をとっている時の二面性のある彼はどちらにも魅力がある。

 いまは帝冠をとっているので、『グラウディオ』の顔をしている。

 厳しいけれど、優しい人柄が滲み出ている顔。

 皇帝陛下は首を横にふって、皇帝の顔に戻り、ルリィをまっすぐ見つめる。



「だが、私の年頃の息子たちは、すでに皆、婚約者が決まっている。ハイアグリン以外はな。だから」

「おかしいな。全員ではないはずだ」



 ようやくトマトを飲みこんだヒスイがいった。

 皇帝陛下は一瞬だけ『小癪な』という顔をして、すぐにキリッとした表情で取り繕った。



「第七皇子殿下は、年頃なのに、まだ婚約者がいないはずだよ。

 なにも知らせをもらっていない」

「あぁ、ローレルの息子ね。

 彼、かなりヒスイに似ているから、ハイアグリンの百億倍はいいわぁ」

「お前、人の息子(皇太子)に対して、ついに呼び捨てと来たか」

「おっほっほ」



 ルリィは首を傾げた。

 スマラクト皇帝陛下は、皇后のほかに、六人の夫人がいる。

 彼女たちとのあいだに、十男六女の御子をもうけた。

 皇太子の婚約者だったルリィは、七人の妃と一五人の御子たちと面識がある。

 でも、たったひとり、お会いしたことがない御子がいた。


 第七皇子 ラメルアズル・ミンツェ・スマラクト。


 彼の母・ローレルは竜の国の八番めの姫であり、スマラクト皇帝の第五の側室。

 月を司る竜で、普段はスマラクト帝国の付近を飛んで、守護をしている。

 服を嫌い、人になる魔道具を使うのも面倒らしく、よっぽど重要な行事でもなければ、姿を現すことはない。

 でも、そんな彼女にすらお目通りしたことはあるのに、皇子のほうは姿すら見たことがない。

 病弱なら、皇帝陛下はルリィに薬の作成を依頼してきただろう。

 だが、今までの依頼のなかに、深刻な病状を和らげる薬はなかった。


 たまに強めの滋養強壮の薬を大量に依頼されたな。あれは夜のお勤め用だよな?

 薬を頼まれたあと、割とすぐにご懐妊の知らせが来ていたし。


 もし、ラメルアズル殿下にも断られたら、八歳差の皇子と婚約する交渉をしなけばならないルートが濃厚になってくる。

 でも、皇帝陛下に、変な趣味があると思われたらどうしよう。

 魔法を使うものは、あるときから歳をとらなくなるが、やはり、年齢は重要だし。


 皇帝陛下は、椅子の背もたれに身を預け、思案している。



「ラメルアズルが、すんなり迎えるだろうか」

「何故ですか?」



 ルリィが問うと、強い風が吹いた。

 いや、強い風という生易しいものではない。

 魔法で窓ガラスを強化していなかったら、全滅するレベルの暴風だ。

 その風がおさまると、空気が一気に静まる。

 バルコニーに繋がる窓がそっと開いた。

 カーディナはヒスイの目を塞いだ。

 そりゃあそうだ。

 入ってきたのは、素っ裸の女性なのだから。

 床まで余裕でとどく髪で体を隠しているが、彼女の玲瓏な美貌を宿す顔と脚線美は隠せていない。

 彼女はたった今、話題にしていた第五の妃・ローレルである。

 


「ローレル、ついさっきぶりね」

「あぁ、そうじゃな。五年ぶりじゃ」



 簡単なあいさつをすませると、ローレルは皇帝陛下の前に立った。



「急に降りてきて、どうしたんだ?」

「グラウディオの口から、愛息子『ラメルアズル』の名が出たら、速攻で降りてくるに決まっておろう」



 さすが、地獄耳ィ……。

 こっそりカーディナが言うと、ローレルはニヤつきながら、こちらをふり向いた。



「そうじゃ。この耳のおかげで北の海近くに湧き出た、あのグリルキングと言われているヤキルドウッジィの発生もすぐに気づけた」

「なんですって!?」

「なに!?」



 皇帝陛下とカーディナが興奮気味に反応すると、ローレルはうれしそうに目を細めた。



「妾が近くの森に誘導させておいてやったぞ。感謝せよ。

 ノルフェーンも誘って狩りにいこう」

「あぁ! 上物は久しぶりだな。

 ヒスイとガーディナは? まさか、今の話を聞いておいて、早々に旅立つことはあるまい?」

「もちろん行くわよ。あのどこの部位を焼いても美味しい魔物が出るなんて、いいタイミングすぎ。

 あれの肉は魔力もどれだけ使っても、すぐに満タンに回復するのよね」

「角と骨は薬の素材になるよ。カーディナと瑠璃にプレゼントする」

「ありがとうございます。お父さま」



 大人たちが盛り上がっているのを、ルリィは微笑ましい気持ちで眺めていた。

 こういうやりとりをするのを見るのがルリィは好きだ。


 話がまとまると、ローレルはスマラクト皇帝陛下の膝に座り、足を組んだ。



「ではでは、話のつづきじゃあ。

 妾の愛しい人 グラウディオや、お前はラメルアズルの名をどうして呼んだのだ?」



 嘘は許さんぞと言わんばかりに、彼の顔をいやらしく撫でまわす。

 母もローレルも男のでかたがすごい。

 直視していていいのか不安になるほど、扇情的だ。

 なかなかに勉強になる。

 ルリィもこんな風に旦那を扱えるだろうか。



「次のルリィの婚約者に、ラメルアズルが候補にあがりかけている」

「よかろう。ルリィ、私の息子を頼んだぞ」



 あっさり許可された。



「ぼんくら皇太子に、ルリィが嫁ぐのはもったいないと思っていた。

 ルリィが、ラメルアズルより三年早く生まれていなければ、私がルリィを嫁として勧めていたのじゃ」



 スマラクトの皇室の御子たちは、第十子まで皆、歳が近い。カーディナが魔法で確実に妊娠できる日を特定して、営んだからである。

 国民を安心させるためが一番の理由だが、七人も嫁がいるのは、なかなかに大変らしい。



「あの子もひとりぼっちであそこに任につかせておくのも可哀想じゃしの。

 グラウディオ、ほれ、今すぐ成立させるのじゃ」

「こういうことは、私とローレルだけの判断ではできん。

 あの御子は覚悟を決めて、あそこにいるのだ」

「でも、ラメルアズルは『ひとりでずっと』役目を果たす、という覚悟はできてなかったと思うぞ。

 たまに屋敷のなかをのぞいてみると、『誰か』と共に生きるを乞うているようにみえる。

 師が旅に出てからは、それが顕著にでているのじゃ」



 それまでどこか媚びるようだった、ローレルの声が固く重くなった。

 ひとつため息をつく。



「ヒスイとカーディナの娘だ。そこらの娘っことはちがう。

 まだ称号は得ていないが、学園を首席で卒業した一人前の魔女だ」

「しかしな、ルリィはハイ……」



 皇帝陛下の唇に、指を当てて黙らせる。



「やかましい。母である妾がいいと言っておるのだ。それがすべてじゃろ。

 ぼんくらには、他国から新しい嫁でも与えてやれ。

 今回の件で、奴にもスマラクト帝国と繋がりを持ちたい者たちから、いくつか話が来ているだろう」

「……あまり良くない条件の乙女たちでな。

 未来の皇后として迎えるにふさわしいとは思えない者なんだ」



 皇帝陛下が苦しげにいうと、ローレルは鼻を鳴らしニンマリ笑った。



「身相応、というやつじゃな。

 他国もぼんくらは皇帝になれない、と読んでいる。

 たしかに、有能で、いかなる時も努力をつくし、国と国民を愛し、冷静な判断ができる双子のどちらかを皇帝に選んだほうが栄えるぞ。

 双子である次男三男も最愛の正妻(メルヘン・ケニギン)・ノルフェーンの息子じゃしな。

 グラウディオの決定ならば、国民の批判は大きくならんじゃろ」



 ハイアグリン皇太子、夫人からも、他国からも不評なのか。

 これは本当にハイアグリンは廃嫡となり、第二皇子か第三皇子が皇太子になりそうだ。


 ローレルはこちらを見て、朗らかに微笑んだ。



「ヒスイとカーディナの娘、ルリィよ。我が息子を頼んだぞ。

 息子にもあとで伝えておく」

「大丈夫、なのですか?」

「ルリィのぷれぜん、とやらは、まかせておけぃ。ラメルアズルには四も五も言わせん。

 断りの言葉を出したとしても、本心でないのは母である妾ならわかるからの」



 ローレルは、『ガハハ』、と笑う。

 言葉通り、本当に四の五の言わせなさそうな豪快な笑い方だ。

 ラメルアズル殿下の心労が凄まじそう。

 いや、ローレルとおなじような性格なら、『がはは! よかろう!』と快諾してくれるかも。いやいや、母は父に雰囲気が似ているといっていた。ならば、『くすくす。わかった。いいよ。受け入れる』のほうが正しいだろうか。



「相手が本当に嫌がったときはやめてあげてくださいね。

 よろしくお願いいたします」



 ルリィは立ち上がり、スカートをつまみ上げて、深々と礼をした。

 顔を上げると、また皇帝陛下は頭を抱えていた。それを宥めるように、ローレルは彼の顔面にキスをしまくっていた。


 しかし、本当にこれでいいのだろうか。


 ルリィは母を見る。

 カーディナは、いまだに父の目を塞いだまま、こちらに向かってウインクをした。

 甘えとけ、のウインクである。

 ここにいる女たち、強すぎる。

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