愛し愛してくれる両親
ルリィの発言後、皇帝陛下は激怒プラス錯乱状態。
中々鎮まることはなく、近衛兵や家臣たちが必死に抑える大ごとになってしまった。
ルリィと渦中のものたちは、早々に会場をあとにすることになった。
もっとごちそうをいただきたい所存だったので、残念に思う。
だが、用意していただいた別室にもけっこうな料理が用意されていた。
ありがたい。
はしたないのは重々承知だが、魔力回復のために料理を存分にいただくことにした。
どれも美味しい。
家でもならぶ料理もあるが、素材が違う。
ルリィがいつも作る食事は、分厚いハムとチーズ、生の玉ねぎをパンで挟んだもの。レフォールマスタードをパンにたっぷり塗るのが最高。
箒で飛ぶ魔法は、魔力の消費量が高めだ。ここまで来るのに、けっこう消費したので回復しないとならない。
魔力は、魔法を使うものの体内にだけ宿る臓器から生み出される。
それは睡眠と食事が燃料となる。
目の前のソファに腰かける、(8個くらいあるので略)・グラウディオ・(36個くらいあるので略)・スマラクト皇帝は疲れ切っているのか、うなだれていた。
しばらくすると、意を決したようにルリィを見つめる。
「ルリィ、今回は本当に申し訳なかった。
愚息が、あのような公の場で、きみに失礼な真似をするとは思っていなかった」
「いいえ。皇太子殿下の仰るとおりです。私は将来の皇后となるには、いささか努力不足でした」
「そんなことはない。ルリィはよくやってくれている」
グラウディオは首を横にふり、長いため息をついた。
「私からの願いだ。
今からでもいい、撤回をしてもらえないだろうか。愚息には強く言い聞かせるから」
「ヱ?」
思いっきり変な声が出てしまった。
素直に嫌だ。
公の場で承知てしまったので、撤回したら、ハイアグリン皇太子にむしろ恥をかかせてしまう。
そんな建前で誤魔化そうか。
だが、皇帝陛下には、幼い頃からさんざんお世話になっている。なので、とても断りづらい。
どうしよう。
いくら特別扱いされているとは言え、ルリィの身分で断ることなどできない。
でも、嫌だ!
「それは烏滸がましいにもほどがある。
そう思わない? ヒスイ」
「思う。
仮に撤回をさせるとしても、はやぎるよ。
いずれ国の頂点に立つかもしれない人たちが、短期間で決断をコロコロ変えてしまうのは、国民の不信を買ってしまう」
ルリィの背後で久しぶりに聞く声がした。皇帝陛下にわからないように、ホッとする。
一方の皇帝陛下は、『ぅあぁああ……』と絶望の声を上げた。
ふりむくと、そこにいたのは、ルリィの両親。
エステル魔法公爵夫妻が、帰ってきていた。
ヤオロズ・ヒスイ・マギア・エステル。
ルリィの父親。
一見、ルリィと変わらない年頃の少年だ。
ひとつに束ねた銀色に煌めくという黒髪の長髪、金色に揺れるらしい黒い瞳。肌は白いが、ほんのすこし黄色がはいっているそうだ。
どれもが、幻といわれる東の小国の民にしか宿らない珍しい色だそう。
ヒスイの右耳には、いつもイヤーカフが煌めいている。
花鋏と如雨露、稲穂、満月を組み合わせた、清麗な一品。
満月をあらわす台座には、ツルッとした煌めきを宿す宝石が埋めこまれていた。イヤーカフについた稲妻型のフリンジは、ヒスイが首を動かすたびに閃光を放つ。
彼の隣にいるのは、ヤオロズ・カーディナ・マギア・エステル。
このエステル家の当主は彼女だ。
『一等星の魔女』と呼ばれる、思いついたら、なんでも実現することができる、この世界最強の魔女の一柱。
その容姿も、世界で一番、美しい。
炎のようにゆれる髪は、金色の光が散りばめられたルビー色なのだそうだ。真っ黒……母が言うには、夜色のまつげは長く、まばたきをするたびにチラチラ光る描写がある。そのまつげに縁取られた、アーモンド型の目には、オーバルカットされた髪色とおなじ、ルビーの瞳があるそうな。
黒と赤と緑、青の布を使ったという複雑なデザインのワンピースととんがり帽子は、母親にしか似合わない。
彼女の左耳にはいつも小さな薔薇のブーケが飾られている。無数の色で構成されているらしいブーケは、淑女の憧れだ。
パーティー会場にも、カーディナを模したであろう、髪に花を飾る乙女たちが多くいた。
でも、その容姿がかすむほど、性格は悪い、と世間では言われている。
よく聞くのは、気まぐれで、癇癪持ちで、わがまま。
でも、そんなカーディナはみたことがない。
ちょっと強引だけど、優しくて、世界で一番の家族想いの女性だ。
「ただいま。瑠璃。おみやげ、おうちにおいておいたよ。早く帰って、見てほしいな」
「ありがとうございます。
お父さま。おかえりなさい」
ルリィの名前は、本当は『瑠璃』だ。
でも、これは父親しか呼べない。
深く沈んでから、ゆっくり浮上するような、独特のイントネーションをもっているから。
ヒスイの姓である『ヤオロズ』の正しいイントネーションも彼しか発音できない。
ちなみに、ヒスイという名も、ルリィの耳には『ヒスィ』に聞こえる。
「ただいま、ルリィ。
あの場所で、ひとりにさせてごめんなさいね」
「お母さま。お気になさらないでください。
はなれていても愛されているのはしっかりわかりますから。
お母さま、おかえりなさい」
両親に交互にうしろから抱きしめられて、ルリィは笑う。
カーディナは、ほこほことした笑顔を浮かべ、ルリィの左隣に座った。
今度は、いたずらっぽく笑い、グラウディオを見た。
「さてさて、グラウディオ、今回の件はどういうことかなぁ? お前があれほど頼んでルリィとバカ……ハイアグリン皇太子との婚約を許してあげたのに。
なぜ、ルリィがあんな恥をかかせられたの?」
グラウディオは口をパクパクさせた。
助けを乞うようにヒスイとルリィを見てくる。
グラウディオはなんにも悪くない。
学園の中で皇太子がなにをしていたかは知っているだろう。だが、弁えていると信じていただろうし、皇太子にたいして、忠告もしていただろう。
ルリィはそう思っているので、助け舟をだす。
「お母さま、すべて私の体たらくです。殿下はなにも悪くありません」
「いいえ。悪いのはハイアグリン殿下のみ。ルリィは、なにも悪くないのよ」
「勉強ばかりしていて、交友も交流もしていませんでした」
「旅行中、たくさんの国の貴族が、ルリィこそ皇后にふさわしい、素晴らしい魔女だと評判だったよ。
他国で、自分の国の言語をスラスラ話せる人がいるというのはうれしいことなんだよ。
文化や風習もキチンと理解していて、安心できたと賛美していたね」
「私も誇らしかったわぁ」
ルリィの左隣にヒスイが座って、頭を撫でてくれる。
うれしい。
幼い子どもでもないのに、うれしくなってしまう。
ヒスイはその体の特徴で、家族でいる時以外は、外套から手が見えるような行為はしない。
皇帝陛下がいるのに、それをしてくれた。
それがなによりのご褒美だ。
でも、よろこびはすぐにしぼむ。
「でも、一番大事な皇太子さまとの交流はできていませんでした」
「それは、わたしがルリィに新たな魔法や魔道具の作成を依頼したからだ。
なんでもできることに甘えてしまって、ルリィの時間を殺してしまった。
本当に申し訳ない」
「皇帝陛下、頭を下げるのはいい加減よしてくださいね。
皇太子さまとの交流より好きなことを選びました、すべて私が悪いのです」
魔法を生み出すことも、魔道具を作ることも、ルリィの好きなことだ。
彼との交流より、そっちを優先する。
今、考えてもそう判断するのだ。
皇帝陛下に、そんな顔をさせる行動を選びつづける。
ルリィは救いようがないバカだ。
「ルリィ、貴女ももう自分を責めるのはおよしなさいな。
あの皇太子はわたしの人形にひっかかって浮気をして、あろうことか公の場でフったんだもの。
すべて、浮気なバカが悪いんだから」
カーディナがあっけらかんと放った言葉に、その場が一気にしんと静まった。
いち早く理解したであろう、ヒスイは渋い顔をして、首を横にふる。