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いきなり婚約破棄。そして、皇太子は吹っ飛んだ。

「ヤオロズ・ルリィ・マギア・エステル!

 怠け者のお前には愛想が尽きた! お前との婚約を破棄する!」



 え? いま、それ、おっしゃるか? 本気で?


 夜会が始まり、あいさつを終えた参加者たちが、ゆったりと緊張をほぐしていく和やかな時間。

 その青年の深くも通る声は、会場に隅から隅まで響いた。

 会場の空気がいっきに厳かな時間に変わる。


 魔法公爵令嬢 ヤオロズ・ルリィ・マギア・エステルは、目をまんまるくしていた。


 その手には、山盛りのごちそうがのった皿を持って。

 視線を巡らせ、周りをみる。


 人でできた花畑と星空のようなのだろうな。


 この日のために気合を入れてきたドレスを着た少女たち。

 その光り輝く少女たちに、影のように寄り添う青年たち。

 みんな、ルリィを憐れむように見つめている。


 あれ? もしかして、私、『可哀想』というやつでは?


 みんな可哀想な目でルリィを見てくるから、ルリィも自分自身を可哀想だな、なんて思ってしまった。



「聞いているのか!? ルリィ!」

「はい」



 名前を呼ばれて、前を見る。

 視線の先にいるのは、五歳からの婚約関係にある、ハイアグリン・マルメロ・スマラクト皇太子。


 名前を呼ばれたのは久しぶりだな。


 ルリィはローストビーフを頬張りながら、呑気に考える。

 学園にいたときは片手で数えられるくらいしか一緒にいたことがなかったし、私生活のほうはもっと会わなかった。

 本当の義務の時だけ──最上級生になるころには義務の時ですら、無視されるようになった。

 彼の隣、というか、腕の中には可愛らしい少女がいる。

 教育係のひとりが、ハイアグリン皇太子の好みをよく言っていた。


『ハイアグリン殿下の前では、可愛らしい、守りたくなるような女になれるように頑張りなさい。

 性格は、賢く芯が強いが良いでしょう。

 苦難が起きても、怒ることなく、相手を恨まず、己のできることを精一杯頑張れる女性になりなさい。

 わかりましたね?』


 彼女は、そのとき言われた言葉ひとつひとつを、魔法で丁寧に編みこんで作ったかのような少女だ。

 ハイアグリン皇太子にとって、理想で、完璧にみえているであろう。

 いや、目の前にいる少女が賢いとか、芯が強いとか、相手を恨まないというのはルリィにはわからないが。


 しかし、なにかおかしい、とは思っていたが。


 今夜の夜会は、とても大事な日。

 十歳から八年間通っていた帝立魔法学園を卒業し、無事に成人を迎える者たちのお祝いのパーティー。

 そして、ハイアグリン皇太子とルリィの正式な婚約披露の日でもあった。

 それだというのに、婚約者であるルリィは彼にドレスの贈られることもなければ、迎えも、エスコートもなく、ひとりで箒に乗って来た。

 一方の彼女が着ているドレスは、おそらくハイアグリン皇太子が職人に依頼して用意してもらったものだろう。

 夜会に来場しても、ほったらかしだ。

 ハイアグリン殿下が入場してきたときは、一瞬目が合った。

 そのときは、なぜか睨まれていたかもしれない。

 まぁ、ドレスやアクセサリーは両親のほうがセンスがいいし、こいつとは並んで歩きたくないので、かまわないとしよう。

 睨まれるのも、慣れっこである。



 そういえば、皇太子が入場された時、大きなどよめきがあったな。

 彼女をエスコートしていたなら当然だな。


 少女、すごく身長が低いから、ルリィの視界からは人の影で隠れて見えてなかった。

 それより、目の前のごちそうのカタチがあまりに魅惑的すぎた。そのせいで、まったくそちらの方に気がまわらなかった。

 ハイアグリン皇太子は、ルリィに聞こえるように、わざと大きなため息をついた。



「怠け者なうえに、かまわれないことに嫉妬して、あんなことまでするとはな」

「え……?」



 突然、なにをいいだすのだろう?

 ルリィは首を傾げた。



「とぼけても無駄だ。

 学園では彼女の私物を隠したり、貴族同士の集まりにわざと呼ばなかったり、暴漢に襲わせるように依頼したりしただろう。

 悪巧みをするときだけは、よくもまぁ働くものだな!」

「……はぁ?」



 し、し、知らねぇええ。


 個人的に学会は開いても、お茶会なんて主催したことない。

 それに参加したかったとか? ものすんごくマニアックな内容なのに?

 未来の皇后としては自覚が足りなさすぎなのだが、最低限のことはしていた。けれど、それ以外は、なんにも言われなかったから、なんにもしてなかった。

 でも、他人をいじめている暇なんかなかった。誰にも信じてもらえないだろうが、これが真実。

 皇帝陛下に頼まれて新たな魔法や魔道具を作ることばかりしていた。


 そもそも誰だ、そいつ。初めて見るんだが?

 どうしよう! わけがわからんぞ! 釈明するにも頭が混乱してできん! これが不意打ちというやつか!


 内心、かなり戸惑いながら、殿下がお父さまであるスマラクト皇帝陛下にぶん殴られて、空を舞うのを眺めていた。

 ハッとする。


 皇帝陛下? が? 皇太子殿下を? ぶん殴った?


 目の前にいたハイアグリン皇太子は、ルリィの足元に倒れていた。

 驚いて動けないでいると、皇后陛下がルリィの腕を引いて、離れさせる。



「お前は彼女になにを言っているのか分かっているのか!?」

「おと、……皇帝陛下! この女は『魔法公爵』などという特殊な地位に胡座をかき、皇后になるための教育をいっさい受けずにいるではありませんか! そんな女を皇妃に迎えれば、国は滅びます!」

「ルリィはお前とは違う! 指南書を読めば、すべて理解し、達人の動きを一目でみれば、完璧に覚えられる!

 そもそも逆にルリィがいなければ、国が滅びる可能性があるのだ!

 あの魔女によってな!」



 皇帝は頭を抱えた。息子のハイアグリンのことなどいっさい目に入っていないようだ。



「ルリィを皇室に迎えるために、あの性悪……いや、狡猾(こうかつ)……いやいや、奸智(かんち)……いやいやいや、聡明な魔女にどれほど頭を下げたと思う!

 お前は私の約六年間の苦労をすべて無にしたのだ!」



 ルリィは壮絶な親子喧嘩を眺めながら、ひとり思考する。

 ハイアグリン皇太子の言い分は、身に覚えがないものがほとんどだが、心にきたものもあった。

 皇帝陛下の仰るとおり、ルリィは本を読んだり、上手い人の動きを一目見れば、大抵のことはできる。

 それでも、努力もしていた。

 けれど、いろんなことを怠っていたのも事実。

 特に外交とか、婚約者をふくめた交流とか。

 交流はした覚えはあるが、ルリィは相手が覚えられない。

 両親以外の容姿をきちんと褒められない。

 でも、これだけはわかる。

 自分の理想の相手で、愛し合っている人を皇妃に迎えたほうが、彼はきっといま以上に頑張れるはず。頑張っているところなんか見たことないが。

 この帝国も、より良い国となるだろう。

 ならば、こちらの答えはひとつだ。

 ルリィは、料理がのったお皿をテーブルに置いた。



「見知らぬ令嬢に対する侮辱行為以外、ハイアグリン皇太子殿下の仰るとおりです。

 ヤオロズ・ルリィ・マギア・エステル。

 婚約破棄を承りました」



 ルリィは優雅に礼をして、ハイアグリン皇太子の申し出を受け入れた。

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