チェイス
「いーーーざーーーとーーーくーーーん?ホンマにおらへんのぉ〜〜ー?」
「お客様のお食事を邪魔する害虫がああぁぁぁぁぁ!!野郎ども、やっちまえぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「あらぁ、ダルイですわぁ。皆はん、適当にあしらっといて〜」
イエス、店長!!イエス、ボス!!とのかけ声と共に、突然というか必然というか、銃撃戦が店内で始まった。
ウィルフレッドは先程まで食事をしていたテーブルを倒し、簡易的なバリケードを作る。渇探流はそのバリケードに隠れながら、他の客の様子を観察した。
皆テーブルをこなれたように盾にして、特に女性陣達はキャアキャアと楽しそうに歓声を上げながら、この銃撃戦を楽しんでいる。
あの渇探流の亡霊が言っていたことが真実ならば、たとえ死んでも生き返れるのだから、ここの住民は全体的に、『死』に対する恐怖心が、薄いのかもしれない。
「渇探流君、隙を見て逃げますよ」
「逃げるのには大いに賛成だが、この状況下から逃げられるのか?」
「……逃げて、くれるんですか?」
「は?こんな銃弾吹き荒れる中にいられるわけがないだろうこんなところにいられるか俺は帰るぞ」
「ああ……いえ……はい、そうですね。逃げましょう渇探流君。この程度の修羅場は日常茶飯事です。隙を見て、奥へ逃げましょう。会計も済ませないと」
「会計も済ませないと!?」
そう言いながらウィルフレッドは店の奥、キッチンがあるであろう方向を指差した。あそこないし途中にある従業員用の出入り口から出ようと言うことだろう。
この状況下で会計の心配が出来るウィルフレッドは大物なのかもしれない。渇探流は若干引き攣った表情をしながらも頷き、先導するウィルフレッドについて行こうとした。そうしたら、またあの真っ黄色野郎が銃撃の音にかき消されないように、大声を出して来た。
「いーーーざーーーとーーーくーーーん?おかしぃなあ、いつぅもなら『僕はここにいますので他の皆さんを傷つけないでくださいー』とかなんとか言いはって、出てくる頃合いなんやけどなぁ」
「………………」
銃弾吹き荒れる中、全身黄色野郎が不愉快な呼び名で己を呼んでくるが、渇探流はそれをガン無視しながらウィルフレッドのあとに着いて行った。
ドカシャーンだとか、ドカーンだとか、ハリウッド映画の効果音のような音と、嫌に血の気の多い店長達の奮闘を聞き流しながら。
———さて、結果として、あの銃撃戦の会場から抜け出すことは容易かった。何せ大人数対大人数でしっちゃかめっちゃかに戦っていたので、紛れて逃げ出すのは簡単だったのだ。
ウィルフレッドは律儀に会計で自動支払いを済ませると(本気で会計しやがったよコイツ)、渇探流の手を引いて裏口へと向かっていく。
いちいち手を引っ張らなくてもちゃんと着いて行くのだが、ここで手を離す離さないと論争していて敵に追い付かれたら元も子もない。大人しく手を引かれ、店の裏口から外へ出る———と、そこにはカラーギャングの見張り数人が待機していた。
「士道だな!!大人しくターゲットを———……を?」
3人いた内の一人が、ウィルフレッド見て何かを言おうとして、しかし渇探流のことが視界に入るや否や、ポカンと口を開けた。
その一瞬で、ウィルフレッドが動いた。
素早く相手の懐に入り込むと、肘を相手の鳩尾に的確にめり込ませる。男の身体がくの字に折れたところに踵落としを食らわせて意識を刈り取ると、次に隣にいた男に回し蹴りを喰らわせて沈ませる。残りの一人が拳銃をウィルフレッドに向けたため、反射で渇探流がグロック19を引き抜き、「フリーズ!!」と言いながら銃を構えた。銃を向けられた男は一瞬躊躇い、そのコンマ数秒で、ウィルフレッドはその男のことも蹴り飛ばし———沈黙させた。
「……他に、見張りはいないみたいですね。逃げましょう渇探流君」
「ああ」
大の男3人をのしたにも関わらず、汗ひとつかいていない冴え冴えとした美形は、渇探流に向けて手を差し伸べる。渇探流はその手をスルーすると、ウィルフレッドの隣をすり抜けて歩き出した。
「先ほどからずっと思っていたのだが、俺は幼児ではない。いちいち手を引かれなくとも、迷子になぞならん」
「私が渇探流君に触れていたいのです」
「おっ、おまっ……」
ど直球な言葉に、渇探流が思わずどもる。冴え冴えとしたブルーアイがひたりと渇探流を射抜き、なんとも言えない気持ちになった。
———心を乱されるな、カトゥール・ウェンライト。コイツは『医里渇探流』に対して言っているだけであって、『俺』自身に言っているわけではないのだから。
そう思えば、さざなみ立った気持ちもスンと落ち着いて行く。
渇探流は足早に歩を進めて、寂れた裏通りから表通りへと続く道に出た。
相変わらず、レストラン内も、外も、騒がしい。
闊歩する異形達、それを当たり前のように容認する、人間達。銃撃戦がすぐ近くで行われていると言うのに、囃し立てながら観戦するモノ達はいても、避難するモノは誰一人としていない。
———ああ、本当に、異世界に来てしまったんだな。
渇探流は何故かストンと落ちてきたその事実に、少しだけ泣きたくなった。ダン・ラリーが買って来てくれたであろうサンドイッチが、境界現象研究大学の購買が、やけに恋しくなった。
「———ほんまぁ?あんさんがあのぉ『医里渇探流』ぅ?」
しかし、この世界は渇探流に感情に浸る時間も与えてはくれないらしい。
ウィルフレッドに当然のように腕を引かれて背中に隠され、渇探流はウィルフレッドの肩越しに、声をかけて来た人物を見た。
金髪の糸目、にやけた口元にホクロ、黄色いジャンパーに、二の腕に黄色いスカーフを巻き、これまたズボンも真っ黄色で、よく見たらスニーカーまでも黄色だった。
そんな黄色づくしの男は、ウィルフレッドの後ろに隠された渇探流をよく見ようとでもしているのか、額に手を当てて、爪先立ちをしながら渇探流を覗き込もうとしている。
「お前も懲りないな、賀茂黄船。また俺に殺されたいのか?」
「おーーーこわ。氷の貴公子様は今日もご機嫌斜めやねぇ?やめてもらいたいわぁ。蘇生はかなーり金がかかるねんでぇ?」
「知るか。渇探流君の脳を狙う蛆虫が、死ね」
「渇探流くんんんん?どないしたんあんさんまで?そのぉ、『推定医里渇探流』の影響やろかぁ?」
「貴様には関係ないだろう、死ね」
「いやいや、医里渇探流の脳ミソを狙う側としてぇ、『本物やと思ってましたが実は間違いでしたー』は、許されへんのですわぁ。……で?士道はんの後ろに隠れてる子猫ちゃーーーん?そろそろ顔見せたってやぁ」
ビキリ。と、渇探流の額に青筋が浮かび、反射的にグロック19の安全装置を外した。
「出てき行きたくても、このデカブツが邪魔をして出ていけねぇんだよ真っ黄色野郎。まさにイエローモンキーってか?その脳天に風穴開けてやるからちょっと待て!!」
と言いながら渇探流はウィルフレッドの前に出ようとするが、ウィルフレッドが後ろ手に掴んでいた渇探流の手を少し捻っただけで、動けなくなった。
「ファック!!離せウィルフレッド!!」
「離しません。渇探流君は私の後ろから出ないでください」
「侮辱されたまま黙ってられるか!!侮辱に対しては百倍返しと相場が決まっているんだ!!あいつの×××を×××して×××してやる!!」
とても文字で起こせないスラングを吐く渇探流に、黄巾党の賀茂黄船は面食らった。
今まで見てきた医里渇探流は、どの個体も大人しく、平和ボケしていて、しかし自己犠牲精神が旺盛で、はんなりとしていて、なんというか、『大和撫子』と言う言葉がピッタリの、ナヨナヨとした———しかし、確かな芯の強さを持った、品のある青年であった。
しかし、今現在賀茂黄船の目の前に、というか、士道の後ろに隠されている医里渇探流は、大和撫子のやの字もない、野蛮な人間にしか見えなかった。
———これは、本当に、本物か?今回の精神交換、失敗してたらどないすんねん。精神違ぅても記憶ってそのままなもんなん??
一瞬、賀茂黄船の動きが止まった。その一瞬を、やはりウィルフレッドは見逃さなかった。
「渇探流君、逃げますよ」
「はああ!?おまっ、なんっ———」
ウィルフレッドは渇探流が言う文句を遮り、渇探流を俵担ぎにすると、脱兎にその場を逃げ出した。
「ちょっ!?逃がしませんえ!?お前ら———」
「害虫駆除じゃああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「いつも思うねんけど、この街の住民の戦闘能力高すぎやってぇぇぇぇぇぇ!!」
レストラン内の黄巾党組を粗方倒したのか、店長が肉切り包丁を両手に賀茂に斬りかかった。賀茂は咄嗟に腰に刺しておいた大ぶりのサバイバルナイフを引き抜き、それを防ぐ。
「貴様にはお客様の楽しい食事時間を奪った罪で料理になってもらううぅぅぅぅ!!」
「あーーー!この街ホンマ頭おかしい奴らばっかや!!お前ら!!まだ生き残っとるやつは医里を追え!!アイツの脳ミソ手に入れたら一生遊んで暮らせんねんで!?」
『イエス、ボス!!』
店長に着いてくるように外に出て来た黄巾党の残党が、渇探流達を追って街中へと走って行く。
民衆は口笛を吹き、手を叩き、エールをあおぐ。完全なる娯楽として、医里渇探流・ウィルフレッドVS黄巾党の残党は、一瞬で過ぎ去る娯楽として消費された。
———さぁ!チェイスの時間よ!!
「なっ、なななんだ?ちぇいす?チェイスって言ったか?今、誰がそう言ったんだ!?」
「十中八九ダイスの女神です!彼女はドラマティックな展開や、予想外の展開を好みます!彼女が我々に目をつけたならば、我々はその課題に打ち勝たねばなりません!!」
「だああぁぁぁぁぁ!!やっぱり部屋の本を全て読破してから出てくるべきだったーーー!!」
渇探流はウィルフレッドに俵担ぎをされながら頭を抱えた。チェイスとは一体どのようなルールなのかはわからないが、とにかく追ってくるアイツらに勝たねばならないらしい。
「ちなみになんだが!負けるとどうなるんだ!?」
「死にます!!」
「端的で素敵な答えだなああぁぁぁぁぁ!!」
渇探流は安全装置が外れたグロック19を、揺れる視界の中で必死に構えた。
現在、渇探流は進行方向へと走るウィルフレッドに腹を抱え込まれ、進行方向とは逆方向に上半身がある状態である。
つまり、撃とうと思えば撃てるのだ。
なるべく致命傷にならないように、追手の下半身を狙おうとしたが、なにぶん人が多すぎる。
酔いどれ達が四方八方から倒れ込んで来たり、千鳥足でぶつかって来たり、ロードローラーが突然横切って人を轢いたりしてくるのだ。カオスを極めているこの空間のせいで、追手も拳銃を撃つことができない———ことなどなかった。
パァンッ!と音がして、渇探流の横にいた異形に、拳銃の弾が当たる。
「¿☆〆%⊆*Å!!」
化け物は渇探流ですら聞き取れない言語で何やら叫ぶと、拳術を撃った追手の1人を、そのでかいハサミで張っ倒した。残りの追手2人はそんな仲間には目もくれず、拳銃を構えながらこちらへと喰らいついてくる。
「アイツら、民間人とか関係ないのか!?いや最初から民間人とか関係なかったわファック!!」
「この人混みです、余程運が悪くなければ捕まりません!このまま撒きます!!」
「ちなみに、俺も走れるんだが!?」
「私が走った方が速いです!!」
「ファーーーーック!!」
渇探流は叫んだが、それでウィルフレッドが降ろしてくれるはずもなく。
狂乱続く大都市東京、そのネオン街を、渇探流はただひたすらに運搬された。




