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ウィルフレッドの内心と本気でフィールドワークをさせてくれ

———やはり、医里君は、医里君だ。

ウィルフレッドは、目の前で綺麗にフォークとナイフを使い、静かに食事を進める渇探流を見て、そう思った。

最初こそ、今までの医里渇探流とのあまりの違いに驚いたが、その豊富な知識、なんだかんだと言いながらお人好しなところ、食べる時の所作、全てが彼を『医里渇探流』なのだと、知らしめている。

今までの医里渇探流ならば、『最初の仕事』を終えてすぐに身なりを整えるのが常だったのだが、今回の渇探流は見た目にはあまり頓着しないらしい。

サラサラと流れるような黒髪はボサボサの鳥の巣頭になってしまっているし、目の下のにある濃い隈は眠れば治るのだが、なんというか可愛らしい顔の造形をしているのに、人相が悪い。眉間に皺を寄せ、ガサガサの唇を品よく開けて、音もなく咀嚼する様は———ハッキリ言って、欲情する。

無表情の仮面の下で下卑た妄想をしながら、じぃっと、ウィルフレッドは渇探流を観察した。

渇探流は視線だけをあちこちに動かしながら、耳もそば立てているようだった。鳥の巣頭から少しだけ見える耳が、度々ピクリと動いている。

ドレスコードこそないが、人間専門店であり、その中でも割とグレードの高い店だ。客層もそれなりではあるが、漏れ聞こえてくる話題は物騒の一言に尽きた。


「ねぇ聞いた?皮剥ぎ殺人事件、もう13件目だってよ?」

「ここの警察は無能だからね。またどこかの探索者がひょっこり犯人捕まえるんじゃない?」

「ルーシィ、今日も一段と美しいね」

「あら、昨日貴方と腕を組んで歩いていた女性よりも?」

「この間リゾートバイトに行ったら生贄にされかけた。管理者がインスマスはやっぱりダメだったわ」

「山崎組がそろそろ世代交代するんだって?」

「カラーギャングの動きがここ最近活発化してるらしいよ」

「私黄巾党推し」

「は?バーストオーシャン一択だが?」

「紅蓮炎だろ常識的に考えて」

「よろしいならば戦争だ」


耳の良いウィルフレッドには、様々な話が聞こえてくる。しかし、「なあ」と渇探流が話しかけて来たので、ウィルフレッドはその全聴力を渇探流に向けた。

渇探流は相変わらずチラチラと他の人間を見ながら、空になった皿に音もなくナイフとフォークを置く。その所作にうっとりとしながらも、ウィルフレッドは真顔で「はい、なんでしょうか?渇探流君」と返した。やはり、医里君は医里君だ。

渇探流は品よく水を一口飲むと、ウィルフレッドに問うた。


「ここに住んでいる人間は、なんでこんなところに住んでいるんだ?先程から物騒な話しか聞こえてこないぞ?一部は除くが」

「……はい、そうですね……」


しかしこの医里渇探流は、ずいぶんと好奇心が旺盛らしい。いつもの医里ならば最初の仕事が終わってから部屋に籠る人物が半分、もう半分は自分の役割を知るために、積極的に仕事を理解しようとする人物が半分であったのだが、この医里渇探流は仕事を終えてからすぐに部屋を出て、自分の仕事ではなく『フィールドワーク』なるものをしたいと、ついでに夕飯を食べたいと言う、初めての個体だった。

———フィールドワーク(Fieldwork)とは、研究者や調査者が現場フィールドに直接赴き、観察、インタビュー、写真撮影、実測などを行う実地調査法だ。社会学・文化人類学・自然科学・ビジネス・アートなど幅広い分野で用いられ、机上のデータでは得られない「一次情報」や「生きた情報」を収集し、現場の状況を理解・分析することである。

この医里渇探流は、学者なのだろうか?今まで学者の医里渇探流なんていなかったが、『亜種』と呼ばれる彼ならば、今まで『医者のたまご』としてしかこなかった医里渇探流とは、違うのかもしれない。それならば、明らかに今までの医里渇探流とは一線を画する存在だろう。

まあ、それでも医里君が医里君である限り、私の気持ちは一ミリだって変わらないのですが。


「……ウィルフレッド?」

「ああ、いえ。すみません、少し考え事をしておりました」


今まで「士道さん」としか呼ばれなかったウィルフレッドは、当たり前のように名前で呼ばれることに、実は内心ではドギマギしている。だって、あの大和撫子のお手本のような医里渇探流が、人のことを下の名前で呼ぶなんて、それこそ家族ぐらいだったのだから。

おっと、これ以上『渇探流君』を待たせてはいけない。眉間の皺が深くなって来ている。

ゴホン。と、誤魔化すように咳払いをして、ウィルフレッドは渇探流の問いに答えた。


「人それぞれ理由はございますが、そうですね……大きく分ければ、難民、富裕層、ヤクザやマフィアなどの裏稼業になりますでしょうか」

「ジャパンにマフィア??」


コテン。と、首を傾げる仕草が『今までの医里渇探流』と全く同じで、ウィルフレッドはつい微笑んでしまった。

彼の微笑みが見られるのは医里渇探流の隣のみなのであるが、それはどの医里渇探流も知らない事実であるし、これからもウィルフレッドは知らせるつもりもない。今の所は、まだ、であるが。


「ええ、日本は今、世界各国から『実験場』として重宝されております。主に東京近辺が多いのですが、全国各地で様々な国家の諜報員が暗躍しておりますよ」

「警察や公安は本当に何をしているんだ??」

「彼らは彼らなりに任務を遂行しておりますよ。ただ、それに勝る犯罪件数の多さに手が足りていないだけで」

「お前らも警察と似たようなものじゃないのか?」

「似て非なるものですね。我々が取り締まるのは世界が崩壊するレベルの神話的事象への対応です。それ以外の瑣末な犯罪には、基本的には関与しません」

「ふむ……?」


医里渇探流は顎に手を当てて、少し考え込んだ。その考え込む仕草も今まで医里達と同じで、ウィルフレッドの目元が少し緩む。

しかし、渇探流の視線がひたりとウィルフレッドに合わさったので、彼はすぐに緩んだ目元を元に戻した。


「先程の質問の答えになってないぞ。そんな危険なジャパンに、なぜ人は住み着くんだ?」

「難民は除きますが、端的に言ってお金が稼げるからですね」

「金?」

「はい。この世界の話をする前に、渇探流君の世界の話を聞きたいのですが、よろしいでしょうか?」

「……まあ、いいぞ」

「渇探流君の世界は、どんな世界でした?」

「こことの違いをあげるなら、人類以外の異形達はいなかった。地球は人類が生態系の頂点だったし、一部で戦争はあったりしたが概ね、どこの国も平和が保たれていた。貧富の差はあったが、世界崩壊レベルの人災は起きていなかった」

「なるほど、平和だったんですね」

「逆に、平和じゃなかった世界線の俺がいたのか?」

「いえ、おりませんでしたが一応認識のすり合わせをしておきたくて」

「そうか。それで?俺の質問の答えは?」


トントン。と、指先で渇探流はテーブルを叩く。その間にウェイトレスが皿を下げに来て、水を注いで去っていった。

ウィルフレッドも一口水を飲んで喉を湿らせると、再び口を開く。


「この国では現在、ヤクザ、マフィア、カラーギャング、他国からの諜報員が、様々な思惑を持って動いております。人身売買、臓器売買、薬物、他の世界では試せない非人道的な実験、なんでもありです」

「耳を疑うなおい」

「そこに神話生物も絡んでくれば、なお金が稼げます。彼らの技術は人類を軽く凌駕しております。例えば、渇探流君がされたように———年老いた金持ちが、健康な若い体に、大金を叩いて意識を移動させる。なんてことも出来るわけです。神話生物達の中には、人間と協力関係を結んでいるやつらも多くおります」

「……なるほど?つまり、この街は危険ではあるが、危険を承知の上でなお叶えたい事柄があるやつらとっては夢の国であり、その夢を食い物にビジネスチャンスを掴み取る企業家達がこぞってやってくる。といったところか」

「はい、大体その理解で大丈夫です」

「なるほどなぁ」

「一攫千金を夢見る若者も多いですね」

「なる、ほど……なぁ?」


渇探流はまた水を一口、口に含むと、改めて周りの人間の観察を始めた。

まず、皆当たり前のように武器を持っている。拳銃やアサルトライフルが多いが、近接武器を腰にぶら下げているやつらも結構いる。両刀使いが基本形態なのかもしれない。

大きめの肉切り包丁、三節棍、棍棒、警棒、薙刀と、近接の武器も種類は様々だ。

こんな人間達相手に13人も殺人事件起こせるとか、殺人犯は今すぐワールドクラスの総合格闘技にでも出るべきではなかろうか。

そんな詮無いことを一瞬考えた後、渇探流はナフキンで口元を拭うと、ハッとして、わざとグシャリとナフキンをテーブルに置いた。

いつの間にか伸びていた背筋も丸め、いつもの『カトゥール・ウェンライト』に戻ると、ガタリと渇探流は席を立った。


「ご馳走様でした。それでは俺はフィールドワークに行くから、ウィルフレッドはかえ」

「お供します」

「……せめて、最後まで言わせろ」


渇探流はため息を吐いて、自分の分の料金は自分で払おうと財布を取り出した。通貨は渇探流にとっては昔懐かしい、日本円だ。ビッシリと万札が詰まった財布を手に、会計に向かおうとして——————ウィルフレッドに突然腕を引かれてテーブルの下へと引きずり倒され、渇探流は再びカエルが潰れたような声を出すハメになった。


「なんっ……!?ウィルフレッド、これは流石に」


蛮行が過ぎると文句を言おうとしたら、突然レストランの一角が爆発で吹き飛ばされ、渇探流の声は爆音にかき消された。


「…………っ…………!!」


突然の爆発に渇探流が舌を噛まないように、鼓膜が破れないように少し口を開けながら縮こまると、ウィルフレッドにまたもや抱き込まれた。

突然の暴風と爆風、熱波が整然としたレストランを掻き乱し、客達の悲鳴や奇声や歓声が聞こえてくる。


「いやなんで歓声が聞こえてくるんだ」

「渇探流君、頭を下げて下さい」

「ハイハイ」


この状況下においてウィルフレッドの指示に逆らう必要がない。渇探流は大人しく頭を下げて、爆風吹き荒れる中、ウィルフレッドとテーブルを盾にして熱波をやり過ごした。


「誰じゃわれぇぇぇぇぇぇ!!ワシのレストランに風穴開けたタワケはあぁぁぁぁぁ!!」


この店の店長なのだろうか。爆風が収まって来たかと思ったら厨房から肉切り包丁とサブマシンガンを携えた男が店内の奥から飛び出してきた。筋骨隆々だ、羨ましい。

渇探流は冷静にワラワラと武装して出て来た店員達に視線をやっていると、若干息が荒くなっているウィルフレッドの吐息が耳にかかった。


「なんだウィルフレッド、緊張してるのか?この街ではこれが普通なんだろう?」

「いえ、ちょっと興奮しただけです。失礼しました」

「戦士の血が滾るというやつか?バーサーカー気質かお前は?」

「いえ、久しぶりに渇探流君とこんなに密着したので———」

「いーーーざーーーとーーーくーーーん」

「………………………………うん?」


ウィルフレッドがR指定が入りそうなセリフを吐く前に、嫌に間延びした声がレストランに響いた。

渇探流は最初、自分が呼ばれていると気が付けなかった。人生の約半分をウェンライトとして過ごしていた渇探流にとって、日本人名は遠い昔の記憶になってしまったからだ。


「あれーーー?おらへんのーーー?バーストオーシャンに噛ませ情報掴まされたん?いややわぁ〜」

「お前っ……!!カラーギャングがうちのレストランになんの用だ!とりあえず死ね!!」

「いややわぁ〜血の気がおおいことでぇ〜。医里渇探流、ここにおるやろ?彼ぇを探しに来ただけやねん〜」

「………………………………うん??」

「アレって、加茂黄船かも きふねじゃない!?黄巾党の!!」

「キャー!!黄船様〜!!こっち向いてぇ〜!!」

「おおきに、おおきに〜。食事の邪魔して悪いなぁ。ちょーっと用事ぃ済ましたら、すぐ帰るさかいに〜」


渇探流はウィルフレッドと机の隙間から、なんとか声の人物を覗き見た。

黄色いスカーフを二の腕に巻き、黄色いジャンパーと同色のズボン、髪の毛も金髪ときた黄色づくしの糸目の男は、高らかに1発、天井に向けて拳銃を撃った。


「ほぉら〜はやく出て来ぃひんと、もーっと被害がでかなるでぇ〜?お優しい医里君には、耐えられへんとちゃいます〜?」

「……頼むから……!!フィールドワークを……!!させてくれぇ……!!」


医里という人物は、やはり自分のことを指すらしい。と認めざるを得なかった渇探流は、ガックリと頭を垂れた。

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― 新着の感想 ―
ウィルフレッドさん、以外と(?)思考が下半身よりなのかもしれないと笑ってしまいました。生命の危機に何興奮してるんですか(笑)R指定入りそうな台詞も聞いてみたかったような、聞かずに済んで正解だったような…
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