情報整理ととにかくフィールドワークをさせろ
ボケェェェェ!と虚しく響く誰も居なくたなった部屋にて、しかし渇探流はすぐに行動を起こした。
ベッドから飛び降りるとデスクに座り込み、適当なノートとペンを取り出して、先程聞いた情報を整理していく。
「とりあえず、俺の現状は元の世界に帰れず、尚且つ強制的に労働をさせられる奴隷的立場にある、と。それで———」
先程退散したダオロスとか言う神、おかしな民衆、変態バディ、自分の脳に懸賞金がかけられているというところまで書いてから、ふと、渇探流は疑問に思った。
「さっきの亡霊……元の世界に帰りたいという未練と言っていたが……他の世界線の俺にとって、ここは天国のような場所ではなかったのか?なんで、未練が『元の世界に帰れなかった』なんだ……?」
しばし逡巡したが、渇探流は『まあ、全員途中でこの世界に嫌気が差したんだろうな』と思い直して、ノートに今までのことを書き殴った。
渇探流はノートに考えを思いつくままに書いては、パソコンで清書をするタイプの人間である。とりあえず書きたいことをノートに書き終えたら、次に机を漁って引っ張り出したパソコンで順序立てて、わかりやすく清書をして行く。
もちろんパソコンには指紋認証と虹彩認証が搭載されていてセキュリティはバッチリであったが、渇探流本人にとってはパススルーもいいところであった。ロックを難なく解除してWordを立ち上げると、渇探流はパソコンに考えをまとめていく。
「………………うん」
考えをまとめていて、途中で渇探流はパソコンのキーを打つ手を止めた。
いくら思考をまとめようにも、圧倒的に、情報が足りない。
「こういう時は……アレだな……!!フィールドワークだな!!」
キラキラ———と言うより、ギラギラとした視線で、若干ウキウキとしながら、渇探流は荷物をまとめ始める。ノート、ペン、デジタルカメラ、一応ノートパソコンも。そこらにあった高そうなリュックに詰め込んで、渇探流は部屋を出ようとして———そう言えば、この部屋の書物を読んでいなかったな、と部屋の奥を見やった。
「……先に、本を、読むか……?いや、本は逃げないが、生のフィールドワークは時間と共に変化する。とりあえずフィールドワークだろ、カトゥール・ウェンライト。お前はフィールドワークで名声を上げてきた男だろカトゥール・ウェンライト」
ちょうど数年に一度現れるかどうかという神格が登場したばかりであるし、民衆の反応も見てみたい。大災害級の神格とやらが現れて、なおあの快哉を叫ぶテンションでいられる民衆の生活体系に非常に興味がある。
現在時刻は夜の19時と夕飯にちょうどいい時間であるし、フィールドワークがてら外で飯を食べてもいいだろう。
「……問題は……護衛、だが……」
流石にあの光景を見た後だ。一人で街を出歩くのは危険だと馬鹿でもわかる。
しかし、ウィルフレッドには頼みたくない。というか、一緒にいたくない。
これは、そうだな。あの美形君にでも頼んで、適当な護衛を付けてもらうのが1番いいな、うん。
渇探流はそう脳内で即決すると、静脈認証と虹彩認証をクリアしてから、扉を開けた。
「——————あっ、渇探流君」
「なんでここにいるんだよ!?」
扉を出て1秒でウィルフレッドが視界に入り、渇探流は思わず叫んだ。多分に焦りが含まれたその声にウィルフレッドは蕩けるような笑みを浮かべて、まるでよくできた人形のようなご尊顔で、しかし人間臭く心配気に、渇探流に話しかけてきた。
「その……一度は帰ろうかと思ったのですが……叫び声が断続的に聞こえきて……心配で……」
「防音設備ガバかここは!?」
「あっ、心配しないで下さい。たぶん私にしか聞こえてないですから」
「それはそれで怖いんだが!?」
「私、耳はいい方なんです」
少し頬を紅潮させて、照れくさそうにウィルフレッドが微笑む様は、全国の女性が一目見ただけでも涎を垂らし、彼に飛びかかるだろうと渇探流に思わせるぐらいには、美しかった。
しかし、ここにいるのは美醜なぞ『犬にでも食わせとけ』と吐き捨てる男、渇探流である。渇探流はその微笑みにウットリするどころか、逆に背筋に寒気を感じた。
「ところで渇探流君、何処かに出かけるんですか?」
寒さを誤魔化すために腕を擦っていると、大きめのリュックを背負った渇探流に、真顔に戻ったウィルフレッドが問いかける。
そうなると途端に人形じみて感情が読めなくなるのだから、やはりこの男は気味が悪い。
自分の意見は主張して当たり前の文化で人生のほぼ半分を過ごした渇探流は、日本人の遠回しな言い口は苦手であった。
どうせ1番バレたくなかったやつにバレてしまったんだ。嘘をついてもしょうがない。
渇探流はウィルフレッドを真っ直ぐに射抜きながら、何が悪いとふんぞり返って言ってやった。
「外に飯でも食べに行こうと思ったんだよ」
「お供します」
「…………………」
間髪入れずに飛んできた答えに、渇探流は思わず黙ってしまった。
しかし、一応抵抗はしてみることにする。
「いや、ウィルフレッドも疲れているだろう?護衛は他のやつに頼もうと思ってるんだ」
「私が行きます。疲れてなどいません」
「……………この世界に来て、まだウィルフレッドとしかまともに話せていないんだ。他の人間からも話を聞いてみたくてな?」
「必要ありません。全て私がお教え致します」
「………いや、でもな」
「渇探流君」
「ひぇ」
殺意さえ乗っているのではないかと思うほど冷え切った声音で呼ばれ、渇探流は小さく悲鳴をあげた。
「私が、お供、致します」
「…………………………………」
一つ一つ、ご丁寧に区切って主張したのち、ダメ押しとばかりにニッコリと微笑まれて———渇探流は、黙って頷くことしかできなかった。
自分は、ヤンデレ属性に弱いというか、耐性がないのかもしれない。
ゼミ生達は研究バカとお節介焼きばかりだったし、いくら現地密着と言ってもフィールドワークはフィールドワークであり、人との関わりも研究が根幹にある。人脈作りも人間関係も大元は『研究』に集結する渇探流にとって、ウィルフレッドは異質な人物だった。
だって、こんな、渇探流本人に執着する人物なんて、今までいなかったのだ。
ああいや、ダン・ラリーだけは、いつも俺のことを気にかけていたな。
そばかすがチャームポイントの、大型犬のような生徒の太陽のような笑顔を思い出しながら、渇探流はそれとは真逆の冴え冴えとした美形と共に、夜の———大破壊が起きた、東京へと、繰り出していったのであった。
…………そういえば、元の世界線に送られた俺は、どんな状態だったのだろうか?
ふわりと疑問が浮かび上がったが、まあ知ってもどうしようもないかと、その疑問をまた胸の奥に押し込めた。
——————さて、大都会東京、夜。
相変わらず通るたびに頭がクラクラする扉を通り、渇探流とウィルフレッドは、夜の街へと足を踏み出した。
そして———街は、一言で言うと、大狂乱だった。
そこかしこで男や女やよくわからない生物が酒を酌み交わし、踊り、まさに乱痴気騒ぎがそこらじゅうで起こっている。なんだったら子供の姿さえあって思わず渇探流はその子に声をかけたが、振り返った顔面がどう見ても甲殻類だったのでどう対応したらいいか分からず、ウィルフレッドに「気にしてはいけませんよ」と腕を引かれてその場を離れたぐらいだった。
「……常識が、こい……」
若干ゲンナリとしながら大人しくウィルフレッドに引っ張られる渇探流に、彼はクスリと笑いかける。
「渇探流君は、どの世界線でもお人好しですね。こんな街にいる時点で異形か狂人か超人ですので、渇探流君が手を差し伸べる必要なんてないんですよ」
「俺がお人好しだとぉ??」
ウィルフレッドの言葉は大変遺憾であったが、この異常が通常の世界では、どうにも自分の世界の常識で動いてしまう渇探流は『お人好し』の部類に入るらしい。いやだってまだこの世界に転移させられてから半日ぐらいしか経ってないんだぞ。いくら世界各国を回った俺であってもこの期間でこのトンデモ世界に順応するのは無理があるぞこの野郎。
掴まれている腕を振り払おうとして全く振り払えず、どれだけ馬鹿力なんだコイツと思いながらも、しょうがないので渇探流は腕を引かれたまま着いて行く。
ウィルフレッドは、また無表情に戻ると渇探流に問いかけた。
「何を食べたいですか?渇探流君」
「……大衆食堂」
「大衆食堂!?」
「なんだ、何故驚く」
「い……いえ……医里君……他の世界線の渇探流君は、そのようなところには行かなかったもので……」
「はっ、そうだろうな」
腐っても名家、いくら落ちこぼれだと言っても、最低限の体裁は両親———というより、執事だとかメイドから『医里家に恥じないような行動を』と、12歳の頃まで叩き込まれていたのだ。あのままあの家で育っていたら、大衆食堂など『下賎な場所』と切り捨てられ、行かせてもらえなかっただろう。他のあの家を出なかった渇探流ならば、大衆食堂など選択肢にも入らなかったはずだ。
「どうしましょう……レストラン、予約してしまいました……」
「いつの間にそんなことしてたんだ!?というか、俺が何食べたいのか聞いてきたくせにもう店決めてあるってどうなんだ!?」
「いえ……今までの医里君なら、『士道さんお勧めのお店がいいです』と、百発百中で返答されていたので……」
「俺を!!他の世界線の!!俺と!!一緒にするな!!」
渇探流は吠えてから、掴まれたままだったウィルフレッドの腕を今度こそ振り解いた。
そのまま適当な店に入ろうとしたら、またもやウィルフレッドに腕を掴まれて止められる。なんなんだとただでさえ悪い目つきをさらに悪くしてウィルフレッドを睨みつければ、彼は涼しい真顔で、上にある看板を指差した。
「渇探流君、ここは人間お断りの店です」
「はあ??」
渇探流はウィルフレッドが指差した方向に顔を向けると、お手洗いとかにある人の簡易マークに大きくバッテンが付いていた。
なるほど、このマークは人間入店お断りのマークなのか。
と渇探流が納得して、改めてぐるりと狂乱の街中を見回してみる。
すると店舗それぞれに人間マークと化け物らしきマークが描かれており、両方丸のところもあれば両方バッテンがついているところもある。両方バッテンって一体どんな客を相手にしているのだろうか。興味が湧くじゃねぇか。
「まだ渇探流君には、店選びは早いですよ」
「普通に侮辱なんだが?俺は幼児か??」
「いいえ、渇探流君は私の大切な……とても、大切なお方です。貴方を危険から遠ざけるのが、私の仕事です」
「その割には、初っ端から危険に晒されたが?」
店前でそんな話をしていたら、異形の集団が千鳥足で店内へと突進してくるという器用なことをしてきたので、渇探流は避けようとして———ウィルフレッドに抱き込まれて、カエルが潰れたような声を出すハメになった。
咄嗟にウィルフレッドの胸を押しやろうとしたが、この筋肉ダルマ、ガッチリと渇探流を抱き締めて離さない。更にその異形の集団に背を向けたかと思ったら、渇探流のことを横抱き———つまりは、お姫様抱っこをして、当たり前のように歩き出したではないか。
渇探流は抱き込まれてからいきなり高速回転され、突然の浮遊感を感じたかと思ったらお姫様抱っこをされていたという、ある意味超常現象に宇宙を背負う猫のような表情になった。
「……??……いやっ、いやいや!!何やってんだお前は!?降ろせ!!」
「今夜は特に危険です渇探流君。このままレストランに行きましょう」
「正気か!?正気なのか!?可及的速やかに俺を降ろせ頼むから!!」
「嫌です」
頼むから。なんて言葉、元の世界線の生徒達が聞いたら槍が降るんじゃないかと自主的に机の下に避難するレベルでありえない発言だったのだが、ウィルフレッドは冴え冴えとした美貌を少しだけ緩めて、腕の中にいる存在が心底愛おしいと言わんばかりを視線を渇探流に向けてくるではないか。
渇探流はその視線に嫌な方の意味でドキリとしながら、注射を嫌がる猫のように腕を突っぱねた。
「俺は!!フィールドワークがてら飯を食いたかっただけなんだ!!させろフィールドワークを!!民衆と話をさせろ!!」
「今夜はディナーだけで我慢して下さい」
「NOOOOOOOOO!!」
渇探流の叫びは、狂乱の宴によって簡単にかき消された。




