嵐の後の嵐
本作は「株式会社アークライト」及び「株式会社KADOKAWA」が権利を有する『新クトゥルフ神話TRPG』の二次創作物です。
神話生物の自己解釈、改変を含みます。
「…………疲れた…………」
渇探流はそう言いながら自室へ入ると、ボスリ。と、ベッドへと突っ伏した。
あの薄気味の悪い様子のウィルフレッドと共に居たくなくて、キロ単位で街が消滅したと言うのにお祭り騒ぎをする市民(?)達が理解できなくて、渇探流は混乱した。ドチャクソに混乱した。そして、あの時パッと思い浮かんだ一人になれる行き先が、ここしかなかったのだ。
いつもの渇探流ならばアグレッシブにあのまま海外逃亡と洒落込むところだったのであるが、流石に色々とショッキングな出来事が多すぎて、本当に多すぎて、頭の中を整理したくて、様子のおかしなウィルフレッドを急かして『国防省怪異対策部特務課』、なんていう胡散臭いが過ぎる場所へと、帰って来てしまったのだ。
そして現在、「心配だから」とかなんとか言って部屋の中にまでついてこようとしたウィルフレッドをなんとか追い返し、渇探流はようやく一息ついて、ベッドにダイブをしたというところである。
「……色々とおかしすぎて、流石の俺も混乱する……常識がこい……」
突っ伏した枕に力なくそう言って、渇探流はしばらく身体を休める——————なんてことは、するはずもなく。
ガバリとすぐさま起き上がると、渇探流は思考を整理するためにパソコン、もしくはノートにでも先程あったことを書き留めようと思い、部屋にデカデカと鎮座しているデスクへと顔を向けた。
『あっ、今回の僕は凄いね?あんまりダメージ受けてないみたい』
「今度はなんなんだよもおぉぉぉぉぉぉぉ!!」
顔を向けた瞬間、渇探流は叫びながら頭を抱えた。
顔を向けた先のデスクに、不審者——————と言っていいのかどうかもわからない、明らかに身体が半分以上透けている、いわゆる『幽霊』のような人物がやたらと姿勢良く、デスクの椅子に座っていたからだ。
その不審者(?)は、クスクスと上品に口元に手を当てて笑うと、渇探流に律儀に自己紹介をしてきた。
『今回の僕は、なんというか……凄いワイルドだね?あっ、僕の名前は医里渇探流です。もちろん君とは違う世界線のね?それにしても、こんな僕が来るなんて初めてだからとっても驚いているよ』
「奇遇だな。俺も今人生で初めて半分透けている人間の姿をした何かを見ていて大変驚いているぞ。なんなんだ。化け物の次は幽霊か?オカルトが大渋滞を起こし過ぎて驚愕の感覚が麻痺してきたぞ???」
渇探流が諦めの境地でベッドにあぐらをかいて座り直すと、改めて突如現れた幽霊?を上から下まで眺めてみた。先程の状況が常軌を逸し過ぎていたためか、今更幽霊の一人や二人出てきたところで、だからなんだ、話が通じている分、かなりマシな方じゃないか。なんならウィルフレッドよりマシまである。という、半分以上やけっぱちとも言える精神でもって相対した。
それに、この超常的な存在が渇探流に何かをしようとした場合、渇探流は何も抵抗ができないだろうことも、やけっぱち精神に拍車をかけていた。ワンチャンこの部屋から逃げ出せる可能性はあるかもしれないが、かなり分が悪い賭けになってしまうだろう。なんせ相手は幽体である。壁を抜けてショートカットとか普通に出来そうだ。
つまり、この幽霊が渇探流を殺そうとした場合、渇探流になす術はないのだ。なのだから開き直って、腰を据えてお話をすることにしたのだ。何より敵意を感じなかったし。
それで、その『別の世界線から来た医里渇探流』は、ノリのきいたシャツに、品のいい坊ちゃんが着るようなスーツをキッチリと着こなしていた。髪の毛はサラサラのストレートで、目の下に隈も無い。肌なんかもきめ細かく、そこらの女子に嫉妬でもされるんじゃないかというほど、滑らかだ。
ベッドに座っている方の渇探流は、ボサボサの鳥の巣頭に、目の下に濃い隈、ガサガサの肌に、服装はダルダルの黒いTシャツにGパン、そして白衣を羽織っているという出立ちだ。この二人が同一人物であるということが、渇探流には信じられなかった。
信じられなかったが、『この幽霊のような医里渇探流』になる要因というか、原因には、非常に心当たりがあった。非常に不本意ではあるが。
「お前……というか、『お前達』と、言った方がいいか?『お前達』は、あのクソを煮詰めたような実家から、出て行かなかった俺なんだよな?馬鹿なのか?死ぬのか?あっすまん精神的に死んでたなもう」
『……凄いな……僕って……こんなに口が悪くなれるものなの……?何をどうしたら……そうなるの……?』
「12歳でアメリカに単身留学して、医者の道は諦めて考古学と民俗学、言語学を極めて教授になればこんな口調になれるぞ。あっ、アメリカ国籍を取得して日本の国籍を捨てることは絶対に忘れるなよ?」
『アグレッシブ過ぎない!?日本国籍を捨ててたの!?今回の僕って!?』
「それだけあの家族と言う名の何かと縁を切りたかったんだよ。それより俺は、『お前ら出ていかなかった渇探流』の方がプロトタイプなのにビックリだわ。なんであんな家なんかに溜まってたんだよ?特殊性壁でもあるのか?」
『特殊、性癖……!?』
なにやら幽霊の渇探流は酷いショックを受けたらしく、口元に品良く手を当てて、目を見開いた。所作がいちいち大和撫子めいていて、渇探流は元々悪い目つきを、更に険しくさせる。
「……なんという女々しさだ。お前を見てると、本当にあの家を出て行って良かったんだと、改めて過去の俺を褒めてやりたくなるな」
『うう……酷い言われようだ……まっ、まあ、とにかく、僕の……僕らの、目的を話そう。というか、話させて?』
「……『僕ら』?」
『そう。僕ら。今ここにいる僕なんだけど、まあ、いわゆる残留思念?とか、地縛霊?みたいなものなんだ』
「残留思念にしては、随分と流暢に意思疎通ができているが……」
『僕の本当の精神は狂って、精神交換で違う世界に飛ばされちゃってるからね。だからやっぱり、地縛霊と言うよりかは、残留思念って言った方が近いかな』
「改めて酷い仕打ちをされていると再確認できたわ。使うだけ使い倒して、精神ぶっ壊れたら新しいのと交換とか、俺の人権無さすぎないか?よく今までの渇探流は、逃げ出そうとしなかったな?」
『だって……皆、僕を、必要としてくれたから』
「………………」
渇探流は幽霊のこの言葉に、渋面を作った。この、他人からの評価でしか自分の価値を確認できない『別の世界線の渇探流』を見ていると、昔の自分が思い出されて、思わず苦い表情になってしまう。
——————そんな無駄なこと、俺も昔は思っていたよ。
「……この話はやめよう。不毛だ。で?話しておきたいこと、とやらはなんだ?別の世界線の俺よ」
『うん、あのね、呪文をあげようと思って』
「……………………………じゅもん?」
『そう、呪文。肉体の保護って言うんだけどね』
「待て待て待て。急にハンドルをオカルトに振り切るな。話についていけない。なんだいきなり厨二的な話を始めるな」
『この世界の人たちは、半分以上が使える魔術だよ。覚えておいて損はないよ?』
「この世界の、住人……」
ここで渇探流は、なんだかスーパーなヒーロー的な技を駆使する住民達を思い出して、遠い目をした。そう言えば普通に使っていたな。ここの住民達は。
そうだ。そういえば、渇探流は住民のことも色々と聞きたかったのだ。様子のおかしなウィルフレッドには近づきたくもなかったし、他の職員も信用できるかと言われたら、できるわけがない。しかし、『あの実家』から出られなかった自分であれば、信用できる。あの愚かな頃の自分ならば、助けられる人命は助けようとするはずだし、嘘をつくこともできないはずである。なんせ自分自身のことだ。そこら辺は、誰よりも理解している。
そこまで考えた渇探流は、幽霊の自分とは違い、ガサガサに乾いている唇を開いた。
「その話は一旦脇に退けて、聞いていいか?この世界線は、宇宙人に侵略でもされてるのか?明らかに人類ではないモノが市民に混ざっていたり、人間も銃の携帯を当たり前にしていたりと、かなり物騒なことになっていたんだが」
『侵略……とは、ちょっと違うかな?彼らとは奇跡的なバランスでもって、共生してるんだよ』
「共生?」
『うん、主な種族は蛇人間、ミ=ゴ、チョーチョー人、グール、イスの偉大なる種族……あたり、かな?シャッガイからの昆虫や突発的に地球に飛来してくる種族、カルト教団が使役していたり、崇めていたりする神話生物も合わせると……数え切れないんじゃない?』
「神話生物とやらは、今日ダオロスとか言うやつに遭遇したが……とても共生できるような存在には見えなかったぞ?」
『アハハハ。ダオロスは外なる神だもん、神って名のつくものは基本的に災害よりもタチが悪いから、共生なんて無理だよ。今この世界線で共生できてるのは、あくまで独立種族や、奉仕種族だけだよ』
「……初めて聞く単語ばかりだ。そいつらの資料も、この部屋にあるのか?」
『もちろんあるよ。あっ、でも調べるのはあとにしてね。先にこっち。肉体の保護を覚えてもらわないと』
「その呪文とやらも、書籍にまとめてあるんじゃねぇのか?」
『呪文はね、まとめてないんだ』
「なぜ?」
『読むだけで気が触れてしまうものもあるし、歳をとってしまうものもあるし、見るだけで死んでしまうものもあるから、とっても危険なんだ。かと言って簡略化したものを書くと効果が薄れたり、そもそも呪文が発動しなかったりしちゃうし』
「そんなものを教えて、本当に大丈夫なのか!?」
思わずベッドの上で後退りをしてしまった渇探流は、半透明に透けている『別の世界線の渇探流』に向かって怒鳴りつけた。半透明な幽霊は少し目を見開くと、クスクスと上品に笑いながら、口元に手を当てる。『亜種』と呼ばれる渇探流はあえて下品な笑い方をするので、こんな上品に笑う自分を見ると、正直鳥肌が立つ。
『大丈夫だよ。安全に教える為に、僕たちがいるんだから』
「……僕たち僕たちと先程から言っているが、お前みたいなのが他にも、何人もいるのか?」
『いるよ。だって、僕を助けてくれるのは、士道さんと……僕たちだけだからね』
士道。
その言葉を聞いて、渇探流の背筋は粟立った。
あの恍惚のヤンデレポーズをかましたウィルフレッドが唯一助けてくれる奴だったとか、可哀想が過ぎるだろう俺。もうちょっと待遇を改善してくれ、国防省怪異対策部特務課。いや、待遇改善という次元の話ではないぐらい、この世界線にとって、医里渇探流という存在は都合よく使われているのだが。
抗議をするか逃走をするかは置いておいて、とりあえず渇探流はその『肉体の保護』なるものは何かを問うことにした。呪文なんてファンタジーなもの、本当に自分が使えるものなのか。
「その、肉体の保護とやらの効果は?代償はないのか?」
『効果は物理的なダメージに対して装甲がつくこと。代償は魔力と正気。魔力は一晩眠れば元に戻るから、とても使いやすい呪文だよ。ただ、正気は特別なことをしない限り減る一方だから、多用はお勧めしないかな』
「魔力や正気が無くなると、何か不都合が起きるのか?」
『魔力がなくなると、気絶しちゃうんだ。正気がなくなると……』
そこで言葉を止めた別の世界線の渇探流は、半透明な自身を指差して、苦笑した。
『狂って、僕みたいな存在になっちゃうよ』
「……一つ、疑問なんだが……今まで、肉体的に死亡した医里渇探流は、いなかったのか?」
『士道さんが治癒の呪文を使えるし……それに、この街には蘇生屋とか、復活屋とかが普通にあるから、代償さえ支払えば、死んでも勝手に蘇生されるよ』
「勝手に……?」
『うん、自殺をした僕もいたみたいだけど、蘇生させられて、結局は狂っちゃって、精神交換された子もいたみたい』
「……つまり……RPGのように……正気が無くなるまで……勝手に復活させられたあげく、使い倒されると……言うことか……?いや、いやまて。死んだ人間も生き返らせることことができるというのなら、その正気とやらも回復させることができるんじゃないか?」
『正気が回復するお寿司屋さんとかあるよ』
「あるんかい!!」
思わず渇探流はツッコんでしまったが、ハタと気がついたことがあったので、大阪のおばちゃんバリにツッコミを入れてしまった手を下げた。
「ちょっとまて。身体も復活できる。正気も回復出来るとなれば、なんでお前みたいに『正気を無くす個体』が出来上がるんだ?」
『それはね』
半透明な医里渇探流は、品良く苦笑をすると、少しだけ、悪戯っぽく笑った。
『——————一目見ただけで、正気度が直葬されるモノが、たくさんあるからだよ』
「やっぱり地獄じゃねぇか!!」
幽霊の答えに、渇探流は枕を思いっきり叩いた。