世界救済
本作は「株式会社アークライト」及び「株式会社KADOKAWA」が権利を有する『新クトゥルフ神話TRPG』の二次創作物です。
神話生物の自己解釈、改変を含みます。
一旦状況を整理しよう。
渇探流はウィルフレッドに連れられて、複雑に入り組んだ何らかの施設内を歩かされ、進められたその先で、たぶん廃駅の入口に偽装でもされたシャッターを開けて、外に出た。ここまではいい。なんだか外に出る時に気圧の変化なのかなんなのか、軽い眩暈に襲われた気がするが、これは些細な出来事であろう。
ここまではいいのだが、明らかに自分が見たことのない物体——————よくは見ていられなかったが、何か、幾何学的な模様?を描く、半球体と直線で構成された、よくわからん物体がブクブクと膨れ上がり、ビルや車、民家を飲み込んでは膨張を続けている、そんなわけがわからない光景を見させられて、渇探流は絶叫したのだ。ここまではいい。いやよくないが、ここまでは一応、理解はできる。
しかし、「あの神格は、どう対処したらいいですか?」という問いかけはワケガワカラナイ。むしろ訳がわかる奴がいたらビックリドンである。
「知るか!!俺は考古学者であってモンスターバスターじゃねぇんだよ!!あんなわけがわからない物体の対処法なんぞ知るかボケェ!!」
渇探流がウィルフレッドにそう叫ぶが、その間にもその半球体と幾何学模様を合体させた理解不能な物体は、ブクブクと膨張を続けている。渇探流の目の前にも逃げ惑う人々が雄叫びをあげていたり、母親とはぐれた子供が泣いていたり——————は、何故か、していなかった。
むしろ、人々は皆、化け物を目の前にしているというのに、お祭り騒ぎもかくやと言った騒々しさで避難している。なんというか、全体的にテンションが高い。
もしくは化け物を見てバイブスでも上がったのか、冷静さとは真逆で化け物に突っ込んでいく奴もいるし、かと思えばいきなり座り込んでブツブツ言い出す奴もいたりする。というか、よく見たら普通に怪獣みたいな奴らが混じっているんだが、あの怪獣みたいな奴らは、いったいなんなんだ?普通に一般市民と一緒にいるみたいだし、普通に動いているのだが、なんなんだ?ツッコミたいのに状況が逼迫し過ぎててツッコめねぇ。
中には銃を取り出している人間もいるんだが、ジャパンは銃って所持しちゃいけないんじゃなかったか?なんで当たり前のように、皆拳銃をもっているんだ?子供も持っているように見えるんだが?ツッコミ所が多過ぎるな???
渇探流が混乱の坩堝にハマっていると、隣にいたウィルフレッドが、肩をグッと掴んで来た。
混乱と焦燥をぐちゃぐちゃに混ぜ込んだような感情を抑え込みながら、渇探流はウィルフレッドの顔を見上げる。
——————そこには、冴え冴えとしたブルーアイが、渇探流を射抜いていた。
「渇探流君、大丈夫です。アイツと遭うのは、二度目です」
「……にど、め……?」
いや、二度目だと言うのならば、お前がどうにかしろよ。
その言葉を放つには状況が切迫しすぎているので、渇探流は端的にウィルフレッドに問うた。
「前回は、どう対処したんだ?」
「銀の鍵、というアーティファクトを使用して、アレを異次元まで飛ばしました」
「アーティファクト……?その、銀の鍵とやらは、どこにある?」
「銀の黄昏教団との抗争で、紛失しました」
「はいぃ!?それじゃ、もうどうしようも——————」
ないじゃないか!!と、言おうとしたところで、突然、渇探流の脳裏に、一つの知識が浮かび上がって来た。まるで真っ暗な水底から、白い文字が浮かび上がるように、その知識は文字の形をとって、文章を作り出す。
『——————召喚者が死ねば、ダオロスは還る』
渇探流はその浮かび上がって来た文字列を、そのまま読むようにして話し出した。つい、話してしまったのだ。
いつもならば、思考を整理してから弾丸の如く話し出す渇探流なのであるが、状況が状況なのでそのまま、思い浮かんだまま、口に出してしまった。失態に次ぐ失態である。
「……召喚者が、死ねば……ダオロスは、還る……?」
「承知しました」
「……えっ……?」
「総員通達。撤退・避難活動に全力を注げ。召喚者が死亡すれば、かの神は還られるらしい」
「ちょっ、ちょっと待て。今のは突然頭に思い浮かんだから、思わず口から出ただけで……!!」
「『それ』が、貴方の強みです。召喚者はまだ生きていますか?死んでいますか?」
ウィルフレッドにそう問われれば、渇探流の口が、再び渇探流の意思とは無関係に、勝手に、言葉を紡ぎ出す。まるで反射のように行われたそれに、渇探流は訳もわからず、自分で自分の口から出る言葉を、他人事のように聞いてしまった。
「『召喚と同時に死んでいるでしょう。ダオロスによって粒子レベルに分解されるまで、あと数分といったところです。それまで市民の皆さんの避難誘導を最優先にお願いします』……っ、!?なっ、あ……!?」
渇探流は、突然ベラベラと話し出した己の口を、べチン!と、叩いて塞いだ。
そんな渇探流の様子を見ながら、ウィルフレッドがまた無線機に向かって、渇探流の言葉を繰り返す。
その様子を、背中にダラダラと流れる冷や汗を感じながら渇探流が見ていると、話し終わったウィルフレッドに腕を掴まれて、路駐してあったバイクの後ろに、強制的に座らされた。
抵抗しようにも、腕を引っ張られたと思ったら急に脇の下に手を入れられて、まるで子供でも扱うかのように、ヒョイと乗せられてしまったのだ。渇探流が追撃のショックを受けて固まっているうちにフルフェイスのヘルメットを被らされて、同じようにフルフェイスのヘルメットを被ったウィルフレッドがバイクの前に乗ると、「行きますよ!」と声をかけられたので、渇探流は慌てて目の前の広い背中にしがみついた。
「いっ、いくって、どこへ!?」
「あの神から、なるべく遠くへ!!貴方を生かして、逃すことが私の使命です!!」
「逃げるって、おまっ——————」
ここにいる人(?)たちは、どうなるって言うんだ!?
そんな渇探流の疑問に答えるかのように、いきなり背後でヴヴンッといった、何かの振動音が聞こえた。
もちろん気になった渇探流は、あの神とやらを見ないようにしながら、器用に後ろを振り向く。そこには、信じられない光景が広がっていた。
「……SF……かよ……?」
人々はお祭り騒ぎのような、狂気的な雄叫びを上げながら、なんかよくわからん光線銃や、バリア?みたいなものを張っている奴らがいる。主に異形の連中どもだが、人間の姿をしている奴でも、普通になんらかのスーパーなヒーロー的な技を使っていたりする。あの神とやらには焼石に水な攻撃のようだが、それでもなんだ。なんなんだこの世界は。世界人類が超能力者の世界なのか!?ここは!?
普通に銃を携帯している渇探流よりも強そうというか、ハリウッド映画のヒーローショーのような光景が眼前に広がっていて、素直に渇探流はドン引いた。
「ここの住人なら大体大丈夫です!貴方より大切なものなんてこの世にはありません!出発しますよ!!」
「俺より大事なものはないという意見には賛同するが、あの状況は——————あああぁぁぁぁ!!」
渇探流のセリフの途中で、いきなりウィルフレッドがバイクのエンジンをかけて、急発進をしやがった。
いきなり引っ張られた渇探流はウィルフレッドの背中に改めてしがみつき、あまりの速度に悲鳴を上げる。
一気に世界が高速で通り過ぎて行き、慣性の法則で渇探流は背後へと引っ張られる。バイクから振り落とされないために、渇探流はウィルフレッドの背中へしがみついた手に力を込めた。
速度が早すぎて視界が正確に周辺を認識出来ず、景色が線のようになって見えるし、爆発音や、何故かお祭り騒ぎのような人々の声は聞こえてくるし、たまに誰かの叫び声や鳴き声も聞こえてくるのだが、一体何百キロ速度を出しているんだというバイクによって、渇探流がそれらを耳にとらえた側から、全てが遠ざかっていく。むしろ轟々と鳴る音風のによって、半分以上も聞き取れていないはずなのに乱痴気騒ぎの声が聞こえてくるのだから、どれだけ民衆はヒートアップしているのだろう。
そんなことを考えながらも、渇探流はあまりのスピードに話すことも、怒鳴ることも出来ずに、ただただ、ウィルフレッドの背中にしがみつくことしか出来なかった。
——————そして、どの程度の時間が経ったのか。
一瞬だった気もするし、数分か、もっと長かった気もする。必死に渇探流がウィルフレッドにしがみついていたら、突然バイクに急ブレーキがかけられて、後輪が浮いた。
「っだあぁ!?」
我ながら情けない悲鳴を上げてしまったと思った渇探流だが、超スピードからの急停止からの浮遊感のトリプルコンボを受けて、悲鳴を上げない人間の方が絶対的に少ないと主張したい。
走ったわけでもないのにゼヒュゼヒュと息を荒げている渇探流を振り返り、ウィルフレッドは無表情のくせに、優しく、まるで壊れ物でも扱うかのように、己の腹に回された渇探流の手を包み込んだ。
「やはり、渇探流君の言う通りでしたね。もう大丈夫ですよ、渇探流君」
「………………ほぁ?」
いかん。アホみたいな声を出してしまった。
渇探流はウィルフレッドが視線を向けた——————というか、フルフェイスのヘルメットを向けた方向へと、自分も顔を向けて見る。
そこには、巨大なクレーターが直径何キロメートルにも渡って出来上がっており、渇探流は、知らずに生唾を飲み込んだ。あまりにも無残で、現実離れした光景であったからだ。
まだマシと言えるのは、核や爆弾類の攻撃では無かったので、火災や津波などの二次災害が起こっていなさそうなことであろうか。いや、今にも起きるのかもしれないが。今は嵐の前の静けさなのかもしれないが。
あのよくわからん神とやらのせいで、キロ単位の建物が地面ごと消滅したのだ。渇探流は現在、かの神とやらが顕現した場所からかなり離れた小高い丘にウィルフレッドといるので、あの被災地周りがどうなっているのか、わからない。見ることができない。
「こっ……これ……さっきの……民間人?達は……?」
「さあ?しぶとく生きてるかもしれませんし、死んでるのかもしれません」
「はっ!?おまっ、それは——————!!」
流石に不謹慎だろう。
そう言ってやろうと、渇探流はウィルフレッドの手を振り払い、フルフェイスのヘルメットを頭から外した。
渇探流と違ってウィルフレッドはヘルメットをしたまま、しかしヘルメットのブラックシールド越しからでも見える、冴え冴えとしたブルーアイを真っ直ぐに、渇探流へと向けている。
それに一瞬だけ渇探流は気圧されたが、すぐに持ち直して、キッ!と、ウィルフレッドを睨みつけた。
「お前は、一応市民の義務を守る警察?なのだろう。その言い方は——————」
渇探流がウィルフレッドに苦言を呈そうとした、その瞬間。
地鳴りとともに、喝采が渇探流達がいる場所まで、微かだが聞こえてきた。
「……は……?」
「かの神が還られたので、市民が喜んでいるみたいですね。これからは街の再建とあわせて、三日三晩はお祭り騒ぎですよ」
「……は……?」
ヘルメットを取ったウィルフレッドが、快哉を叫んでいる被災地に顔を向けたまま、無表情で信じられないことを言ってきた。渇探流はあまりの信じられなさに、またアホみたいな声を出してしまった。
アホみたいな声を出していることすら、渇探流は気が付けないほど、気が動転していた。
——————お祭り、騒ぎ?街の復興や哀悼のための鎮魂では、なくて?……何を言っているんだ?この男は?
渇探流はそう考えるが、しかし、遠くに見える街から微かに聞こえる声は、確かに乱痴気な音頭、快哉の、お祭り騒ぎの声である。
「渇探流君」
「……なんだ」
ウィルフレッドが、至近距離で渇探流に顔を近づけてきた。近すぎる距離に、渇探流は思わずバイクから降りて逃げる。
逃げられたウィルフレッドは何を考えているかわからない無表情でバイクから降りて駐車をすると、逃げた渇探流をごく当たり前のように追いかけた。渇探流は逃げようか一瞬迷ったが、ここで逃げたらなんだか負けたような気がして、ウィルフレッドが近づいてくるのを厳しい視線で追う。渇探流の目の前まで来たウィルフレッドは、無表情の目だけを少しだけ細めて、渇探流に、当たり前のように話しかけてきた。
「これが、この世界の日常です」
「……にち、じょう?」
「はい、流石にあのレベルの神が顕現されるのは数年に一度程度ですが、日々、大小様々な事件が起きるのが当たり前。明日、いや、一瞬先には死ぬかもしれないのが当たり前。そんな世界です」
「……それは……」
渇探流は、絶句した。
アメリカも日本よりは治安が悪いし、スラムなんて更に治安が悪いが、危険な場所に近づかなければ流石に死の危険は少ない。
その、死の危険が、ウィルフレッドの言葉を信じるなら、良き隣人というレベルで近過ぎる。そんな危ない世界に、自分は精神交換とやらをされて、その上で『あのような化け物』を相手どって、事件を解決しなければならない、というクソみたいな状況になっている。ということ、で?
「……さいあく、だ……」
「何が、最悪なんですか?」
「なにがっ……て……なにもかも、だよ……」
顔を青褪めさせて震えている渇探流が見えているのかいないのか、いや、絶対に見えてはいるはずなのに、ウィルフレッドは無表情で、小首を傾げる。
渇探流がゆっくりと首を横に振るのを見て、ウィルフレッドは初めて、表情らしい表情を見せた。
それは——————恍惚。
頬を上気させて、アイスブルーの瞳をゆるりと緩めて、赤い、赤い唇をニッコリと、笑みの形に歪めて、まるで蜜ごとのように、ウィルフレッドは囁いた。
「大丈夫です、渇探流君。何があっても……何が起きようと、私が、渇探流君を、守りますから」
「……………………」
まるで恋する乙女のような表情で、今まで人形のようだったウィルフレッドがそう言うのを聞いて、渇探流は安堵するどころか、逆に固く決心をすることとなった。
絶対、どんな手を使ってでも、元の世界に帰ろう。と。
渇探流が元の世界に帰るための戦いは、逃走という敗北から、始まったのであった。