説明と世界救済
本作は「株式会社アークライト」及び「株式会社KADOKAWA」が権利を有する『新クトゥルフ神話TRPG』の二次創作物です。
神話生物の独自解釈、改変を含みます。
つまり簡単に言うと、自分は『この世界』のための『生贄』に選ばれた。という理解で大丈夫か?大丈夫じゃねぇけどそうとしか受け取れねぇな?全然大丈夫じゃねぇけど最初っから『元の世界にはお前戻れねーから!』って書いてあるし、とりあえず後で書斎にあるとか言う二十七人もの『医里渇探流』が挑戦した研究成果でも見てみるか?
——————そもそも、『この世界線の医里渇探流』が、なんでこんな変な組織に属していたのかとか、まぁそこら辺の過程はぶっちゃけ心底どうでもいい。問題はあれだ。コイツがこの手記を書いた時点で、少なくとも二十七人の『医里渇探流』が、精神交換をされているということになるということである。長いな?いや正直混乱している自覚はある。しっかりしろカトゥール・ウェンライトお前は天才考古学者かつ民族学者かつ言語学者だ。未踏のピラミッド探検隊で一人トラップにかかり仲間に見捨てられた時を思い出せ。こんなことになるんならあいつら全員殺しとけばよかったなあの時の恨み一生忘れねぇぞ!!——————ではなくて。
つまり、この手記を書いた奴を含めて、最小で……二十八人か?数人は誤差の範囲と一旦定義しておいて——————精神交換のサイクル早過ぎるだろ!?この身体を見るに、精神交換前の二十歳の自分とあまり差異は見受けられなかった。というか、まんまであった。違いがむしろ来い。あまりにも『精神交換』とやらの前の自分と同じ過ぎて『違う身体だぴょん』とか言われてもわからねぇぴょん。ダメだな頭が混乱して語尾がおかしくなって来たぞ。
とにかくだ、『この世界線の医里渇探流』が何年前からこの組織に所属していたかは知らないが、流石に五年ぐらい前がギリギリと考えよう。それでも十五歳だが、俺は秀才なのでそれぐらいから働いていてもおかしくはない。天才ではないぞ、秀才だからな。そこ間違えないでくれよ。
それで計算したって『一人の医里渇探流』につき、『約二ヶ月』のサイクルで精神交換が行われている計算になるぞ?馬鹿か?馬鹿なのか?この世界に勝手に精神を拉致された挙句、お前の寿命あと二ヶ月なって、『自分』が『自分自身』に忠告してるんだぞ?しかもたぶん、実際はもっと短い奴もいるはずだ。あくまで全員を平均した最長で考えて。で、この期間だからな!?
まだ渇探流はドッキリの線を捨ててはいなかったが、この部屋には一朝一夕では説明がつかない生活感があり過ぎていたし、学者が調べもせずに最初から『これは無い』と可能性を否定するのは、ど三流と昔から相場が決まっているのだ。
「……推定、プロトタイプ医里渇探流が要領の悪い木偶だったのか、この職場がブラックなのか、はたまた両方か……」
そう考えている渇探流の耳に、コンコンコン。と扉が叩かれる音が聞こえた。渇探流は手に持っていた手記を乱暴に引き出しに戻し、扉に身体を向ける。
「誰だ」
「先程の者です。名前を名乗り忘れましたね」
「声は覚えている。今開ける」
ここの扉、入ったらオートロックで閉まり、出る時も医里渇探流の虹彩認証と静脈認証が必要なようである。本当に警備が徹底している。落ち着いたらどんな機密文書があるのかじっくり探索しよう。むしろ気になってきたから今から調べようかね。ここに長くはいたくねぇし。
そんな好奇心を押し殺しつつ、渇探流が扉を開けたら、先程の美形君が白衣とホルダーに入ったグロック19を両手に持って入って来た。入って来たところでやはり扉が勝手に閉まり、カチリとロックがかかる。
「ここでは滅多なことはありませんが、声を真似するなど造作もないことですので、過信はしない方がいいか、と……?……なぜ、病院着のままなんでしょうか?」
「この部屋の服は趣味じゃあない。黒のロンTと余裕のあるGパンとベルト、あと安全靴が俺の標準装備だ」
「………………はあ」
「というわけで、その服を三着ずつ持って来てくれ」
「………………はあ」
その美形君は『何を言っても無駄』という言葉が表情に出ていた。おいお前機密保持が云々言っておいてそんなに考えが表情に出ていいのか?と渇探流は思ったが、自分には関係がないことなので無視することにする。指摘してやる義理もクソもないし。
そして、改めてその美形君が渇探流の要望通りの服を持って来たのでそれに着替え、腰にグロック19が入ったホルスターを下げる。真っ白い白衣を外套のように羽織れば、ようやくいつもの自分の格好になった。渇探流はやはり緊張していたのか、知らずにホッと息を吐き出して安堵した。
「早速で申し訳ないのですが、また先程の部屋に来るように命令されております」
「……わかった」
無表情に戻った美形君にそう言われ、大人しく渇探流は後をついて行った。先ほど記憶した通りの道順で、先ほど出たばかりの部屋に到着し、中へ入ると、先ほどの課長と呼ばれた男がいたのだが、それとは他に、男が一人、増えていた。
身長が随分と高い。渇探流は165cmとやや小柄な身長ではあるが、その渇探流よりも20cmは高い気がする。
黒髪だが、瞳は目が覚めるようなブルーアイだ。顔つきも彫りが深く、イケメンである。身体もスーツの上からでも分かる程鍛え上げられた、筋肉質な身体だ。軍の人間に近い身体つきをしているな。と、渇探流は思った。
ハーフか、黒髪の外国人か?と渇探流が男を観察していると、その男と目があった。
瞬間、その男は目を見開いて固まった。まるで信じられないものを見たかのように驚きで口を開け、唖然としている。一体全体なんなんだごら言いたいことがあるなら言えやごら。
「連れて来ました」
「ご苦労……と、言いたいところだが、なんだ貴様?その格好は?部屋にスーツが何着もあっただろう?」
「スーツを着るのは学会だけで充分なんだよ。しかもなんだ、あの坊ちゃん趣味の動きにくそうな服は?『今までの僕』とやらは、随分とお行儀も品も良かったみたいだな?」
「……この『亜種』が……!!」
「亜種という言い方は不愉快だからやめろ。あと、俺はこんな職場、近いうちに辞めるぞ」
「は!?なっ、何を言ってるんだお前は!?」
「そりゃこっちのセリフだメタボ。部屋を少し漁っただけでヤバいもん見つけちまったんだよ。この世界は治安が悪いらしいが、俺はアメリカのスラム街に住んでたんでな。護身の心得ぐらいはある。というわけで俺の預貯金を下ろしたあと、俺はアメリカに行く」
「待て待て待て待て!!本当に待て!!本当にちょっと待って下さいお願いいたします!!」
「殊勝な物言いは俺好みだな、聞いてやらんこともないぞ」
「態度がデカイんだわ……じゃなくて!!なんでアメリカなんかに行くんだよ!?お前には働いてもらう為にここに呼んだって言ったよね!?」
「それはそちらの都合だろう?俺は了承した覚えはない。あと、あの部屋にあるものは電子書籍にして全て持ち去りたい。いいよな?そして何故アメリカに行くのかの答えは、そもそも俺はアメリカ人だからだ。母国に帰って何が悪い?」
「『この世界線』のお前は純日本人じゃボケェ!!これから早速働いてもらうんだから、アメリカなんぞには行かせんぞ!!」
「うわ出たよジャパニーズブラックキギョー……訴訟起こして勝つぞ。誰が働くかやだぴょーん」
「うわ渇探流がぴょんとか言った驚きすぎて鳥肌たった気持ち悪っ……でなくて!!ええい話が進まん!!士道!!コイツ連れて現場に行け!!」
士道?とは、先ほどの激ヤバ日記で要約すると『バディ』だと書かれていた、あの士道か?
メタボの隣にいる、冴え冴えとしたイケメンがあの士道か、イケメン死ねばいいのに。ではなくて、何故かよくわからないが、いきなりこれから仕事を任せられるらしい。ビックリだ。こちとら何も了承してなんかいないのに。
いきなり精神交換とか言うわけわからんことをされた(しかもこれも真実かどうかわからない)挙句、なんの説明もないままいきなり仕事ときた。ブラックで有名なジャパンだとしても、これは流石に人権が無さすぎないか?人権がなさすぎてビックリなんだが?とりあえずこの士道という奴はいい人?らしいから、コイツに金でも借りて、とりあえずアメリカに飛ぶか?
「行きましょう、医里君。説明は道中でします」
「ファミリーネームで俺を呼ぶな。カトゥール・ウェンライト——————では、日本では呼びにくいか?渇探流と呼べ」
「……わかりました、渇探流君。こちらです」
冴え冴えとしたイケメンは渇探流の腕を取ると、やけに近い距離のまま、監視室のような部屋を出た。
部屋を出たイケメンは、すぐさま話しかけてくる。
「改めて自己紹介を致します。私は士道ウィルフレッドと申します」
「ウィルフレッドだな。とりあえず今は逃げたりなんてしねぇから、この腕を離してくれないか?」
「……失礼しました。しかし、私から半径一メートル以上離れないで下さいね」
「俺は幼児か!?いや、逃亡を警戒してるのはわかるんだが、流石にさっきの今で逃げたりはしないぞ!?」
「いえ、逃亡云々もそうなのですが、純粋に危険なのです」
「この世界の治安が悪いって話だろ?でも、俺は銃の腕には自信が——————」
「違います」
「……なに?」
「まず最初に、貴方御自身の価値についてお話致します」
「……俺の、価値?」
「はい」
渇探流がさりげなくウィルフレッドから離れようとするが、ウィルフレッドはその長い脚で、渇探流との距離を開けないように、器用に歩いてくる。渇探流が歩みを止めようとしたら迷いなくその長い腕が伸ばされてきたので、渇探流は仕方なく、ウィルフレッドの半径一メートル以内を歩くことを余儀なくされた。
そんな無言の攻防をしながらも、ウィルフレッドは目が覚めるようなブルーアイで、ひたりと渇探流を見つめてくる。目を逸らす謂れもないので、渇探流はその瞳をジトリと見返したら、何故か相手が少し頬を染めてから目を逸らした。なんだ。何があったウィルフレッドよ。
渇探流がそれでもジッとウィルフレッドを見つめていれば、ゴホンと咳払いをした彼が、ようやく語り始めた。
「貴方の脳には、懸賞金がかけられています」
「あなたの、のうに、けんしょうきん???」
いかん。バカみたいなおうむ返しをしてしまった。
しかし、ウィルフレッドは渇探流の反応には何もリアクションせず、一つ頷いてから、話を続ける。
「貴方の脳には、これまでの国家機密情報が詰め込まれています。その情報を手に入れる為に、各国から渇探流君は狙われています」
「ねらわれている???」
いかん。またバカみたいなおうむ返しをしてしまった。
しかし、ウィルフレッドはこれにも反応せず、説明を続けていく。
「はい。ですから、ボディーガードである私から、片時も離れないで下さい」
「待ってくれ。ツッコミ所が多すぎる。脳に懸賞金ってなんだそれ怖すぎるぞ?デッドオアアライブなのか?生死は問わないのか?というか、国家機密も何も、俺は全く覚えていないぞ?」
「それは、まだ渇探流君が目覚めたばかりだからです。きっかけさえあれば、色々と思い出すはずです」
「怖い怖い怖い怖い!!おいツッコミ所しかねぇぞ!?っつーか、国家機密が俺の脳に詰め込まれてんなら、それこそ大事に匿えよ!!なんだ!?俺の仕事は事務仕事的なもんなのか!?」
「いえ、めちゃくちゃ外回りです」
「なんでだよ!!!!」
ダン!と、思わず渇探流は廊下を踏んづけた。ツッコミ所が多すぎて感情を吐き出さずにはいられなかったからだ。
ウィルフレッドはそんな渇探流の行動を驚愕の表情で見ていたが、思わず止まってしまったと言うような歩みを再開させて、おそらく出口——————これまた静脈認証と虹彩認証が必要な扉を開けると、渇探流の手をまた掴んでくる。
「貴方の知識が、私達を助けるからです。思い出して下さい、渇探流君。そして——————世界を、救って下さい」
「……ほあ……???」
ウィルフレッドが開けた出口からは、太陽光が容赦なく渇探流の目を焼いて来る。思わず渇探流がアホみたいな声を上げて目をすがめた時、ズドォン。だか、ボガァン。だかといった、ビルでも倒壊しましたか?と言ったような音が聞こえてきた。
いや——————実際に、ビルが、倒壊していた。
「渇探流君、あの神格は、どう対処したらいいですか?」
「知るかあぁぁぁぁぁぁボケエェェェェェェェ!!」
渇探流の目線の先、それこそ数キロは先にある、球体と奇妙な幾何学的な姿をした存在——————ビルやら家やらを飲み込みながら膨れ続ける『それ』を視界の端にとらえて、渇探流は思わず絶叫した。