代わりにはならない。だから、犠牲にはしない
ウィルフレッドの『治癒』は、急速に行われた。
あれだけあった傷が塞がる。骨まで見えていた箇所に泡立つように真新しい肉が盛り上がり、骨を覆う。あっという間にかさぶたが出来上がり、剥がれ落ちていく。
———しかし、渇探流の容態は悪化していた。
目眩がする。気持ちが悪い。冷や汗が額に滲み、吐きそうになって、詠唱が中断しそうになる。
「……ゔっ……ぉえ……」
えづく。それでも、止めない。
しばらくして呪文が終わると———そこには、『再生中』のウィルフレッドが、俯いて座っている状態となった。
「……ぅぐっ……」
吐きそうだ。
渇探流はいっそ吐いてしまおうと、ウィルフレッドから離れようとした。
しかし———弱々しく掴まれた袖を、どうしても振り払えなくて、仕方なく、渇探流はウィルフレッドの隣に座り込んだ。
「……気持ち、悪い……これ……」
使う方もだいぶダメージ……あるやつなんじゃねぇか……
チカチカと明滅する視界。ノイズが走る耳、身体中に走る痛み。
渇探流はウィルフレッドに視線をやる。ウィルフレッドは気絶しているようで、先程まで不規則だった呼吸が、安定していた。
それを確認するや否や、くずおれるように、渇探流は壁に寄りかかる。
「なにやってんだ……俺……」
『渇探流君……!!大丈夫!?』
「おー……青山……大丈夫……じゃねぇけど……まだ、動ける……」
『士道も……生きてるの……?それ……』
「……生きてる……」
スマホから、焦った様子の青山輝の声が聞こえて来て、渇探流はおざなりに答える。
しかし、スマホは抜かりなく辺りを映していた。
もし、今あの包丁男達に襲われたら堪らない。
「青山……お前の『目』が、頼りだ……何もいないか?」
『うっ、……うん……!!何も、いないよ……』
「そうか———」
ホッ。と、渇探流が息をついた、その瞬間。
———ストン。と、白い『何か』が、降り立った。
「——————っ!?」
渇探流は腰のグロック19を引き抜いて、素早く構える。
赤い世界で、一人だけいやに白い———青い髪の『少女』は、優しく、ニコリと笑った。
———存在が、妙に希薄だ。
その少女は足音をさせず、まるで体重を感じさせない足取りで、こちらへと歩いて来る。
———その片耳には、青山と同じピアスが、揺れていた。
「遅くなってごめんなさい。迎えに来ました」
———例の、『案内役』の、少女だ。
「ねっ、ねねっ、ねぇ、さっ、ん……!!姉さんだ!!アハハハ!!よっ、ようやく……!!会えた……!!」
ようやく……!!ようやくだ!!と、叫ぶ青山の狂喜の笑いが、スマホからこだました。
「———輝?」
少女は、一瞬の間の後、声を出した。
「そっ、そそっ、そうっ、だよ……!!てっ、輝……だよ、ねっ、姉さん……!!」
いつの間にか、青山の声が肉声になっている。
「かっ、かかっ、かえっ、帰ろう?姉さっ、ん……むっ、迎えに、来た、……んだ」
「輝———ありがとう。でも、無理なの」
「なっ、ななっ、なんっでっ!!」
「私が出るためには———新しい『管理人』が、必要だから」
「僕がなるよ!!」
少女は少し遅れて、口角を上げた。
「ごめんなさい。輝———貴方には、『資格』が、ないの」
「しっ、ししっ、しかっ、しかっ、く……!?」
「ええ。そう。貴方は、私の代わりには———成れない」
「うっ、ううっ、うそっ……!!なんで!?どっ、どうっ、どうし、て……!?」
「———この世界に、入れなかった。だから、貴方には、『資格』が、ないの」
「……………っ!!」
青山は、息を飲んだ。
「じゃっ、じゃあ……!!かっ、渇探流君、やっ、しっ、ししっ、士道に、はっ、『資格』が、あるってこと……!?」
「———そうね、あるわ」
「………………かっ、渇探流……君……」
その、言葉に———渇探流は、鈍くなった思考を回す。
青山には『資格』がない。自分とウィルフレッドには『資格』がある。
———『青山恵を助け出すには、代わりの犠牲が必要』。
「………………………」
「かっ、かかっ、かたっ、かたるっ、く……」
「———っ、」
渇探流は視線を下げず、上を向く。
「無理だ。俺は、代わりの管理人になんてならない」
「かっ、かたる、くっ……でっ、ででっ、でも……じゃあ、しっ、士道をっ、つっ、使えば、いい」
「……何の冗談だ?」
「だっ、だだっ、だって、渇探流っ、君も、しっ、士道はっ、邪魔っ、でしょう?だっ、だったら、『使って』も、いいっ、じゃん」
「…………………」
確かに、己の帰還のために、ウィルフレッドは邪魔な存在だ。理性ではわかっている。
しかし、その『選択』は———
「青山は『他人のために死んでくれと』、俺達に言うのか?」
「っ……言うよ!!犠牲になって!!姉さんのために!!」
「………はっ」
渇探流は青山との会話を諦め、『管理人』との交渉に入った。
「青山恵、俺とコイツを、出口まで案内してくれ」
「…………………」
少女は、ニコリと笑った。———その視線は、確かにこちらを見ているのに、焦点が合っていなかった
「まっ、ままっ、まって……!!そっ、その……もっ、もとのっ、せっ、世界へっ、のっ、じょっ、情報……わたさっ、ない……から……ね……!?」
「……ここで俺が『管理人に』なったら、元の世界へ帰るもクソもねぇだろ」
「だっ、だから!!しっ、ししっ、『士道』をっ、つっ、使えば、いいだろ……!!」
「———最低だな、お前」
渇探流は、画面越しの青山を見た。
その顔はぐちゃぐちゃで、えづく声も聞こえて来る。だが———その言葉の内容だけは、最悪だった。
「きっ、君っ、もっ、しっ、士道……がっ、じゃっ、邪魔なっ、なんだろ!?だっ、だったら……『生贄』に、しっ、しちゃえば、いい……!!」
「———何度でも言う。最悪の選択だ」
「だっ、だって……!!ねっ、姉さん……姉さんが、そこっ、そこにっ、いっ、いるんっ、だ……!!あっ、諦め、られっ、なっ、ない」
「……………」
渇探流は、ウィルフレッドを肩に担いだ。
「案内してくれ、青山恵」
「……いいわ。私は、私の代わりを、望んでいないもの」
「ねっ、姉さん……!!」
血を吐くような、青山の声。
少女はくるりと回って、廃屋の扉に手をかざす。
扉が光って———『出口』が、姿を現した。
「通れば、帰れるわ」
「ありがとう、青山恵」
「まっ……待って……!!さっ、最後、でっ、いい……!!ねっ、姉さん、と……話、さっ、させっ、て……!!」
この言葉に、渇探流は止まった。
足が、動かなかった。




