それでも、手を取る
「ウィル、フレッド……?」
「だいじょうぶ、です……!!」
「おい!!ウィル!!」
腹を抉られても、ウィルフレッドは止まらなかった。
そのまま顔や腕を切りつけられても前へと進み、渇探流には傷一つつけないよう、神経質なまでに気を配っているのに、自分の傷には頓着しない。
しかし———時折り、ガクリと、膝が崩れる。
「……クソ!!……なんでお前、そこまで……!!」
渇探流は、そんなウィルフレッドの援護をするしかなかった。ウィルフレッドの周りを重点的に射撃し、空になった薬莢を捨ててはすぐに充填し、またぶっ放す。
辺りは、まるで血の道を作っているように赤く染まった。
『———だ、大丈夫……たぶん。ここには……何も、いない……と、思う……』
「……さっきみたいに『いきなり発生』だけは、勘弁してくれよ……」
渇探流とウィルフレッドは現在、人気のない廃屋の片隅にいた。
なんとか『同じ顔』をした包丁男達を振り切り、ウィルフレッドが辿り着いたのが、この廃屋だったのだ。
廃屋と言っても、外観はかなり残っている。軽く見たくらいでは、中に人がいるかどうかはわからない。
そんな中で渇探流は———泣きそうになりながら、血で滑る手を必死に動かし、ウィルフレッドの手当てをしていた。
ああ、クソ。上手く手が動かねぇ。
「このっ、バカ……バカウィル……あそこまで俺を庇わなくたって、俺だって……」
「……傷……ない……です……?」
「……俺はガラス人形じゃねぇ……」
罵倒をする声にも、張りがない。
「傷……ついたら……器……として……」
「…………はあ?」
渇探流の手が、一瞬、ピタリと止まった。
………もしかして。
……傷付いたら、器として、機能しなくなる?
———ああ、そうだった。
コイツは、『医里渇探流』という概念に執着していて———『俺』という、『個人』のことは———
わかってた、はずなのに。
渇探流は、一瞬だけ止まった手を、乱暴に動かした。
「治癒……ウィルフレッド……お前、治癒の魔術、使えただろ……?……おい……ウィル……?」
「………………」
「ウィル」
返事が、ない。
『えっ……えっ?士道?……大丈夫なの?士道?』
「……大丈夫なわけ、ねぇだろ……!!」
渇探流は、足をもつれさせながらも立ち上がった。
『渇探流……?どうするつもり……?』
「どうもこうもねぇ。こうなりゃ、叫んででも『案内人』を呼び出すぞ」
『きっ、危険だ……!!』
「それでも、やるしかねぇだろ!?」
渇探流は、思いっきり息を吸い込んだ。
そのまま、叫ぼうとした、その時———
『……お困りのようだね。別世界線の僕』
———『医里渇探流』が、いた。
「……お前……『亡霊』か……!?」
『アハハ。今回の僕は、かなりワイルドだね?そうだよ、君の亡霊———と、しておこうか』
『……渇探流君……?誰と、話してるの……?』
「青山、ちょっと黙っててくれ。おい、亡霊。お前、『治癒』の魔術は持ってるか?それが欲しい」
『……どうしようかな』
「…………は?」
別世界線の渇探流の亡霊は、しなやかに頬に手を当てた。
『だって、君、士道さんのこと……嫌いでしょう?このまま彼が死んでしまった方が、都合が良くない?』
「……嫌いだが、それで『はい死んでいいです』とは、ならんだろう———お前は、ウィルが死んでもいいのか?」
『えっ、うん。別に』
「本当に……『医里渇探流』か?」
亡霊は、はんなりと笑うと、『どうだろうね?』と、嘯いた。
その一方で———青山輝は、汗でスマホが滑り落ちそうになるのを、必死で支えていた。
渇探流が壊れた。何も無い空間に向かって、話し続けている。
———あっ、今……渇探流君と、『目が』、合った?口元も、なんか……『ズレ』てる?
そう、青山輝が思っている最中。
画面の中の渇探流は、吐き捨てるように言った。
『いや、お前がなんだろうがどうでもいい。治癒の魔術をよこせ』
『…………なぜ……?何が、お前にあった?』
『……理解しかねる』
スマホの中の渇探流は、『何か』と話している。『青山輝』が『認識』できない『何か』と。
『———つまり、なんだかんだ君も、士道さんが好きなんだよね?嫌いなら死んでいいじゃない?』
「……とにかく、治癒の魔術をよこせ」
チラリ。と、渇探流は動かないウィルフレッドに視線をやった。
亡霊は、はんなりと笑う。
『君が、士道さんを好きだって認めたら、治癒の魔術をあげる』
「……それに、一体なんの意味がある………!?」
『意味なんてないよ』
ニッコリと、亡霊は笑う。
渇探流は一瞬言葉に詰まった後、ヤケクソで、首を縦に振った。
「っ……ああ!好きだよ!!大好きだ!!これでいいか!?」
言った瞬間に、渇探流は気まずそうな顔になった。
しかし———渇探流の告白に、ウィルフレッドの指が、ピクリと動いた。
「……か………たる……く……」
「———ウィル!?」
———まだ、生きてる。
『ふふっ。それなら———なおさら、あげなぁい』
「…………!?」
理不尽過ぎる答えに、渇探流は固まった。
「貴様は———何がしたいんだ!?」
『えっ?だって、好きだったら壊したくならない?』
「———馬鹿を言うな!!」
怒声。
動かないウィルフレッド。
荒く響く、呼吸。
笑う亡霊。
『アハハ。壊れかけの士道さんって、美しいよね———ずぅっと、見てたい。このまま見てたら死んじゃうんだけど』
「———治癒の魔術をよこせと!!言っている!!」
渇探流は、亡霊に近づいて行った。
そうしたら、今まではんなりと笑っていた亡霊の———表情が、無くなった。
『……君も、どうせ裏切られる』
「お前が決めるな!!俺は、俺自身が選択した道を、後悔なんてしない!!」
『……あっ、そう』
亡霊は、近づいてきた渇探流の頭に、ズボリと手を入れた。
「いっ……!!」
瞬間、一度は経験した、あの情報の濁流が、脳を掻き乱す。わけのわからない、言葉の断片。
これは———
『……楽しみにしてるね!』
亡霊は、そう笑うと、姿を消した。
渇探流は、勝手に頭に流れて来る文言に、額を押さえる。
治癒(HEALING)
———数ラウンド後に、
遅い。
———直ちに回復する(傷・病気・毒)
それは人体のどのぐらの範囲なんだ。
———死んだ者を、生き返らせることはできない。
時間がねぇじゃねぇか。
———呪文をかけるためには、コストがかかる。
コストはどれぐらいなんだよ!!
「……なんでもいいから、やるしかねぇ……!!」
渇探流はウィルフレッドの元へと駆け寄ると、半ば以上ヤケクソで、『治癒』の呪文を使った。
「……か……たる……く……」
呪文の詠唱中なので、『喋るな』とも言えず、ただ、渇探流は、袖を弱々しく掴んでくる———ウィルフレッドの手を、そっと、握ってやった。
「………………」
ふっ。と、口角が上がったウィルフレッドが、少しだけ、手を、握り返してくれた。




