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子供達は、死体で遊んでいた

——グチャリ。


「……今、何踏んだ?」


渇探流の声が、わずかに引きつる。


『あっ、待って! 渇探流君、そのまま真っ直ぐ行かないで!』


スマホの画面の中で、青山が悲鳴に近い声を上げる。


「何だ、また包丁男か!?」

『違う! ……違うんだ、そこ……』


青山の顔が、恐怖で土気色に変わっていく。画面越しでも分かるほど、その瞳は微かに震えていた。


『……そこに、倒れてる。女の人が、二人……二人?……かな……?首が、変な方向に、曲がって……』


その言葉を聞いた瞬間、渇探流の背筋に氷水がかけられたような悪寒が走った。

ウィルフレッドの腕の中で、彼は思わず周囲を見回す。

赤い空。静まり返った公園の遊歩道。ベンチ。

———何も、ない。

彼の目には、ただの無機質な、しかし誰もいない、静かな風景が映っているだけだ。


「……見えない。俺には、何も……!」

『でも、そこにいるんだよ! 今、士道が踏みそうになった……! 右! 右に避けて!』


ウィルフレッドは青山の指示に従い、何もない空間を大きく避けるようにステップを踏む。その動きは、傍から見れば、滑稽なダンスのようにも見えただろう。

———グチャリ。


「「…………………………」」


嫌な音が、ウィルフレッドの足元から聞こえてきた。

渇探流の顔は青ざめたが、当のウィルフレッドは涼しい顔を崩さない。


「渇探流君、もっとカメラを広く……敵は、男だけではないようです」

「なあやっぱりさっきからぜったいなんか踏んでるよなよくそんな平気な顔してられるなお前おい」

「渇探流君、真面目に」

「……おう」


ウィルフレッドの声には、いつもの余裕が消え失せ、冷徹な戦闘モードへと切り替わっていた。


「———見えないって、ここまで厄介なのかよ……!!」


渇探流は、震える手でスマホを周囲に向ける。

彼の目には映らない死体。だが、青山には見えている。

それは、かつてこの異界に迷い込み、そして『少女に案内されなかった』者たちの無残な末路なのだろうか。

渇探流は思わず顔を背けそうになるが、カメラの手は止められない。自分がカメラを向けなければ、青山は状況を把握できないのだ。


『……っぅ、……ゔえっ……』


画面の中の青山が、何かを言おうとして、えづく。

その表情は、もはや恐怖を超え、深い絶望に染まっていた。


「青山?どうした、青山!!」

『……渇探流君……そこ、遊具の……ところ……』


青山の声が、微かに震える。

渇探流は遊具と言われた方向を見る———当然だが、何も『見えない』。


『子供……たちが……遊んでる……』

「は? ……子供?」


渇探流は、中央公園とは別に見えてきた、公園の遊具の方にカメラを向ける。

カラフルなジャングルジムや滑り台。

——誰も、いない。

子供が公園で遊ぶのは、普通なことではないのか?


「なんだ……?何が、問題なんだ……?子供が遊んでるだけだろう?」

『……違う。ただ、遊んでるんじゃ……ない。……死体で、遊んでるんだ……あの子たち、死体を……使って……おままごと……』


青山は、そこから先を言葉にすることができなかった。

ただ、画面の中で、ガタガタと震えながら、口元を押さえている。まるで、というか、確実に吐き気を抑えているのだろう。

その瞬間、渇探流は理解した。

この赤い世界は、単なる無人の世界ではない。

「死」が、日常として風景に溶け込んでいる世界なのだ。

そして、その「死」を見ることができるのは、境界の外にいる「傍観者」である青山だけ。


『……ひっ……死体を使って、手を振ってきた……』

「……ファック!!クソゲーがよ!!」


吐き気をごまかすように、渇探流は無理やり声を張り上げた。

自分たちが歩いているこの場所は、無数の死体と、それを弄ぶ異形たちが跋扈する、地獄のような場所だったのだ。

それを自分たちは、何も知らずに、無防備に歩いていたのだ。


「……渇探流君、落ち着いて」


ウィルフレッドの声が、彼の意識を現実に引き戻す。


「彼に見えて、我々に見えないということは、我々には干渉できないということ。すなわち、死体や子供達は、現状では脅威ではありません。脅威なのは、あの包丁男のように、我々に干渉できる存在だけです」

「……ああ。分かってる。分かってるけど……!!」


干渉できなくても、そこに無数の死体があるという事実は、精神をガリガリと削っていく。


『……っ、……!来る!!』


青山の叫び声。


『また……!今度は、もっと大勢……!12時の方向から……みんな、同じ顔してる……!?僕らを、見てる……!!』


渇探流は、スマホのカメラを前方に向けた。

赤い空の下、誰もいない遊歩道が、真っ直ぐに伸びている。

——だが、その場所には、青山にしか見えない「何か」が、大勢でこちらを睨みつけているのだ。


「……クッ!」


渇探流は、奥歯を噛み締めた。

見えない恐怖。認識の乖離。

この赤い世界での探索は、彼らが想像していた以上に、過酷なものになろうとしていた。


「とりあえず、どこか安全な場所に入るぞ……!!」

「わかりました」


安全な場所ってどこだ———そんなもの、ないのかもしれない。そう考えるが、それでも、青山に頼るしか術がない。


「青山……!!どこか、安全な場所はあるか……!?」

『まっ、待って……!!えっと、えっと、9時の方向、そっちはとりあえず、何もない……!!』

「9時方向だな!!ウィルフレッド!!」

「はい………青山に頼らざるを得ないと言うのが、業腹ですが、致し方ありません」


ウィルフレッドは、9時方向に走り出した。

その先にある、希望を信じて。

———結果として、希望は無かった。


『……逃げ場、ない』

「おいナビゲート!!このポンコツナビがあ!!」

『きっ、急に『発生した』んだから、しょうがないだろ……!?』

「わかる説明をしろ!!わかる説明を!!」

『僕にもわからないことの説明が出来るわけないだろ!!』

「……とにかく、この惨状をどう突破するか、ですよ」


渇探流達の目には、もちろん何も見えない。しかし青山から見れば大量の『包丁を持った男達』が、周りを囲んでいるらしい。

渇探流は、腰のグロック19を引き抜いた。


「こう言うのは———一点突破って、相場が決まってんだよ。ウィルフレッド」

「完全同意です」

『ふっ、二人とも、正気……!?』

「この世界で正気でいられるか!!ナビ頼むぞ青山!!」

『わっ、わかっ———』


た。と、青山が言い切る前に、渇探流のグロック19が火を吹いた。

ガンガンと鳴る発砲音に、何も無いところから『血飛沫』が飛ぶ。しかし、血が流れるどころか、その血飛沫すらも、空気に溶けて消えていく。

その中に、ウィルフレッドは突っ込んで行った。


『……ごめん……ごめん……見えてるのに……全部は……無理だ……』

「私と渇探流君の邪魔をするモノは———」


ブンッ。と、ウィルフレッドの足が空を切る。


「———私に蹴られて死んでしまえ」

「よし!ウィルフレッド、このまま———」


強行突破だ。と、渇探流が言おうとした時、血が、『上から』降ってきた。


「…………はっ?」


渇探流は、上から落ちてきた『赤』に、視線をやる。


「……これ、は……面倒、です……ね……」


そこには、口から血を流した、ウィルフレッド。

そして、彼は———深々と脇腹を『抉られていた』。


「ウィル……フレッド……?」


そこには———『噛み跡』が、あった

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