管理下にいて下さい
ふと、目を覚ました時、渇探流はベッドの中にいた。
「……んん……?」
ウィルフレッドがベッドに置いてくれたのだろう。と思って寝返りを打とうとしたら———打てない。
何故なら、ガッチリと誰かに抱き込まれていたからだ。
「……………………」
こんなことをするやつは一人しかいない。渇探流はすわった目線を、上へと上げた。
すると、バチリとウィルフレッドと視線が合い、渇探流は声にならない悲鳴をあげる。
———一体、いつから見られていたんだ?
恐れおののく渇探流の様子は見えているだろうに、ウィルフレッドはいつもの笑顔で「おはようございます」と、至極当然のように返してきた。
近い。距離が近い。吐息が普通に、顔にあたる。
「……おはよう、離せ」
「嫌です」
「…………」
渇探流は無言で、ウィルフレッドの胸を押す。しかし、それは拘束を解ける助けにはならなくて。
「ウィルフレッド、離せって」
「嫌です———だって、離したら、また、渇探流君はどこかへ行ってしまうでしょう?」
「……当たり前だろ。お前みたいなのと一緒にいられるか」
渇探流はそう吐き捨てるが、ウィルフレッドは渇探流に回した腕に力を入れて、更に抱き込んで来た。
渇探流の顔が、ウィルフレッドの胸に埋もれる。
「ウィルフレッド」
「好きです、渇探流君」
再度拒絶の意思を伝えようとした時、被さるように告白をされて、渇探流は固まった。
「好きです。愛してます。私から離れないで下さい。ずっと———ずっと、私の管理下に……いて下さい」
「……最悪の告白だな。お前、モテないだろう」
もちろん答えはNOである。元々、渇探流は誰かに縛られるのを良しとしない性格なのだ。
それを、「管理下にいて下さい」だと?ふざけるのもいい加減にしろ。
渇探流は本気でウィルフレッドの胸を押した、身体に当たる感触的に、グロック19は外されている。本気で身体を捻り、抜け出そうとして———グイッと押されたかと思ったら、次の瞬間にはウィルフレッドに押し倒される体勢になっていて、渇探流は額に一筋の汗が伝った。
「……おい、ウィルフレッド。一応言うが、無理矢理やるなら俺は、本気でお前を嫌いになるぞ」
渇探流がそう言うと、うっそりとウィルフレッドは笑った。
「もう、既に嫌われているのに?」
「……今以上に、嫌いになるってことだ」
「でも、渇探流君は、私から離れられませんよね」
「…………………」
図星を突かれて、渇探流は黙り込んだ。
現場、この化け物から離れられる『芽』が、ひとつもないのだ。いくら口から先に生まれてきた渇探流であろうと、何も言うことができなかった。
なのでただウィルフレッドを睨みつけていると、ウィルフレッドの顔が、ゆっくりと降りてきた。
近づく顔に、渇探流の顔が引き攣る。
「ウィッ、ウィルフレッド、まっ———」
制止のために開けた口は、優しく、ウィルフレッドに覆われた。
じん。と、身体の芯に熱が勝手にこもり、口が勝手に開く。『渇探流の意思とは、無関係に』。
そのまま舌を差し込まれ、渇探流からも舌を差し伸ばした。
グチュ。と、水音が鳴って、渇探流の体の熱がどんどんと上がっていく。
真っ赤な顔で口付けを受けていると、ハッ。と、息継ぎのために唇が離れた瞬間、渇探流は自分の意識を取り戻した。
———このっ、淫乱クソビッチが!!
自分の身体に自分で罵倒をして、渇探流は身を———顔を、捩る。渇探流の顔が横を向いたら、今度はウィルフレッドの唇が、頬、首筋、耳、と、順番に口付けてきた。
———まずい。この状況は、非常にまずい。
「いっ……嫌だ……ウィルフレッド、嫌、だ……」
自分でも、欲望に塗れた甘い声だと思う。しかし、それでも拒絶の言葉を吐けば、ウィルフレッドはピタリと止まった。
もしかして———わかってくれたのか?
一縷の望みが、渇探流の中から湧き上がる。
涙目のまま、ウィルフレッドに顔を向ければ———そこには、ニコリと優しげに笑う、男がいた。
「大丈夫ですよ、渇探流君……嫌でも、そのうち、慣れますから」
———あっ。ダメだこれ。
渇探流はここで諦める———やつではない。
熱くなって、ぼうっとしてくる身体をなんとか制御して、思考を回す。
とりあえず、なんとかして、この状況を打破しなければ。
渇探流は口付けを受けながら頭を回して———懇願する角度を、変えることにした。
「ウィ、ウィル……こっ、怖い……」
あえて泣きそうな声でそう言えば、今度こそ、ピタリとウィルフレッドの動きが止まった。
前の『ウィル』呼びも、確実に効いている。
よし、畳みかけろ、俺。
「こういうのって……普通、段階、踏むもの……だろ……?怖いよ、ウィル……」
「………………」
ウィルフレッドは真っ赤になった顔で———食い入るように、渇探流を見つめる。
数秒、いや、数十秒か。
長い間、渇探流を見つめ続けていたウィルフレッドは———「そう……ですね……段階……段階、ですか……」と、ブツブツ言いながら、渇探流の上から身体を退けた。
———よしっ、問題を先送りにしただけかもしれないが、とりあえず目の前の危険からは脱出できた!!
渇探流は内心でガッツポーズを取ると、拘束が解かれたのをいいことに、いそいそとウィルフレッドから離れた。
しかし———ここで距離を空けさせてくれないのが、ウィルフレッドである。
渇探流の拳半個分のところへ座り直すと、ウィルフレッドは真剣な面持ちで「段階とは、どのように踏めばいいのですか?」と、馬鹿正直に聞いていた。
「えっ……と……えーっ……と……」
渇探流は、研究に明け暮れる人生だったため、恋愛というものをしたことがない。とにかく、1番性交渉から遠いところを提示しなければならない。果たしてそれは一体どこか。
「……えっと……愛称で……呼ぶ……とか……?」
「それはもう、してくれているでしょう?」
1番良いと思った提案が蹴られてしまい、渇探流はまた頭を回転させる。これは、身体的接触は避けられないのだろうか。
———避けられないん、だろうなぁ……
「……その……手を……繋ぐところから……お願いシマス……」
「……手?ですか……?」
あとは自分が元の世界に戻るまでに、この男から逃げ切るだけだ。頑張れ俺。やれるぞ俺なら。
ウィルフレッドはマジマジと自分の手を見てから、優しく———壊れ物を扱うかのように、渇探流の手を、握ってきた。
「……では、手を握るところから、ですね」
「……ヨロシクオネガイシマス」
———だっ、大丈夫だよな?間違えた気がするが、これしか方法が無かったよな、実際。
嫌な汗をかきながら、渇探流は穏やかに笑っているウィルフレッドを見つめる。
これだけ見たら無害な男なのだが———狂気が過ぎる。
「ウィルフレッド……とりあえず、手記を見たいんだ」
渇探流は、視線を部屋の奥へと向けた。
そう言った瞬間、ウィルフレッドの指が、ぴくりと動いた。
「……いいですよ」
優しい声だった。
———その瞬間。
ウィルフレッドの手が、ぎり、と音を立てるほど強く絡んだ。
「っ……!」
思わず息が詰まる。
さっきよりも、明らかに強い拘束。
……なんでだ?
手記を見たいと言っただけだ。
それだけで———
「渇探流君」
名前を呼ばれて、顔を上げる。
ウィルフレッドは、いつも通り笑っていた。
「……『それ』を、見る必要がありますか?」




