帰ると言ったら護衛が壊れた
「ウィルフレッド、俺はこの男と話したい。少し黙れ。何度も言わせるな」
「渇探流君が、元の世界に帰らないと言うなら、邪魔はしません……!!」
ウィルフレッドが血を吐くような必死さで言うものだから、渇探流はギョッとして彼を見た。
いつもの余裕面はどこにいったのか、その表情はわかりやすく焦りを体現していた。
「……何を言っているんだ?俺は最初から元の世界へ帰ると、そう言っているじゃないか」
ウィルフレッドの呼吸が、一瞬止まる。
「嫌です渇探流君、そんなこと言わないで下さい……!!」
ウィルフレッドが膝をつき、渇探流の手を掴んでくる。渇探流はその手を———冷酷に、振り払った。
「脅しが通じないときたら、今度は泣き落としか?そんなもの、俺に通じると思うなよ」
「…………………」
ウィルフレッドは沈黙し、視線を逸らした。渇探流は付き合ってられるかと、青山の方へ振り返る。
「すまん。邪魔が入った。それで、俺は普通に生活していればいいんだな?それで姉の情報をお前に渡せば、元の世界に戻る情報をくれると?」
『うん。……探してあげる』
「探すと言うことは、今はその方法は無いということか?」
『……無いかどうかすらわからないね。今まで……調べたことが、ないから』
「連絡手段は?」
『いつでも取れる』
「わかった。お前の姉の情報を教えろ」
『名前は青山恵年齢は順当にいけば24歳なんだけど、この世界のことだからあまり当てにしない方がいい。この———僕と同じ、ピアスをつけている』
そう言って、画面の青山は、片耳だけにぶら下がっているピアスを揺らした。
『もしも見た目が変わってなかったら、14歳の少女だ。写真を送るね』
すると、ピコン。という通知音と共に、愛生のスマホに写真が送られてきた。
青山と同じ髪色で、肩口でスパッと切っている快活そうな少女だった。両耳に、確かに今青山が付けているピアスと同じものを付けている。
「わかった。……いやわからん。14歳のまま変わってないとかあり得るのか?いや、この世界なら、あり得るのか……?そこはとりあえず置いておいて……なんで俺なんだろうな?」
『多分君は、神話現象に遭いやすいから。職業的にも……体質的にも』
「嫌な体質だなおい」
『羨ましいよ。僕は……遭えないから』
「遭えない?」
渇探流がそう言ったところで、愛生が口笛を吹いた。
「あの噂、本当だったんだ。バーストオーシャンの統領は『神話事件に遭遇できない』って」
「羨ましすぎる体質だな交換しろ」
『僕だって……できることなら、交換したいよ』
姉さんに遭いたい。と合成音声で紡ぐ言葉は、感情が乗っていないのにも関わらず、嫌に寂しげに聞こえた。
———俺も、早く生徒達に会わないとな。
元の世界で自分がどんなことになっているか想像はつかないが、学生達———特に、ダン・ラリーは、心配しているはずだから。
「とりあえずわかった。過去の手記に何かないか、とりあえず調べてみよう。俺は筆まめな男なんだ」
『……ほんと……!?あ、ありがとう……!!君みたいな存在が、僕には必要だったんだ……!!』
「なんか、やけに言い方が大仰だな……」
「とりあえず、話は終わったかい?ビールお代わりしていい?」
愛生が空になったビールグラスを振りながら、渇探流と青山に言ってくる。
お前も大概大物だよ、愛生。
『じゃあ、進展があったら話しかけてね』
「えっ……まあ、わかった。なんかあったら話しかけるわ。スマホに」
『うん、それでいいよ。あっ、スマホは壊したり没収したりしても、いくらでも連絡手段はあるからね、士道』
それじゃ。と言って、青山は愛生の———このスピークイージー全ての客のスマホから、姿を消した。
今まで静かだった場所が、またにわかに騒がしくなる。
『こんな異常は日常』なのだと、ここにいる全ての人間が、知っているのだ。先ほどの事件も酒の肴にはなれど、それ以上の存在には、良くも悪くもならないらしい。
しかし、先程と変わった点が一つだけ。
渇探流への視線が、一気に多くなった。
「……急に、居心地が悪くなったな……」
「そりゃあ、あの『医里渇探流』が、こんなスピークイージーにいるんだもん。皆興味津々さあ」
「渇探流君、帰りましょう」
「ビールの一杯も飲んでいないのにか〜?」
「帰りたければお前だけ帰れ。俺は愛生とまだ話がある」
「……お供します」
マスターが、図ったようにウィルフレッドの分の椅子も持ってきてくれた。ウィルフレッドは礼を言って椅子に座るが、渇探流の横に拳半個分の距離だけ開けて座る。
それを見て、愛生がうわあ。という顔をした。
「愛生の言いたいことはわかる。とてもわかるぞ」
「こりゃ、息が詰まりそうだね……束縛が強い男はモテねぇぞ〜?」
「貴方には関係ない」
スッパリと愛生の言葉を切り捨てて、ウィルフレッドは涼しい表情をしながら、渇探流のためにビールを頼んだ。自分の分はお茶だと言うのに。
「……おい。注文ぐらい、自分でさせろ」
「ビールはお嫌いでしたか?」
「いや、ビールでいいが……」
なんというか、このままウィルフレッドに全て任せていたら、一人で歩くことすら出来なくなりそうで、渇探流は一人、心の中で気合いを入れ直した。
この男に、流されてはいけない。と。
「もしかして、さっき言いかけてた依頼の話?」
「ああ、愛生にも、俺が元の世界に帰れる方法を探して欲しい———んだが、説明を諸々していなかったよな?」
「ああ、大丈夫大丈夫!渇探流の話は有名だからな!精神交換させられて、この世界に来てるんだろう?渇探流と話すのは私も初めてだけど……噂では上品な大和撫子だって話だったんだがな!噂はやはり信用ならんな!!」
ガハハ。と笑う愛生には追加の、渇探流には初めてのビールが置かれ、とりあえず二人は乾杯した。
「とりあえず、あの部屋からの生還おめでとう!!かんぱーい!!」
「乾杯。……しかし、14歳、か」
カツン。とグラスを合わせて、グイッ。と酒を一口飲んでから、渇探流は少し考える。青山恵が14歳のまま成長が止まっていた場合、現実に帰ってきた彼女を、周囲はどう思うのだろうか。
———いや、俺には、関係のない話だな。
一瞬、よぎった考えを、渇探流はすぐさま打ち消した。
渇探流は話を元に戻す。
「愛生にも、俺が元の世界へ戻る方法がないか、調べて欲しい」
渇探流が言うと、愛生はキョトンとしながらビールをあおった。
「私?正直、バーストオーシャンが動くんだったら、私は必要ないと思うぜ?所詮は何でも屋だからな」
「俺が、愛生を信用している」
ゴフッ。と愛生はむせて、ゴホゴホと咳き込みながら、渇探流を見つめてきた。
「こりゃ……随分とまあ、重い信頼を勝ち取ったもんだな……?」
「俺が信用できる相手は少ない。愛生、頼まれてくれないか。もちろん依頼料は言い値を出す」
「……そこまで言われちゃあ、この依頼、受けなきゃ女が廃るってもんでしょ!!」
「……ありがとう」
渇探流は少しだけ微笑んで、ビールに口をつけた。
そんな渇探流を、ウィルフレッドは冷ややかな瞳で、静かに見つめていた。
「……絶対に、帰しませんからね……」
そう言った後、俯いて微かに笑う。ポツリと呟いた言葉は、当然の如く、喧騒にかき消された。




