その選択
『こんにちは、医里渇探流。バーストオーシャン統領、青山輝です———諸事情により、合成音声で失礼します』
「統領自ら……?」
「いや、待て。今、医里渇探流って言わなかったか……?」
ザワリ。と、スピークイージーの客たちが囁き出す。静かなそのさざめきは、あちこちに視線を彷徨わせ———一人の、白衣を着た青年に注がれた。
『……あれ?聞こえてない?医里渇探流君……だよね?ずいぶん風貌が変わってるけど』
「……お前……以前の俺と、面識があるのか?」
ここで、ウィルフレッドが渇探流のスマホを奪った。
「あっ!?おいっ、ウィルフレッド!!」
「渇探流君を狙う害虫の一人です。話す価値はありません」
「それは俺自身が決めることだ!!お前に決められることじゃない!!スマホ返せ!!」
「嫌です」
「カトゥール〜、じゃなくて、渇探流?の方がいいのかな。カトゥールがあの医里渇探流君だったなんて気が付かなかったよ〜。私のスマホで話せば?」
「助かる愛生!!」
「………………チッ」
『君がどこにいたって、僕は話せるんだけどね。賀茂黄船から聞いたよ。君、亜種なんだって?』
「俺が亜種なのではない。他の世界線の俺が亜種なんだ。で?バーストオーシャン……つまり、カラーギャングの統領とやらが、俺に何の用だ?」
愛生からスマホを見せてもらい、渇探流は青山輝と名乗った人物を睨みつける。正直、カラーギャングにはいい思い出がないのだが、渇探流は少しでもこの世界の情報が欲しかった。
青山輝は少し間を置いた後、合成音声で話し出す。
『……姉を、探している。———君、会ったことがあるよね?……覚えてないだけで』
「………………姉?」
そんなことを言われても、渇探流の記憶をいくら探しても、青山輝の姉の存在などありはしない。
渇探流が訝しげな顔をしていると、ウィルフレッドが渇探流の耳を塞いできた。
「唆すのはやめて下さい。自分の姉なら、ご自分で探して下さい。渇探流君を巻き込まないで下さい」
『士道……本当に、君は邪魔だな。今、僕は渇探流君と話してるんだ。水を差すな』
「『永遠の傍観者』が、何を偉そうに」
ハンッ。と、ウィルフレッドが鼻で笑う。渇探流は塞がれた耳を何とかしようとしてウィルフレッドの手を剥がそうと奮闘しているが、やはりこの馬鹿力男に、力で勝てるはずもなかった。
『その手を離さないと、この店の電子機器、順番に沈黙するよ。———どこから止まるか、見てみる?』
「ご自由にどうぞ」
「ちょっと———」
ここで、店のマスターが会話に入り込んで来た。マスターはニコリと笑うと、二人へ告げる。
「『店内での加害行為は出禁』だよ」
『「……………………」』
マスターの一言で、ウィルフレッドは渇探流の耳から手を離し、青山輝は沈黙した。
突然耳から手を離された渇探流は一瞬だけハテナマークを浮かべたが、これ幸いと青山輝との会話に戻る。
「残念だが、お前が言うように、お前の姉の存在が記憶にない。そんな俺に、何故姉を探してくれなんて頼むんだ?」
『それは、歴代の君が、必ず姉に会っているからだよ』
「…………はっ?」
『歴代の君は、姉に会っても守秘義務がありますからって言って、姉の情報を教えてくれなかった。でも、君は?賀茂黄船からの情報だと、今までの君とは、明らかに違うらしいじゃないか———何か、欲しい情報はある?そこの何でも屋より、俺たちバーストオーシャンは、余程多くのことを知っているよ。もちろん、対価は姉の情報だ』
チッ。と、ウィルフレッドの舌打ちが大きく響いた。
———関わるな。と、言っている。
確かに、関われば厄介ごとに首を突っ込むことになる。
……だが、この申し出を、見逃す理由もなかった。
渇探流は愛生に視線をやる。
愛生は神妙な表情で、こくりと一度、頷いた。
———そうかよ。
どちらにしろ、俺はどんな手を使ってでも、元の世界に帰る覚悟なんだ。
自分の手で築いたあの居場所に、俺は必ず戻るんだ。
なら、乗るしかねぇな。
「———いいぜ。取り引きをしよう」
「渇探流君!!」
「ウィルフレッド、お前の許可はいらない」
一瞬だけ、右手を見る。
火傷の跡は消えているのに、あの痛みだけが、残っている気がした。
「青山———俺は、元の世界に戻りたい。そのための情報をよこせ」
『———へぇ』
僅かな間。
『今回の医里渇探流は、その選択をするんだ……いいね』
「その方がお前にとっても都合がいいだろう?」
『うん、今までの医里渇探流はそこの士道にベッタリで、そいつの言うことを何でも聞いてるようなやつだったけど、君は違うみたいだね。よかった……やっと、交渉のテーブルに着ける』
「御託はいい。本題に入れ」
『そうだね。まずはぼくの依頼なんだけど———10年前に失踪した姉を、見つけて欲しいんだ』
「10年?」
渇探流はピクリと眉根を上げた。ウィルフレッドが肩に手を置いてくるが、その手を無下に振り払う。
「失踪して10年も経っているのならば、生存は絶望的だろう」
『いいや。生きてはいると、今までの医里渇探流達は言っていた。逆を言うと、それだけしか教えてくれなかった』
「随分と温いな。方法ならいくらでもあっただろうに」
『……君のボディーガード、強いんだよね』
「……ああ、そうだな」
げんなりとした表情になってしまったが、渇探流は改めて背筋を伸ばした。
「その姉の情報を持ってくればいいのか?どうやって?」
『君は、普通に生活をしていてくれればいい。君はもう、姉の近くにいるのだから。そして———姉に会えたら、その情報全てを、僕に渡すこと。そうしたら……元の世界に帰る方法も、探してあげる』
「青山!!」
ウィルフレッドが怒号を上げた。愛生のスマホを取ろうと手を伸ばしたが、それは愛生が俊敏な動きで、ヒョイとかわしてしまう。
「渇探流君に余計な情報を与えるな!!」
「ウィルフレッド!!何度言えばわかるんだ!!今は俺が話をしてるんだ!!黙れ!!」
「黙りません!!渇探流君、こんなカラーギャングの言うことなんて信用できません!!私を信じて下さい!!」
「どっちもどっちだよねー」
修羅場と化したこの惨状を見て、愛生はケラケラと笑いながらビールをあおった。




