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スピークイージー

———あいつ以外に、まともに話せる人間がいない。

その伝手が、愛生しか思い浮かばなかった。

響は警察という時点で、候補から外れた。なにぶん渇探流が所属させられている組織は国家機密組織らしいので、響に頼ると最悪、迷惑をかける可能性が高い。


「愛生なら、接触しても大丈夫だろ……」


なんてったって、愛生の職業は『何でも屋』だ。なんでも相談していいのだ。渇探流は本来の意味で愛生を『何でも屋』として、使おうとしていた。


数コール鳴った後に、ピッ。と、通話が取られる音が響く。先ほどの異常現象からほとんど時は経っていないにも関わらず、愛生は元気よく応答してくれた。


『はい!こちら何でも屋皆吉!!猫探しからストーカー退治までなんでもござれ!!どのようなご用件でしょうか!?』

「カトゥール・ウェンライトだ。愛生は、あの夢を覚えているか?」

『……カトゥール!?うわっ、ホントに連絡してくれたんだ……!!なになに?どったの?私は何でも屋だからね!!なんでも相談に乗るよ〜!!』

「そうだな……まず、あの夢の話なんだが」

『ストップ』

「…………ん?」

『———それ、本当に、電話で話していい、内容?』

「んんっ……」


渇探流は愛生の言葉に、思わず唸った。

思い出されるのは、あの異常な空間でスマホに映った、『ウィルフレッドの瞳っぽい何か』だ。このスマホで話すことは、全てウィルフレッド、ないしは、この組織に筒抜けである可能性が、非常に高い。


「……どこか、話せるいい場所はないか?」

『あるよ!!とっておきの場所がね!!』

「……あるんかい!!」

『ハハッ!!いいかい?その場所は治外法権のスピークイージーだ。行き方は———』


渇探流は愛生からスピークイージーの行き方を教えてもらい、早速アポを取って、すぐさま部屋を出た。


「同行します」

「だからなんでいるんだよお前はああぁぁぁぁ!!」


部屋を出たら1秒でウィルフレッド。あれ、これってデジャヴ?と渇探流は思ったが、一応は抵抗してみることにする。


「ただの外出だ。気にするな」

「そうですか、同行します」

「そんなに……遅くは……ならない……たぶん」

「そうですか、同行します」

「一人で行きたいんだよ!!」

「そうですか、同行します」

「チャッピーちゃんかよファック!!」

「はい、同行します」

「そこは否定しろよ!!」

「はい、同行します」


もうこれは何を言ってもダメだと渇探流は諦め、仕方なくウィルフレッドの同行を承諾した。承諾したというか、完全にウィルフレッドが勝手について来た。


渇探流は舌打ちを一つして、廊下を歩き出す。


エレベーターの前で立ち止まり、ボタンを押す。

チン。と軽い音がして扉が開くと、二人は無言で乗り込んだ。


鏡張りの内装に、自分とウィルフレッドの姿が映る。

———距離が、近い。

一歩分、いや半歩分。

肩が触れるか触れないかの位置に、ウィルフレッドが立っている。

いや、近過ぎだろう。

渇探流は半歩、横にずれる。するとウィルフレッドも半歩、当然のように距離を詰めて来た。

わざとか?と一瞬思ったが、違う。

コイツは“これが普通”なのだ。

階数表示が一つ、また一つと減っていく。

その間、ウィルフレッドは一言も喋らない。

なのに———視線だけが、ずっと渇探流に向いている。

……気色が悪い。

チン。と音が鳴り、エレベーターが一階に到着した。

外に出る。

夜の空気が、肌に触れた。

ほんの少しだけ、呼吸が楽になる。

外だ。相変わらず外に出ると少しクラクラとするが、先ほどの閉鎖空間よりは余程良い。

だが。


「行き先は?」


すぐ隣から、声が落ちてきた。


「……散歩だ」

「そうですか」


一拍。


「同行します」

「だからやめろって言ってんだろ!!」


渇探流はビルを出て、人通りの多い通りに出る。

ネオンが瞬き、車のヘッドライトが流れていく。

渇探流は歩きながら、さりげなく進路を変えた。

角を一つ曲がる。

さらにもう一つ。

スピードを上げる。

立ち止まる。

振り返る。

———いる。

当然のように、そこにいる。


「……チッ」

「どうしました?」

「なんでもねぇ」


撒けるわけねぇだろ、こんなバケモン。

諦め半分で、渇探流はポケットからスマホを取り出した。

画面を見る。

———ノイズが、走った気がした。

一瞬だけ、黒い影のような、瞳のようなものが、画面の奥で揺れた。

思わず、スマホを伏せる。

……気のせい、か?


「どうかしましたか?」

「……いや」


顔を上げると、ウィルフレッドがすぐ目の前にいた。

距離が、近い。

近すぎる。


「お前……さっきから距離近ぇんだよ」

「護衛ですので」

「言い訳になってねぇ!!」


そうこうしているうちに、見覚えのない路地に入って行った。


人通りが、急に減る。

音が、遠のく。

ネオンの光も、ここまでは届かない。

その先に———

ポツン。と。

古びた公衆電話が、ひとつだけ立っていた。

愛生に教えられた場所だ。いや、正確に言うと『人通りの少ない所にある公衆電話』が、愛生の指定した場所だった。

渇探流はまるでホラー映画に出て来そうな公衆電話に入ると———当然の如く、ウィルフレッドも中に入って来た。

距離が近い。相手の呼吸音すら聞こえる距離だ。普通に不愉快である。

しかしとりあえずは、愛生が言っていた『入口』を開けるのが、最優先事項だ。

渇探流は受話器を手に取り、276492。と、まるで五芒星を描くようにボタンを押していく。そして、最後の真ん中、『5』のボタンを押したその時———公衆電話の入り口が、光り輝いた。


「OH……ファンタジー……」

「これぐらい、日常ですよ。渇探流君」

「……俺はその日常に、住んでいない……」


しかし、その非日常に飛び込まねば、得られぬ情報もあるわけで。

渇探流は、その光る扉に手をかけた。

———扉を開けたらそこは———

まさに、『スピークイージー』という言葉がピッタリの場所だった。

タバコの煙、喧騒。サラリーマンからシスターからロボット(?)まで、多種多様な人物が酒を酌み交わし、情報交換という名の語らいをしていた。


「———初見さんだね。ようこそ、『ラストコール』へ」


入り口から入ってすぐにカウンターがあり、ここのマスターらしき人物が話しかけてきた。


「ああ、待ち合わせだ」

「知ってるよ。愛生ちゃんならほら、あそこだ」


なんで知ってるんだ??と、渇探流は一瞬思ったが、愛生が話したのだろうと、無理矢理自分を納得させた。そうじゃなきゃ、ここのマスターも怖すぎることになる。


「カトゥール〜!!こっちこっち!!」

「愛生!!」


愛生が軽く手を振って渇探流を呼ぶのに、渇探流は普通に嬉しくなってしまい、珍しく笑顔で愛生に応えた。


「…………チッ」


横から舌打ちが聞こえた気がしたが、渇探流はそれよりも愛生がいる席に移動した。二人用の席だ。渇探流は当たり前のように席に座り、愛生に「本当に存在していたんだな」と、話しかける。

愛生はケラケラと笑いながら、ビールをあおった。


「そりゃちゃんと存在してるよ〜!!渇探流は私をなんだと思ってんのさ!!」

「いや……実際、夢の可能性が捨てきれなくて……」

「あ〜!脱神話処女が陥る典型例だ!!でも安心して!!ああいう体験すると、大体連続してくるから!!」

「何も安心できないんだが!?」


再びツッコミを入れる渇探流に、愛生は笑いながらビールをあおる。

———そして、ふと、イタズラっぽく笑うと、指を———ウィルフレッドに、指し示した。


「……で?このお兄さんは、なあに?」

「こいつは———」

「渇探流君の恋人です」

「真顔で嘘をつくなボケェ!!護衛だ!!ただの護衛!!」

「……カタル?カトゥールじゃなくて?」

「カトゥールが本名だ」

「渇探流君が本名です」

「…………ふーん?まあ、事情があるんだろうね。私はカトゥールって呼ばせてもらうことにするよ!!」


ニカッ。と笑って言う愛生に、また横から舌打ちが聞こえたが、渇探流はそれを全力で無視した。


「で?そこのお兄さん、『聞いてていいの?』」

「……見ての通りだ……」

「いいに決まっているだろう。渇探流君の全てを私は把握している」

「サラッと怖いこと言ったなぁオイ!!」

「……お兄さんも、『こっち側』の人間なの?」

「むしろ『お前らが外側の人間』だ」

「……へぇ?」


愛生は面白そうに、片眉を上げた。


「護衛のことはいいだろう、愛生。あの夢?なんだが———」

「全部本当のことだよ。そういえばカトゥール、手の怪我は?平気?」

「……ああ、平気だ」

「私が舐めて治しましたからね」

「もうホントお前少し黙れ!?」


渇探流の怒号に、ウィルフレッドはニッコリとした笑顔でもって応えた。


「……うん、まあ、治ったんならよかった。カトゥール、具体的に何を聴きたいんだ?」

「愛生は何でも屋なんだよな?」

「うん?うん、そうだよ」

「愛生は信用できるやつだと見込んで、依頼したい。『精神交換で別世界線から精神転移させられたものは、元の世界に戻れるのか』という情報を———」


その時、ザザッ。と、『店内すべてのスマホから』、ノイズが走った。

渇探流のスマホも、愛生のスマホも例外ではない。渇探流が慌ててスマホを見てみると———そこには、前髪で顔の半分が隠れている人物が、映っていた。

思わず渇探流は愛生に視線をやる。愛生はその視線を受けて笑おうとしたが、うまくできなかったような表情になった。


「……バーストオーシャンだ」


誰かがポツリとこぼす。いつの間にか店内は、シン。と、水を打ったように静まり返っていた。

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